梔子は語る
山吹と同じ国です。
死者を送る儀式はクチナシに任せる――。
植物の名を持つのは建国の時から国を支えている貴族の証。クチナシは葬儀関係の仕事を任されているところだ。
もしかしたら国で一番庶民と接することが出来る立場かもしれない。
「――クチナシさま。両親をお願いします」
そう。誰かが亡くなった時に必ずクチナシが訪れるのだから。
クチナシさまは、じっと周りを確認して、やがて、私の方に視線を向けて、そのわずかに上の方に視線を固定したと思ったら。
「ああ。安心してくれ」
と微笑んで告げてきた。
その言葉が嬉しい。貴族ではないネーベルの家。
商売ではそこそこ有名な絹織物を扱っているので知る人は知る程度である商家。そんな家でも貴族……しかも創立時から国を支えていたクチナシ家が分け隔てなく相手してくれる。
「それはともかく。葬儀の準備に入るのは皆クチナシの姓を持つから。ユルハと名前で呼んでくれ」
気さくに告げてくるので、
「それは流石に……貴族様相手に」
ましてやクチナシさまは……、
「葬儀を扱う一族。貴族とは言ってもピンからキリまでだから。それに」
一瞬だけ、ネーベルの頭上を見つめ、
「愛する人。突然別れた相手にまで貴族だからもっと相応の対応をしろなんて言わない」
悲しみに打ちひしがれている人にそんな扱いが出来るのは人でなしだろうと告げてくるのを聞いて堪えていた涙が零れる。
クチナシさま……ユルハさまはそっと他の人に見えないように隠してくれる。その優しさに心が震える。
「さて、ここで貴方を支えるのは婚約者のはずだけど……」
いるはずだよねと尋ねられて頷く。
「葬儀の打ち合わせにも参加してもらいたいが……」
「――ここにいたか。ネーベル!!」
噂をしたら婚約者が現れる。後ろには彼の両親。と、見慣れない女性も。
「彼らは、確か……、ハイビスカス商会だったな。華の名前を賜っていないのに華の名を屋号に使う」
忌々しいとユルハさまが舌打ちをする。
「ちょうどいい。お前との婚約を破棄する」
「えっ⁉ な、何を……」
「当然だろう。商売に行く途中で事故にあって、借金を作った家と我がハイビスカス商会は相応しくないからな」
「そ、それは……」
商品の入荷の際に事故に巻き込まれて両親は亡くなって、商品は紛失してしまった。その結果残ったのは借金。だけど……。
「待ってください!! そんなのっ」
何でいきなり、亡くなったという連絡が来た時には慰めてくれていたのに。
「――商人ともあろう者が、そこで引くと逆に醜聞になると思うが」
ユルハさまはネーベルの頭上を見つめながら口を開く。
「なんだ。あんた」
「この方は……」
「婚約しているはずの相手の両親が亡くなって、借金があるからと悲しみに明け暮れている女性に向かって婚約破棄。人の心がない。冷血漢な男のいる商会は信用できない。――噂になるな」
ユルハさまの紹介をしようとしたのを遮って、自分の身分は明かしたくないというように視線を向けて、挑発するように婚約者……今は元になってしまった彼に告げる。
「仕方ない!! 葬儀には出てやる。感謝しろ」
そのような言葉を吐き捨て、連れてきた女性の腰に手を回して、両親共々去っていく。
「支えるどころか後ろ足で砂を掛けるような行いだな」
「……………」
優しかったはずの彼の言動が信じられなかった。だけど、
「ハイビスカス商会は、我が家しか扱う許可の出ていない絹織物を欲していましたから。それが目的だったかもしれません」
「――だろうな」
とそこまで告げると。
「――葬儀の準備で忙しいと思うけど、家を調べてみた方がいい」
「えっ?」
「大事な物が紛失していると思う」
大事な物……と言われて頭に浮かぶのは絹織物の販売契約書。信頼して契約してくれたものがもしかしたらとすぐに屋敷に戻ると。
「………………………無い」
父の仕事用の机の引き出しにしまってあったのに。分かり易いように分別して、ファイルにまとめてあったのに。
「なんで……」
確か、ここにと最近の記憶を呼び起こす。
「あっ……」
『落ち付いてネーベル。君が泣いたらご両親も浮かばれないよ』
泣き崩れているのを婚約者が慰めてくれていたが……。まさか、そこで……。
「そんな………ごめんなさい。お父さま。お母さま」
お父さま達が築いた信頼。それが盗まれるなんて……。
「……………………」
泣いて、泣いて泣いて。目をはらして、それでも葬儀は行う。
時間は止まってくれない。
「――待ってました」
ユルハさまは棺の側で控えていた。
「ユルハさま……」
「――死人に口なし。されど梔子はよく語る」
ユルハさまの手には梔子の花が二輪あった。
葬儀には約束通り元婚約者たちが、参加していた。
表向きは婚約を破棄したなどとおくびにも出さず、傷心の婚約者を支える男とその家族を演じている様に怒りが湧いてくる。だけど、我慢した。
ここは両親を天の国に送るための場所。それに、
『彼らはきちんと罰せられますから』
という慰めのような言葉と共にネーベルの頭上を見て、
『そうですよね』
誰かに向かっての確認の言葉。それが気になったので黙っていたのだ。
「では、棺の蓋を閉めます。お別れの挨拶を」
棺の前に来るようにユルハさまが告げると元婚約者も当然のように近付いてくる。
葬儀の参列者が全員棺の側に集まったのを確認して、ユルハさまは梔子の花を棺の中の両親の口元にそっと咥えさせるように添える。
「”――許さない。馬車に細工をして殺せば、権利書を奪えると思ったやつを”」
「”ネーベルを利用して、我が家に罪を擦り付けようとしたハイビスカス商会を”」
梔子の花を咥えたと同時に亡くなった両親の声が葬儀会場に響き渡る。
「久々に見たな。クチナシの秘術」
「死者の心残りが聞こえる術だな」
「最後に見たのは……10年前か」
葬儀に参列していた老人たちがそんな話をする。
「なっ……なっ……」
青ざめて、辺りを見渡す名指しされたハイビスカス商会。
「”もともと我が家の絹織物目当てで婚約を申し込んだのに浮気相手に殺してしまえば手っ取り早く手に入ると唆された輩が”」
「”見抜けなかったのが悔しい”」
「なっ、何の真似だっ⁉ し、死者を操るなんて、冒涜っ、だろっ!!」
「――あいにくだが、クチナシ侯爵家は死者の憂いを払う一族。それゆえに葬儀を任せられている。――殺人を犯しても死者が語るゆえに我が国では他国に比べて犯罪率は低い」
まあ、それでも、人は直接見ないと信じないからな。たまにこんな犯罪も起きる。
「死人に口なし。ただし、梔子はよく語る。恨みを持って殺された場合。心残りがある場合」
葬儀会場にそぐわない武装した者たちが葬儀会場に入ってくる。彼らはハイビスカス商会の関係者を次々と捕えていく。
「――ああ、陛下からお言葉を賜った。『花は国に貢献した者に与えるもの。そうでないものが名乗るな』と」
異国との商売をしていて、我が国の常識が抜け落ちたようだな。
告げる声は親しみを消し去った高位の者の威厳ある雰囲気。
「ユルハ・クチナシ侯爵子息……」
正しく、彼は侯爵子息だった。
「うちの母は、死霊が視える人でね。俺もその能力があるんだ。そんな母が、貴方のご両親の霊を見てね。俺に葬儀の仕事をしろと命令したんだ」
分家が葬儀を行わずに侯爵子息直々に出てきたと説明してきた。
「そうだったんですね」
「まあ、それだけではないが」
柔らかい眼差し。
「亡くなった人があそこまで気に掛ける娘さんだったからね。気になったんだ」
「お父さま。お母さま……」
「今も傍にいるよ」
ユルハさまはネーベルの頭上を見つめる。何回かそんな仕草があったが、亡くなった両親を見ていたのだろう。
「君の幸せを祈っているって」
「お父さま……お母さま……」
ユルハさまがそっとネーベルの肩に触れる。すると、そこには穏やかな笑みを浮かべた両親の姿。
両親は頭を下げるとゆっくりと光になって消えていく。
(ああ、天の国に行くんだ)
それを感じて目に涙が浮かぶが、それを堪えて瞬きもせずに消える瞬間まで見送った。
その後。両親の残した商家を細々と続けた。借金の話はあったが、それらはすべて元婚約者家族がネーベルの両親を殺害したからのものだったので、借金は消えた。
なので商売に憂いはない。
だけど、
「また、来たのですか?」
時間があると毎回店を訪ねて絹織物を購入していくのはユルハさま。
「そっ。ここの製品は質がいいのもあるけど、まずは意識してもらいたいからね」
「はぁ?」
意味が分からないと首を傾げると。
「長期戦は覚悟しているよ」
と微笑んで告げたのだった。
当初は彼のご両親での話をつくろうと思ったが難しかった。




