東京の決意
翌朝。
長い時間を経て、影広は決断した。
守護者のみが立ち入ることのできる、あの場所へ向かうことを。
彼が久しく足を踏み入れていない場所。
わずかな者しか知らぬ機密、そして誰も想像し得なかった「何か」が眠る場所。
孤立した拠点――【星響機関】。
暗く冷たいコンクリートの廊下を、影広は静かに歩く。
天井の光は無機質に配置され、床に長く不気味な影を作り出していた。
廊下を通り過ぎる人々の中には、視線を逸らす者もいた。
あるいは、ただ静かに彼を見つめる者も。
誰も、何も言わなかった。
影広は気にせず歩き続けた。
廊下の突き当たり、重厚な金属の扉を開く。
そこは、広々とした、ほとんど何もない空間だった。
正面の壁には、日本全土を網羅した巨大な地図が鎮座している。
各地に点在する小さな光は、それぞれの領土……。
すなわち、そこに君臨する一人の**「守護者」**を示していた。
影広はゆっくりと歩み寄り、地図の前に立った。
その瞳が、静かにマークを辿る。
北海道。
大阪。
京都。
名古屋。
そして――。
東京。
数秒間、その一点に視線が釘付けになる。
「――で、もう決めたのか?」
背後から響く、落ち着き払った制御された声。
振り向かずとも分かる。その場に漂う圧倒的な力を、彼は知っていた。
ゆっくりとした足音が反響し、男が影広の隣に立った。
朝倉 光雅。
星響機関、指揮官。
数秒間、二人は何も言わなかった。
影広がようやく口を開く。
「……何を決めろというのだ」
指揮官は手を上げ、地図の数箇所を指し示した。
そこには、既に光の消えた都市がある。
「未だ、守護者を必要とする街がある」
沈黙。
「どの地域でも選ぶことができるぞ」
影広の視線は動かない。
ただ一点。東京だけを見つめている。
朝倉はその視線に気づき、静かに言った。
「東京には、既に指定された守護者がいる。……なぜ、そこに留まることにこだわる?」
影広はついに地図から目を逸らした。
「俺は、この街(東京)のためにここに居るわけではない」
短く、重い沈黙。
朝倉はそれ以上、質問しなかった。
返答が得られないことを、初めから知っていたかのように。
「**『エコーズ』**の数が増えている」
影広は彼を見つめ、黙ってはいられないと悟り、答えた。
「……俺には関係のないことだ」
朝倉は腕を組み、まだ地図を見つめたままだ。
「国内の様々な地域で、何かが変わり始めている」
影広は沈黙を保つ。
「そして貴様は、領土も許可もなく彷徨い、好き勝手に干渉し続けている。……組織内の多くの者が、それを快く思っていないことは知っているはずだ」
声のトーンは依然として冷静だ。だが、何かが今までとは違っていた。
影広は肩をすくめ、ゆっくりと出口へと歩き出した。低い声が響く。
「誰の承認も、求めた覚えはない」
一瞬、朝倉の顔に微かな笑みが浮かぶ。
ほとんど気づかれないほど、わずかな変化。
「そうか。……分かっている」
彼は再び地図に目を戻した。
「それでも……貴様の力を無駄にしておくのは惜しい」
影広は答えなかった。
会話は終わった。扉の近くまで来た時、再び朝倉の声が届く。
「影広」
取っ手に手をかけ、扉を開こうとした瞬間、足が止まる。
「エコーズが増え続ければ……遅かれ早かれ、東京も変わる。そして、その時が来れば……」
朝倉は再び、地図のマークを見つめた。
「貴様が本当に、『守り抜く』と決めたものを守り抜けるか……見届けることになるだろう」
影広はただ一言、言った。
「……それは、これから分かることだ」
扉が開く。
彼は、外の世界へと消えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
第2話はいかがでしたでしょうか?
以前も少し触れましたが、この物語は、たとえ心があざだらけで絶望の淵に立たされていても、己の心に誓った「守るべきもの」のために最後まで戦い抜く一人の男の物語です。
影弘の歩む道に、最後までお付き合いいただければ幸いです。
次回の更新もよろしくお願いします!




