嫉妬
「そうだなぁ...出会いは警察学校の時だね。いつだったかはちゃんと覚えてないんだけど、何かの訓練で一緒になった時だったかな?」
それを皮切りにジュンヤは奥さんのことを語り始めた。
「突然さ、僕に向かって警察になろうとしてるのにすごい頼りなさそうだとか言い出して」
「そんなに頼りないかな?って自分では思うんだけど、アスカ曰く詐欺師に騙されそうだとか。ひどいよね」
バカっぽく見えるのかなぁ?と冗談交じりにジュンヤははにかみながら笑った。
俺は黙って話を聞いていた。ジュンヤは続ける。
「それから、アスカと頻繁に絡むようになったんだよね。まあ、大抵向こうから僕に話しかけに来るんだけど」
「知ってる?警察学校って寮制なんだけど当然男性寮と女性寮で分かれててさ」
「なのにあいつ、わざわざ男性寮に忍び込んでまで話に来てさ」
「面白いよね。同期の中で一番ルール破ってたんじゃないかな?君の方が警察官向いてないよー!って思ったよね」
何とか話を聞き続けていたが、話を聞けば聞くほど胸のもやもやは大きくなっていった。
「それから、警察学校では恋愛は禁止にされてるんだけど、僕とアスカは実質付き合ってるものと周りから囃したてられて」
「で、僕は真面目だったからその度に仲のいい友達なだけだよと否定してたなぁ」
「ま、アスカは不機嫌になってたけどね。でも、本当に僕にとっては当時仲のいい友達って認識だったんだよ」
「そこから卒業した後、僕も無事警察になれた訳だけど」
「そこでもよく一緒に飲みに行ったり愚痴を聞いたりしたなぁ」
「で、一緒にいて楽しいしいつも振り回されてたけど自分も振り回される方が楽な性質だったからいつの間にか結婚してたっけ」
「それから幸せな日々を過ごしてたと思う。うん」
そうなんだ...俺はそう返事をした。
「あはは、ごめんね。こんな話して。つまんないよね」
「えっ!そんなことない!で...それからどうなったの?」
興味ないわけじゃない。むしろ、悩みを解決するために絶対に聞いておかなければいけない話だった。
だが、自分自身段々態度が冷たくなっていることに自覚があった。落ち込んでいるような、話を聞くたびに奥底のイライラが大きくなっていくような...そんな今まで経験したことのない感情がうごめいていた。
「そう?なら話を続けるけど...ホントにつまらなくて聞きたくなくなったらはっきり言ってくれて大丈夫だよ」
「ううん!むしろ聞かせて!」
自分の感情に折り合いをつけれないまま、しかし話の続きを促す。
「分かった。まあそれから数年間は平和に過ごしていたんだよ」
「ただ、職業柄どうしてもそういった悪人に恨まれるだろ?」
「で、僕もなんだかんだ仕事をしっかりやってたつもりだから、色んな人の恨みを買ってたんだよね」
「それで...ある時仕事から帰ったら家が荒れててさ...」
「急いでアスカを探したら部屋の真ん中で倒れてた」
「すぐに救急車を呼んだんだけど、身体はもう冷たくなっててさ」
「僕が逮捕した暴力団の関係者が逆恨みで僕の家に押し入ってきたらしい」
「アスカは抵抗したんだけど、向こうが拳銃を持ってて...」
「それで撃たれてね。なんていうか、すごい自分の無力さを感じたよね」
といっても2年前の話なんだけどねと続けたジュンヤは遠くを見るような眼をしていた。
「それからはその事実を忘れるように仕事に打ち込んでたなぁ」
「同期からもすごい言われてさ。無茶しすぎだからしっかり休めって言われてたね」
「でも、何かに専念してないと落ち着かなくて必死に頑張ってたらさ」
「その同期から今新しく開発してる試作中のシステムがあるから試さないか?ってことで君と会ったって感じかな?」
一通り話を聞き終わっても俺の心の中のもやもやが晴れることはなかった。
「ってあれ?アリス...泣いてる?」
言われて俺は涙が出てるのに気付いた。
「その...湿っぽくするつもりはなかったんだけど...なんて言うかごめんね」
「違う...違うの...なんで涙が...」
自分でもよくわからなかった。いや、本当は分かってたのかもしれない。ただ、気付きたくなかった。
「ごめんね!今日はダメ!また明日ね!」
矢継ぎ早にそう言って俺はジュンヤとの会話を強引に引き上げた。
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俺が涙を流したのはジュンヤの奥さんが亡くなったことに対してじゃなかった。
ジュンヤと奥さんが仲良くしてたエピソードに対する涙だったのだ。
気付きたくはなかったが、きっとこの感情こそが嫉妬というモノなのだろう。
ここ数日でジュンヤとたくさん話をしてきてすごい親近感を感じていた。会話をしていて楽しいと感じている自分がいた。
そして、ここでの俺は女性の身体なのだ。身体が女性であるせいかこの1年で無意識のうちに精神も女性によっていってしまったに違いない。
そう。--俺はジュンヤのことを好きになっていたんだ。
男が男を好きになるはずなんてないと思ってたのに、今は女の身体だから男を好きになることもできるようになってしまったのだろう。
俺はその事実に頭を抱え、かつて抱いたことのない感情に数時間も悩まされる結果となった。
だが、悩んでも仕方ないのだ。振る舞いも最近は女性らしいものになっていた。
もう俺は...いや、私は女性に近づいていってることを自覚せざるを得ないようだった。
それならば、できることは1つだ。今はただ、ジュンヤの悩みを解決してやることだけだった。
それがきっとジュンヤが笑顔でいられることだから。初めて抱いた恋心を胸に秘めて、私はジュンヤの悩みと向き合うことにした。
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「昨日はその...途中でいなくなってごめんね!」
「いやいや、こちらこそ申し訳ない。でもアスカの件で泣いてくれてありがとう」
「ううん、いいの。むしろ、奥さんのお話をしてくれてこちらこそありがとう」
お互いに軽い会話を挟んだ後、私はこう話した。
「ジュンヤのことがもっと知れて良かった。これがジュンヤが抱えていた悩みなんだね」
「ハハハ...もう2年経ってるんだけどね。女々しい性格だなとつくづく思うよ」
「そんなことないよ!人の死に...しかも大切な人だったらそうなっちゃうのも当たり前よ!」
「そういってくれると助かるよ」
「でもそうすると私じゃ悩み解決できないかも...」
それは本心だった。今のところ一番簡単な解決方法は新しい女性を見つけることだが、言うは易しだが行うは難しのはずだ。
昔の自分だったら間違いなく簡単に口にしていただろうが、今の私ではそれは難しかった。
「そんなことないよ。君にアスカの話をして僕もすごく気持ちが楽になった」
「そうなの?私なんかが力になれたなら良かったけど...」
「うん。君に話せたからきっとよかったんだと思う」
不思議な返答に少し首を傾げた。
「なんとなくね。性格とかは全然似てないはずなんだけど、なんとなく君と話してるとアスカと話してるみたいだった」
少し胸が痛む。私じゃなくて私を通して亡くなった奥さんのことを見てたのかという気持ちがよぎった。
「でも、そのおかげで2年間も引きずっていたことをちゃんと自覚できたし、君と話してる間は昔に戻ったみたいで楽しかったんだ」
「...」
その言葉で私は目を見開いた。それは卑しい気持ちではあるが、同時に自分の気持ちへの折り合いをつける道でもあった。
「じゃあさ!毎日私とお話ししなさいよ!そしたら、毎日ジュンヤを笑顔にしてあげる!」
初めて"メスガキ"で良かったと思えた。こんな恥ずかしいセリフを今までのキャラクター性から違和感なく発せられていた。
その言葉を聞いたジュンヤはしばし沈黙を置いた後に少しずつ顔がほころんでいって...そして大きな笑顔で笑った。
「なんか色々吹っ切れちゃったよ。数日前まで落ち込んでたのがバカみたいに思えてきた」
前言撤回。こんな大笑いされてしまったらさすがに恥ずかしかった。
「ごめんごめん!そんな怒らないでよ。でもそこまで言われたら僕もまた君と話したくなっちゃうから」
「お、怒ってないし!私と話すだけで元気が出るならさ、その内奥さんとの思い出も大切に抱えながら前を向いて歩けるでしょきっと」
その言葉でジュンヤの表情は優しい顔になった。
「そうだね。また来るよ」
「そっ!落ち込んだらいつでも私はここにいるから。遊びに来てね♡」
そして、ジュンヤとの会話が終わった。
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最後の吹っ切れた表情からきっと悩みは解決できたのだろう。窓が消滅した後に数秒経っていつものメッセージウインドウが表示されていた。
そこには"100人目達成"の文字が書かれていた。この後どうなるかは分からないが、生き返るかここに残るかの選択が迫られるのだろう。
私は正直言うと、ここ数日で残ってもいいかと感じるようになっていた。
今日の話だとまたジュンヤはここに来てくれるだろうし、これからはもっとノルマを気にせず現実世界よりも充実した娯楽の整ったこの世界は楽しいに違いない。
少しここでの生活が長かったのかもしれない。現実世界に生き返って今から男に戻るということもまたすぐには判断しがたい状況だった。
しかし、その悩みも次の瞬間に捨てざるを得なくなった。
先ほど表示されていたウインドウが消え、周りの景色が変わっていく。そして、最初にここに来た時のように周りが真っ暗な空間へと移動していた。
どうやら選択の時が来たようだ。
「カルマさん、いえ、今ではアリスさんと呼んだ方がいいでしょうか?100人達成ありがとうございます」
最初に来た時のようにここでは声が出せないようだった。しかし、以前と比べて身体はこの世界で過ごしていたもののままだった。
「あなたは無事課題を達成したので、生き返ることができます。でも、ここでの生活もとても快適だったのではないでしょうか?」
ああ、そうだなと心の中でつぶやく。
「そんなあなたに朗報です。あなたが望めばこの世界で生活を続けることができます」
島で他の人から聞いた話の通りのようだ。
「予定通り、生き返りますか?それともこの世界での生活を続けますか?どちらにしましょう?」
その質問に数秒閉口した後、私は回答した。
「そうですか...では、あなたの望むままに」
そうして、この暗闇の空間からまばゆい光に包まれて、私はその光に包まれていった。




