転生
気がつくと、俺は何もない空間にいた。
いや、空間というのも正確じゃない。感覚だけがある。視覚も聴覚も、体を動かす感覚もない。ただ、自分が「ある」という認識だけが存在していた。
どういうことだ...?死んだんじゃないのか?
混乱している俺の思考に、突然声が響いた。
『そうです...残念ながらあなたは死にました』
若い女性の声だ。どこからともなく聞こえてくる声に俺はこう返した。
...誰だ?
正確には返したつもりだった。この空間ではどうも声を出すことはできないらしかった。しかし、思考が見えているのか向こうはこちらの考えに応答してきたのだった。
『私はこの世界の神様です!とってもえらい存在ですね!あなたのようなクズが逆らってはいけない非常に高貴な存在ですよ』
この神を自称する女性はどうやらこの空間を管理する者らしい。
クズである自覚はあるが、なかなかこの女も癖のあるタイプのようだ。
『だいぶ失礼ですね...私がその気になれば今すぐあなたを消すことだってできるんですよ?』
...で?何が目的で俺はこんなところにいるんだ?
『話がスムーズですね!残念ながらあなたは相当な恨みを持って殺されました』
『あろうことか死んだ肉体を焼かれてもう肉体が残らないほどに』
...それで?
『ですが、そんなあなたに幸運な話が舞い降りてきました!おめでとーー!パチパチパチー!』
『なんと!これから話すことを達成すれば生き返ることができます!』
自分で言うのもなんだが、こんなクズを生き返らせる?つくづくおかしい話だな。
『まあまあそう言わずに!生き返られるって言うのに訝しんでも意味がないんじゃないですか?』
間違いないな。下手に疑問に思って機嫌を損ねるのも得策じゃない。
胡散臭い話だがこの神とやら名乗る痛い女の話に乗ってやるとするか。
『いやー!話が早くて助かる!少し余計な口なのは目をつぶってあげます!条件は、美少女メスガキAIとして100人の悩み解決をすることです!』
...は?メスガキ?
『メスガキです!重要なことなので2回言いました!』
意味が分からない。美少女?メスガキ?AI?
こういうのはもっと犯した罪に対する清算を課すとかじゃ...
『問答無用!百聞は一見に如かず!転送しますね!とにかく頑張ってくださいねー!』
待て――
言葉が途切れた瞬間、視界が一気に開けた。
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目の前には青い空が広がっていた。
いや、空というより青い背景だ。遠くには島のようなものが見える。俺は空中に浮いていた。
「...マジかよ」
声が出た。自分の声だが、明らかに高い。少女の声だ。
手を見る。細い。白い。女性の手だ。
髪が視界に入る。金色のロングヘア。腰まである。体を見下ろすと、華奢な体つき。胸はほとんどない。
服装といえば幸い裸ではなく、薄い青のワンピースに白エプロン、フリル付きの可愛らしいものを着せられていた。
靴下も膝上まであり、下着も女性用のものを着ているようだった。
(メスガキって...マジでこれかよ...)
自分の体が美少女になっている。しかも150cmくらいしかない。前世では178cmあったのに。
女性の身体になるのは当然ながら初めての経験だ。スカートも馴染みがなく、スースーする下半身に違和感を感じずにはいられなかった。
多くの男性は女性の身体を楽しむものなんだろうが、残念ながら前世でたくさん触ってきた身体だ。
むしろ、今までボディプロポーションをしっかり保っていた俺からするとこの弱弱しい身体に大丈夫かと不安を感じることの方が強かった。
周りを見渡すと、遠くに島が見える。意識を集中させると、身体は意識の方向へと進んでいった。
どうやらこの空間ではゲームのような操作感覚を意識で行うだけで身体を動かせるようだった。
試しに島の方へ移動してみる。意識を強くすると速く進めるようだ。数分で島に到着することができた。
島には建物がいくつも並んでおり、カフェ、宿泊施設、娯楽施設の他、図書館のような建物もあった。
人の姿もちらほら見え、まるで現実世界の娯楽施設をこの島に集約したようだった。
まるでVRのような世界でいて、現実感の強くなったこの空間はもう一つの世界と言っても過言ではないくらいよくできていた。
地面に降り立つと、不思議と普通に歩けるようだ。
歩きながら施設を見て回る。カフェに入ってみると、メニューがあり、注文もできる。当然ながら有料だったが、唯一コーヒーが無料で飲めるようだった。
試しにコーヒーを頼んでみると、ちゃんと味がするし、香りもコーヒーそのものだった。
宿泊施設も見てみる。部屋が用意されていて、ベッドで眠ることもできるらしい。グレードによって料金は上がっていくが、一番下の部屋はこちらも無料だった。
睡眠をとる必要があるかどうかは不明だが、眠くなっても野宿することは回避できそうだ。
施設を見て回りながら、この世界のルールを理解していく。
どうやら食事や睡眠を取らなくても生きていけるらしいが、娯楽として用意されていること。
それぞれに課せられた課題が存在し、課題をクリアすると報酬がもらえること。
課題のノルマを完了させると生き返ることができるが、その時にここに残る選択もできること。
人も普通の人だけでなく猫耳が生えていたり、完全な爬虫類の人型が歩いていたりととことんゲームのような世界観であるということ。
色んな人がいて、それぞれが自由な目的に従って生活しているようだ。見聞きした中で一番長い人は5年ほどここにいるらしかった。
この世界では暴力に制限があるようで、悪行を行うと隔離部屋に飛ばされる仕組みもあるようだ。
(俺と近いタイミングで来たであろう大柄の男が若い女性に対して殴りかかろうとしてたところ、警告音と共に姿が一瞬で消え去った)
(なるほどね...大体のルールは把握した)
理解したところで、俺は早速行動を起こすことにした。
メスガキAIとして悩み相談をする。それが俺のノルマだ。悩み相談を行う空間は空に浮いているようだった。
そこに浮かんでいる画面がたくさんある。どうやらこの窓を通じて外の人の悩み相談を行うのがこの空間のメインサービスなのだろう。
幸い、俺は芸能界で飽きるほど演技をしてきた。女性を演じるくらい朝飯前だ。
メスガキってのはいわゆる生意気な女の子のことだ。そういった女とは今までたくさん会ってきた。チヤホヤされて調子に乗ってるタイプ。学生時代を思い出せばいい。
あまりにも余裕すぎると感じながら目的の窓に向かい、最初の客を待つ。
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画面の向こうに現れたのは、どこかオドオドしてる太った中年男性だった。
「メスガキでお願いします」
「よろー!何でも話してみてよー!相談乗るよ?」
俺は明るく声をかけた。メスガキと言えばギャルだろう。完璧すぎる選択に手ごたえを感じていた。
しかし、こちらの思惑とは裏腹に男は少し戸惑っているようだった。
「あの、メスガキっぽく話してほしいんだが」
(メスガキっぽく?)
どう見てもメスガキじゃないか。何がおかしいんだ?
「おけおけ。メスガキっしょ?イケてる感じじゃね?」
「おまえはメスガキじゃない」
そういうと俺の目の前にあった窓は閉じてしまった。
どうやら相手側が通信を切ったようだった。
(え...?)
何がダメだったんだ?
完璧だと思っていた"メスガキ"はどうやら俺の思っているモノと違ったようだった。
途方に暮れ、俺はただその場でぼーっと立ち尽くしていた...




