始まり
「今日もありがとね」
ファンの女の子に感謝の言葉を送りながら、俺は今日のライブを振り返っていた。
やっぱり売れるためには歌やダンスより結局見た目なんだよな。汗を拭きながらそんなことを考えている自分に、少しだけ呆れる。
この俺、藤堂業は所謂男性アイドルユニットで活動している。モデルの母と医師の父のおかげで最高クラスのルックスとそこそこの頭脳を持った俺は、楽々芸能界に足を踏み入れて、いとも簡単に欲しいものを手に入れることができた。
ファンは俺の歌に、ダンスに、パフォーマンスに熱狂する。だが正直な話、彼女たちが見ているのは俺の顔だ。それ以外の何物でもない。俺もそれを分かっているから、別に気にしない。
正直神様は不平等だと思う。世の中の大半は日々苦難を抱えながら過ごしているというのに、俺にはこの世界でイージーモードが約束されていた。それを十二分に活用できる程度の頭もある。使わない手はないだろう。
そんなことを考えながら、俺は今日の夜のことに想いを馳せていた。
芸能界は輝ける表舞台とは裏腹に、えぐい闇がたくさん渦巻いている。母のモデル業界でのコネ、父の医療業界での人脈。それらのおかげで俺には"良いお仕事"を紹介してもらいたい女性役者やアイドルから、よく"口利き"の依頼が来る。
要は俺を介して仕事を取れるようにお願いするということだ。
もちろん、タダで聞いてやるつもりはない。所謂"枕営業"という形で、性的関係を交換条件として楽しませてもらっている。
俺自身、このルックスがあれば枕営業なんてしなくても女には困らない。街を歩けば声をかけられるし、SNSのDMは常に埋まっている。だが、正直な話、普通の恋愛では味わえないプレイを楽しめるというのは悪くない。自由に弄べる女で、普通じゃできないことをする。それが俺の趣味だった。
自分でも自分がクズだとは思う。だが、選ばれた存在なのだから、それを100%使うのは何一つおかしいことはないはずだ。そう、何一つ。
ライブの片付けも終わり、他のメンバーに別れの挨拶を告げた後、俺は予定のホテルへ向かった。
時刻は23時過ぎ。タクシーの後部座席で、今日の相手のことを思い出す。
最近注目されている新人女優。クールな演技で「氷の魔女」と呼ばれている美人だ。仕事に困らなさそうな女だから、この案件が来たときは心底驚いた。だが、それ以上に興奮が俺の心を支配していた。
本来ならこんな相手から枕営業の話が来ることはない。売れっ子になりかけている女優が、わざわざ俺のコネを使う必要があるとは思えない。
なのに来た。
まあいい。細かいことは気にしない。タクシーの窓から流れる夜景を眺めながら、俺は久しぶりにワクワクする気持ちを噛みしめていた。
ホテルに到着したのは日付が変わる少し前だった。フロントで指定の部屋のキーを受け取り、エレベーターへと向かう。
鏡に映る自分の顔を見る。完璧だ。
エレベーターの中で期待がこみあげていく。指定された階に着き、廊下を歩く。部屋の前で一度深呼吸をして、カードキーをかざした。
ドアを開けて中に入ると――
そこには期待を遥かに超える裸の女がベッドの前に立っていた。
「うわ......今日はマジ最高じゃねぇか......」
思わず呟いて、俺は急ぎ足で女に近づく。
その瞬間。
突如、背中に強烈な痛みが走った。
「......は?」
後ろを見ると、パーカーを頭までかぶった人物に包丁で刺されていた。
何が起きたのか理解が追いつかない。だが体は正直で、そのまま痛みに耐えきれず床に崩れ落ちる。視界が揺れる。床に倒れた俺の体に、今度は別の人物が容赦なく刃を突き立ててくる。一人、二人。全身から激痛と体温が失われていく感覚が急速に走った。
(マジか......いつかこういう日が来るとは思っていたが......)
自分がクズであることを自覚していたから、想像はしていた。しかし、終わりの日がこんな突然訪れるとは思いもしなかった。
薄れゆく意識の中、パーカーの人物の顔が少しだけ見えた。
ああ。
(そゆことね......)
高校の頃、調子に乗ってやらかしたことのツケが回ってきたのか。
その顔ですべてを悟ったが、そこで俺の記憶は途切れた。




