序章:第一話
俺はアッシュ。15歳――盗賊だ。
この世界の名前は「ロック・ガラキアン」。
空想の本とかで表現される、”能力”とかはない。
魔法も、とっくの昔に封印された。
とはいえ、魔力そのものが完全に消えたわけじゃない。
でも、本当に…ずっと前に封印されてしまったのだ。
人々が手にする物は伝統のある刀剣や銃器、兵装、化学武器、、、そして”人工魔法”だけだ。
人工魔法っていうのはまたちょっと特殊で、魔法が使えない、魔力を持て余す人々が「どうやって魔法を使うか」を”科学”で追求した集大成。
【兵装】を媒介として”構文”を組み合わせ射出する、
魔法の代替にして......魔法の模造品。
それが人工魔法だ。
そんな世界にも学び舎はある。大帝都の中央に築かれた学園都市『イリュージア』。
で、そこは超科学―――『虚学』というものがある。
前述の通り人工魔法を作ったり、武器に「魔導」や「虚導」を仕込んだりするわけだ。
つまりだ。要約するとここは魔法が失われた代わりに、”虚学”という技術が発展した世界――
「ロック・ガラキアン」
.....ということだ。
「今日も仕事するか、、、」
この「仕事」も、今日が最後となることは、、、、、知らなかったんだ。
――――――――――――――――――――
俺は挨拶を交わしながら、貴族街を歩く裕福そうな男をさりげな〜く観察する。
今日の標的は、高価なスーツに身を包み、きらびやかなアクセサリを身につけた男だ。
胸ポケットには分厚い財布の影。俺は数歩離れ、自然に振る舞いながら機会をうかがう。
男は高級レストランへと入っていったので、俺は外で時間を潰す。
やがて夕陽が傾き始めた頃、満足げな表情で店を出てくる。
油断しているその背に、俺は風のように近づいた。
誰にも気づかれず、鴉のように。
右手が胸ポケットへと滑り込み、革財布をそっと掠め去る。
そして、人混みに紛れて離れたところで中身を確認する。
「6SMと78CMか……」
どうやら先ほどの食事でかなり使ったらしい。残りは殆ど残っていなかった。
何故金持ちがこんな無防備に財布を持ち歩くのだろう。この財布は質屋にでも持っていこうか。
俺はそんなことを考えていた。すると、不意に耳慣れた声が聞こえた。
「お兄ちゃん!」
青く長い髪の、八重歯の白いワンピースの私服姿の少女がむっすりした表情で立っていた。
「お、妹。路地裏なんて歩いてたら危ないぜ?」
「危ない、じゃないよ!私怒ってるんだから!」
「だって、お兄ちゃんいつも何も言わずに外に行くでしょ!?私すっごく心っ配してたんだからさ!」
はぁ……妹には盗賊業を知られたくないと思って隠していたのに、結局いつも見つかる。これで何度目だろうか。
「別にいいじゃん、、あ、これ今日のお小遣いな。2SMと17CM。」
「わぁ、お兄ちゃんありがとー!」
妹、ルナは小遣いを貰い、まるで子犬のように駆け足で帰っていった。
言い忘れていたが。ルナも15歳、、、なんだが、俺のほうが数か月誕生日が早いから兄として扱わせてもらってる。だが、ルナはかなり俺に過保護だ。もうルナが姉でいいんじゃないか?
俺はそんなことを考えながら、帰路に就いた。
その日の夕方、ルナはいつもは絶対に食べれないステーキとスープ、そしていつものお手製フランスパンを作ってくれた。
「ねぇお兄ちゃん、この前拾ったボロ雑誌で見たんだけどさ!イリュージア学園には特別な銃、魔物に対抗するための訓練、瘴気に耐えるための特別室とか!【階級】にも対抗できる特b、、」
「うるさい、特別でゲシュタルト崩壊はしたくない」
「へへ、、、けど、、、お兄ちゃんと一緒に、いつか必ず入学したいな!」
笑顔で遠い未来を見ているとも思う目は、噓偽りなんてなかった。
「ああ、約束だ、必ず。」
俺は、噓をついた。イリュージアなんて、俺には縁のない世界。裕福な貴族の子供たちが、夢のような理想を語る場所。
「お兄ちゃんと、、、必ず、ね。」
――――――――――――――――――――――――
夜更け、二人で屋根に上がり、街の灯りを眺める。
遠くに瞬く光は、まるで星のように街を飾っていた。
「見て、お兄ちゃん。あの光、、、、全部人の暮らし、、、、なんだよね。」
「......そうだな。」
「私たちも、いつかもっと大きな光の中で暮らせるかな?」
「さぁな。俺は暗がりのほうが........性に合ってるからな。」
「もう!そういうこと言わないの!」
ルナは未来を夢見る。
俺は現実に縛られる。
その差が、
いつも胸の奥で重く響いていた。
「おきろおきろおきろおきろ、、、、おきろーーーーっ!!!」
ルナの声、そして駆け上がる足音が家中に響き渡ると同時に、
俺の腹に――ダイレクトアタックが炸裂する。
「ぐ.....お、お前なぁ......なんで毎回こうなんだ.........っ!?」
「だってだってー!いつまで寝てるのぉー!」
「パン、フランスパン焦げちゃうってぇーーっ!!!」
俺は渋々ベッドから起き上がる。まだ眠気で頭が混濁してるのに。
目の前に広がる焼き立てのフランスパンの匂いと、温かい上澄み粥のスープの湯気に、
俺の体じゃ、もう完全に釣られていた。
椅子に座った瞬間、スープが全身に染み渡る、そしてパンの香ばしさが口の中で跳ねるイメージが浮かぶ……。
まず一口齧る。
粥は予想通りほぼ水、、、だが、、、、
「……う、うまいな。」
フランスパンを食べ、思わずつぶやいた俺の言葉に、ルナは小さく胸を張って得意げに笑う。
「でしょでしょーっ!?今日の粉はね、昨日市場でめっちゃ安く手に入れたんだよー!ほら、こんなにフワフワだし、香りもサイコーでしょーっ!」
その笑顔は、まるで太陽みたいに俺の胸に差し込んでくる。
いつもなら朝からドタバタで、俺は文句ばかり言いたくなるのに――
今はちょっと、ほんの少しだけ、救われた気分になった。
いや、むしろルナに朝から全力でぶん殴られるくらいの方が、俺の人生には必要なのかもしれない――とは、少し言い過ぎた。
昼過ぎ、俺達は昨日手に入れた「小遣い」片手に商店に来ていた。
表向きこそ平和で、貧民街全員が協力しているように見えるが、実際はもっと、、、、別の、、、、
「お兄ちゃん!ボーっとしないでよ!」
「あ、あぁ、ごめん。」
「それより見てよ!この布、どう!?」
「いいと思う」
「お兄ちゃん、超適当だねぇ〜、、、、お兄ちゃんの服の布なんだよ!なんで適当なの!、、、、まぁ、いいけどさぁ、、、、、?」
ルナは布をめいっぱい抱えて嬉しそうに弾む。 俺はその後ろ姿を眺めていた。
盗賊の目は、いつも必ず闇を見る。 闇を知っている。だが、ルナはそんな空気を気にもせず、光の中で笑っていた。
その時だった。
「グオオオオアアアアアァァァァァァ!!!!!」
豪風とも思えるような風が吹き、鼓膜が破れるように大きい咆哮が大帝都中央広場から響き渡る。その音は、まるで魂が悲鳴、、金切り声を上げているかのようだった。
俺の心臓が、恐怖で一瞬止まる。音のした方向へ顔を向けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
広場を囲む15mにもなるビルの壁が、まるで豆腐のように崩れ落ちていく。
コンクリートの波に人々は埋まっていく、、、、、
瞬間、広場は地獄絵図と化した。
「逃げろ!」
「化け物だ!」
「助けてぇ!!」
「ああぁぁぁぁ!!」
群衆は蜘蛛の子を散らすように四方へ駆け出す。
倒れた屋台から果物や布が散乱し、香辛料の匂いが風に混じって鼻を刺す。
子供を抱えた母親が無きながら立ち竦む。
老人は転んで立ち上がれずに人々に踏まれる。
兵士らしき男が剣を抜くが、コンクリートの波に飲み込まれる。
人々の悲鳴と怒号が交錯し、広場全体が混乱の渦に飲み込まれていく。
だが、、、、、、
ルナの瞳は揺るがなかった。
瞬間、彼女は走り出していた。
「お兄ちゃんは私が守るよ、、、、!私、頑張るからっ!」
彼女は、普段の可愛らしいワンピース姿のまま、勇敢に走り出した。
手には、武器になるようなものは何も持っていない。
しかし、その表情は、俺を守るという強い意志に満ちている。
「――――っ! まずい、、!そっちには行っちゃダメだ、、、!!」
崩れたビルの砂煙が晴れると、、、、
、、、、中心に立つのは、自身の身長の3倍ほどと思える棍棒を携える、超巨大―――目視5mは超える、【スカルオーガ】の姿があった。
続く
それでは、また次話!




