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第26話 白銀の介入者、託された希望

 絶望的な状況だった。イフリートが放つ無数の炎の槍が、オレたちに降り注がんとした、まさにその瞬間――。


「……やれやれ。これ以上は見てられんな」


 どこからともなく、場違いなほど落ち着いた男の声が聞こえてきた。


 次の瞬間、オレたちの目の前、そして頭上を覆うように、まばゆいばかりの白銀の光がほとばしった。


 それは、まるで極寒の吹雪が凝縮されたかのような、絶対的な冷気を伴う光の奔流。イフリートが放った無数の炎の槍は、その白銀の光に触れた瞬間、まるで存在しなかったかのように、音もなく消滅していく。


(何が……起こった……?)


 あまりにも突然の出来事に、オレもエリスも、ただ呆然ぼうぜんと立ち尽くすしかなかった。


 やがて白銀の光が収まった時、オレたちの目の前、イフリートとの間に、一人の男が立っていた。まるで、最初からそこにいたかのように、平然と。


 その背中には見覚えがあった。オレより頭一つ分は高い身長。がっしりとした体格。左腕には、赤い布が巻かれている。そして、特徴的なスキンヘッド。


「……なんで、お前が、ここに……?」


 信じられない思いで、オレはその名を呟いた。


「……アーロン」


 クラン「紅い風」のリーダー、アーロン。先日、ギルドホールで出会ったばかりの、あの男だった。


 アーロンは左手を腰に当て、顔だけこちらに向けて、悪びれもなく言った。


「邪魔をしたなら、すまんな。お前たち二人でイフリートを倒すつもりだったんだろうが、どうにも危なっかしいというか、黙って見てられなくなってな。悪いと思ったが介入させて貰った」


「今のはお前が? 何故お前がここに? 見ていた? 一体いつから……?」


 疑問が次々と口をついて出る。


「最初からいたさ。むしろ、お前たちの方が後から入ってきたんだ」


 最初から? 気配遮断をしていた、と? オレだけでなく、エリスの鋭い感覚ですら気付かないほどの完璧な気配遮断を?


 そんなオレたちの驚愕をよそに、アーロンは再びイフリートに向き直った。


「……キサマ、一体何者だ?」


 イフリートが、先ほどまでの余裕を消し去り、強い警戒心をあらわにして問いかける。アーロンの介入は、イフリートにとっても完全に予想外だったのだろう。


「後は俺がやるから、少し待ってろ。すぐに終わらせる。話はそれからゆっくりしよう」


 アーロンはイフリートを完全に無視し、オレたちにそう告げた。その口調は、まるで近所のゴロツキでも追い払うかのように軽い。


「さて、イフリートよ。ここからは俺様が相手してやるが、文句は無いな?」


「……先程の防御魔法は、キサマか?」


「俺様もお前には用があるんだ。……ったく。よくもこれだけ手間を掛けさせてくれたな。探し出すのにどれだけの時間がかかったことか」


「……キサマ、一体何者だ?」


「ようやく見付けた。もう逃がさん。フィナから盗んだもの、返してもらうぞ」


「――答えろ! キサマァ!」


 イフリートの威圧を込めた怒声が、奈落の底に響き渡る。S級モンスターが放つプレッシャーに、オレは思わず後退あとずさりしそうになった。


 だが、アーロンは全く動じない。それどころか、どこか楽しむように口角を上げ、イフリートを挑発する。


「それに何より……」


 アーロンが一瞬だけオレたちの方へ振り返り、そして再びイフリートに視線を戻す。


「よくも、俺様の大事な妹と弟を弄んでくれたな」


 アーロンが指をポキポキと鳴らしながらイフリートに向かって足を踏み出す。


(……弟と妹? オレとエリスのことか?)


 アーロンの言葉の意味が全く分からない。だが、今はそれを考えている場合じゃない。


「答えろ! キサマァ!」


 激昂したイフリートが両手を天にかざす。それと同時に、紅蓮ぐれん猛焔もうえんを纏う十二本の巨大な投槍がイフリートの頭上に出現した。それぞれの猛焔が渦巻き、ゴォオオオという地鳴りのような音と共に、周囲の温度がさらに上昇する。


「ほう。《クリムゾンジャベリン》か」


 アーロンが、まるで珍しいものでも見るかのように呟く。


 これが、火系統の上位魔法……! 見ただけで分かる。エリスの氷結槍フリージングジャベリンとは比較にならないほどの、圧倒的な破壊力を秘めている。


「さすがイフリートと言ったところか? だが……」


 アーロンがゆっくりと右手を前に出す。手のひらを上にしたとき、そこに揺らめくように青白く光る小さな球体が現れた。氷のように冷たく、それでいて星のように眩しい光。


「その程度では何の役にも立たないがな」


 アーロンの挑発に、イフリートの怒りが頂点に達したようだった。


「この猛焔に貫けぬモノは無いわ! 消えろ!」


 イフリートの怒号と共に、十二本の紅蓮の投槍が動き出す。


 オレは咄嗟に収納魔法を発動させようと身構えた。だが、アーロンはそれよりも早く、静かに、しかし絶対的な響きを持って、その魔法の名を告げた。


「《ダイヤモンドダスト》」


 アーロンの手の上にあった青白い球体が、パチン、と弾けた。


 瞬間、世界から音が消えた。


 そう錯覚するほどの静寂。イフリートの攻撃が放つ轟音も、燃え盛る炎の音も、全てが一瞬にして掻き消えた。


 そして、凍えるような寒気が、オレの体を貫いた。ブルッと身震いする。吐く息が真っ白に凍りつく。


 目の前を、キラキラと輝く小さな小さな青白い結晶が、まるで雪のように舞い落ちてくる。手のひらに受け止めると、それは触れた瞬間に溶けるようなこともなく、美しい六角形の氷の結晶の形を保っていた。


 オレは顔を上げ、周囲を見渡し、そして息を呑んだ。


 そこは、もはや奈落の底の地下空洞ではなかった。壁も、床も、天井も、全てが分厚い氷に覆われ、蒼光石の代わりに、氷の結晶が放つ淡く幻想的な光が、空間全体を照らし出していた。まるで、氷の世界に迷い込んだかのようだ。


 これが、氷系統の三大上位魔法の一つ、蒼光氷晶ダイヤモンドダスト……。


 ゴォンッ!


 何か重いものが地に落ちる鈍い音が響き、オレはハッと我に返り、音のした方へ視線を向けた。


 そこには、巨大な氷像が横たわっていた。腕を振り上げ、まさに攻撃を放たんとする瞬間の姿のまま、完全に凍りついた、獅子の顔を持つ巨人の氷像。


「……これは、まさか。……イフリート……を?」


「ん? ああそうだ。だが凍らせただけだ。まだコイツは死んでない」


 アーロンは事も無げに言うと、氷像と化したイフリートに近付き、何かを探るようにその周りを一周した。そして、イフリートの右腰のあたりを拳でコンコンと軽く叩き始めた。


「たぶん、ここかな? どれどれ」


 アーロンは右拳を大きく振りかぶると、勢いを付けてイフリートの右腰辺りにその拳を叩き込んだ。ガシャーン! と氷が砕ける音が響き、アーロンの腕が肩まで氷像の中に埋まる。そして、腕を引き抜いた時、その右手には、拳ほどの大きさの、赤黒く脈打つ禍々しい結晶体が握られていた。


「……それは?」


魔核コアってやつだな。イフリートの本体と言い換えてもいい。コイツを壊さないと、イフリートは死なないのさ」


 そう言うと、アーロンは手に持っていた赤黒い結晶を、まるで熟れた果実でも握り潰すかのように、いとも簡単に粉々にした。


 パリンッ……。


 魔核が砕け散った瞬間、氷像と化していたイフリートの巨体もまた、パァーン! と甲高い音を立てて内部から弾け飛び、細かい氷の破片となって霧散した。


「これで、終わりだ」


 イフリートの破片がキラキラと舞う中、アーロンは事も無げにそう言うと、オレたちのほうに向き直った。


 S級モンスター、イフリート。あれだけオレたちを苦しめ、絶望の淵に叩き落とした強敵を、アーロンは文字通り、一撃で葬り去った。しかも、氷系統の最上位魔法を、ほぼ無詠唱で。


 とても、B級ハンターの成せる業ではない。


 こいつは、一体……。


「さて、お説教の時間だな。……いや、その前に確認か」


 アーロンが、やれやれといった表情でオレたちを見下ろす。


「お前たち二人はまだD級だろうが。いくらなんでもイフリートに挑むのは、無謀を通り越して自殺行為だろう。相手はS級モンスターなんだぞ? 分かってるのか?」


 助けてもらった恩義はある。だが、その上から目線の物言いに、つい反論が口をついて出た。


「……お前だって、B級だろう?」


「俺様はいいんだよ」


(……コイツ、やっぱりムカつく!)


 オレの左目がピクピクと引きつるのが自分でも分かる。だけど、ここはぐっと堪える。


 アーロンはオレからエリスに視線を移した。


クリス(・・・)もだ。あんな怪我までして」


『……あんなの、かすり傷よ。もう治ったし』


 エリスが憮然ぶぜんとした声で返す。


「あのなあ……」


 アーロンが心底呆れたように溜息をつく。


「今のお前はまだ力を取り戻していないんだろう? まったく。無鉄砲で頑固なところは全然変わらんな。これを知ったら、フィナがまた悲しむぞ」


 クリス? フィナ? エリスを昔から知っているようなこの口ぶり……。そして何より、エリスが獣形態であるにもかかわらず、それを自然に受け入れている……。


『フィナ? ……誰?』


 エリスの問いに、アーロンが今度は目を丸くする。


「……は? おいおい、クリス? お前、いくらなんでもその冗談は――」


『私はエリスよ。エリスティーナ。クリスじゃない。フィナという人も知らない。……誰かと、人違いをしていない?』


「……はぁあ?」


 アーロンが素っ頓狂な声を上げ、信じられないという表情でエリスを見つめる。


「何言ってんだお前。バハムートっていうのはこの世界にお前だけだ。間違いようが無いだろう! ……ちょっと待てよ、おい。クリス、お前……あ、今はエリスか? ええい、そんなことより、お前、もしかして……俺様の事も知らない、とか言うんじゃ……?」


『……知ってるわ。紅い風のクランリーダーで、名前はアーロン。B級ハンター。……そして、ギルドではタクマにケンカを売ってきた人』


 エリスの言葉に、アーロンは完全に絶句した。


「……それだけ? ホントに俺様のこと、分からないのか?」


『……言っている意味が、分からないわ』


 アーロンはしばらく呆然としていたが、やがて何かを悟ったように、右手で口元を押さえた。


「……そうか。そういうことか。ギルドのホールで出会った時も、何も反応を見せなかったからちょっとおかしいとは思っていたんだ。……記憶は、今生に引き継がれなかったんだな。だからか。転生して二十年近く経つというのに、一度もフィナの所に顔を出さなかったのは。あー、そういうことだったのか。納得した。……でも、うわぁ、どうするよ? これを知ったら、またフィナのやつ、泣き崩れるぞ……」


 転生? 記憶が引き継がれなかった? もしやフィナというのは……。


 アーロンの独り言のような呟きに、オレの中でバラバラだったピースが一つに繋がっていく。


 エリスはバハムート。女神フィアーナによって創られた存在。そして、バハムートと対を成す存在が、いる。それは……。


「……白銀の竜、ファフニール」


 オレがその名を口にすると、アーロンは「ようやく気付いたか」と言わんばかりに、にやりと口角を上げた。


『ファフニール……? アーロンが……?』


 エリスが驚きの声を上げる。


「ああ。そう考えると色々なことに説明が付く。最初にオレたちを助けてくれた防御魔法についても、ダイヤモンドダストを無詠唱で使えたことも。イフリートの弱点を知っていたことも。今のエリスの姿を自然に受け入れていることも。そして何より、以前のエリスを知っている風なことも、な」


『……でも、本当に? なら、何か証を見せて。ファフニールだという証よ。例えば、白銀の竜になってみせる、とか』


「無茶言うな! こんなところで力を解放したら、その余波であっという間に崩落しちまうだろうが。それに、この世界で無暗に竜化したら、後でフィナにたっぷり小言を喰らっちまうんだよ」


 アーロンはそう言うと、「証と言ってもなぁ……」と頭を掻きながら困ったような表情を見せた。


 その様子を見て、オレは口を開いた。


「じゃあ、その代わりにいくつか質問に答えてもらえないか?」


「ん? まあ、答えられることなら構わんが」


「一応確認するが、クリスというのは、以前の……前世のエリスの名前なのか?」


「ああ、そうだ」


 エリスの『だから、私はクリスじゃないってば』という呟きが頭の中に響く。オレは少しでも宥めようと、そっぽを向いてしまったエリスの背中をそっと撫でながら質問を続けた。


「フィナというのは……もしかして……」


 一旦言葉を区切り、オレは大きく息を吸った。


「女神フィアーナのことなのか?」


「ああ、そうだ」


 アーロンは事も無げに言う。


 やっぱりそうなのか。だとすると……。


「……実在するのか? 神が……女神フィアーナが?」


「おかしなことを聞くんだな。バハムートがここにいて、ファフニールもここにいる。なのにフィナ……女神フィアーナが実在することが不思議か?」


 言われてみればそうかもしれないが……。それでも、にわかには信じがたい。


「最後にもう一つ。お前がここに来た目的はなんだ?」


 オレの言葉に、アーロンは右のほうへ顎をしゃくりながら答えた。


「アレさ」


 その先にあるモノ。それは、宙に浮かびゆっくりと回転する巨大な紫水晶アメジストだった。


「アレは元々フィナのモノなんだが、大昔に奪われてしまってな。今までずっと探していたんだ。かなり時間がかかってしまったが、ようやく最後の一つを見付けることができた」


(フィナのモノ? この巨大な紫水晶アメジストは、元々女神フィアーナのモノだったのか!?)


「……それを、どうするつもりだ?」


「もちろん回収する。そのためにここまで来たんだからな」


 その言葉にオレとエリスの視線が交差する。


(持っていかれてしまう? せっかくここまで来たのに! これが無いと、ローゼちゃんの母親を治す手段が無くなってしまう!)


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。それは困る。オレたちの目的もそれなんだ。それを取りにここまで来たんだ」


 紫水晶アメジストのほうに向かい始めていたアーロンの足が止まり、オレたちのほうに振り向いた。そして何故か不思議そうに顔を横に傾げた。


「ん? お前たちの目的はそっちの《神水》のほうじゃないのか?」


 アーロンは紫水晶アメジストの下にある泉を指差す。


「俺様が回収するのはこのフィナの紫水晶アメジストだけだ。こっちの《神水》については、別にどうこうするつもりは無い」


 その答えに、オレは安堵の息を吐き出した。だけど、アーロンは言葉を続けた。


「さっきも言ったかもしれないが、このフィナの紫水晶アメジストがこの世界にある最後の一つだ。これを回収すれば、もうこの世界に、新たに《神水》が生まれることはなくなる。つまりそこにあるのが、この世界での最後の《神水》になるわけだ。大事に使うんだな」


(最後……? ここにあるだけで、もうこの世界に《神水》はなくなる?)


「その紫水晶アメジストをここに残しておいてもらうわけには……」


「それはダメだ」


 アーロンはきっぱりと言い切った。その表情は真剣そのものだ。


「人がこれを必要とする理由も分からないでもない。だが、これは元々この世界のモノじゃないし、安易に頼り過ぎて良いモノでもない。ましてや世の中に知れてみろ。間違いなく壮絶な奪い合いになって、世界の在り様が歪んでしまうぞ」


「それは……。だけど、《神水》でなくては……」


「なによりも! これはフィナに必要なモノだからな。これを奪われたせいで、フィナはだいぶ力を落としてしまったんだ。その影響は当然、フィナの眷属である俺やクリスにも及んだ」


 アーロンがエリスに視線を向けながら、悔しそうに言葉を続けた。


「これが奪われてさえなければ、あの時クリスは……」


 アーロンは口を閉ざし、その先を言葉にはしなかった。だが、その顔に浮かぶ深い後悔の念を見て、オレにはもう、何も言えなかった。


 アーロンは大きく息を吐き出し、何かを振り払うかのように一度大きく首を横に振った。


「……もう過去の話だ。フィナの紫水晶アメジストは、これで全て取り戻すことはできたし、クリスも無事転生できて、こうして再び会うこともできた。記憶を失っていることは予想外だったがな」


 そして、アーロンはエリスの方を向きながら声を掛けた。


「なあクリス。……いや、エリス。お前は今、幸せか?」


『ええ。これ以上無いくらいに』


 エリスは迷うことなく即答した。その声には、一点の曇りもない。


「そうか。ならいい」


 その答えに、アーロンは心底嬉しそうに、そしてほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。


 アーロンが紫水晶アメジストに向かって手をかざすと、白い魔法陣が宙に浮かぶ紫水晶アメジストを上下からゆっくりと飲み込んでいく。やがて、二つの魔法陣は紫水晶アメジストを全て飲み込み、中央近くで触れ合ったかと思うと、一度眩い光を放って弾けるように消えていった。


 そこにはもう、巨大な紫水晶アメジストの姿は無かった。


「さて、俺様の目的は果たした。先に上がらせてもらう」


 そう言うとアーロンの後ろに白く大きな魔法陣が現れた。


「転送の魔法陣だ。出口は山頂近くのほこらになっている。丸一日くらいは持続するようにしておいたから、お前たちも使うといい」


「あ、ちょっと待ってくれ、アーロン」


 魔法陣に向かって歩き始めようとしたアーロンに向かって声を掛け、オレは《神水》の泉へ走り寄った。そして水筒に《神水》を汲み、しっかりと蓋を閉めてからアーロンに向かって投げた。アーロンは右手で水筒をキャッチすると、いぶかしげにオレを見た。


「なんだ?」


「それをフラウリンド伯爵家に届けてくれないか? オレたちが行くと色々と説明が面倒でな。オレの魔法のこととか、エリスの正体とか、全部隠しながら説明できる自信がない。ヘタに話すと、お前がファフニールだとバレるかもしれないぞ?」


「――おい!」


 アーロンが眉をひそめる。


「そういうわけで、どうやって届けるか正直悩んでいたんだ。でもお前なら、クランの総力を結集して、とか何とか適当な理由を付けられるんじゃないか?」


「バカ言え! たかだか五十人程度の中規模クランが総力を上げたくらいで《神水》が見付かるか! ましてやイフリート討伐なんかできっこないわ」


『……一人で討伐しちゃったくせに』


 エリスの容赦無いツッコミに、思わず吹き出しそうになる。


「クリス、お前なぁ……」


『私はエリスよ!』


 アーロンが盛大なため息をつきながらも言葉を続けた。


「……まあいい。フラウリンド家に届けさえすればいいのだろう? なら、知り合いの神官にでも頼んでおく」


「助かる」


「その代わり……とは言わんが、エリス。すぐにとは言わないが、近いうちにフィナに顔を見せてやってくれ」


 アーロンの言葉に、エリスは戸惑いの表情を浮かべる。


『……でも、私、女神に会う方法なんて知らない……』


 やっぱり、そうか。


 オレがアーロンの方に視線を向けた時、アーロンは既に魔法陣の中に立ち、オレたちに向かって片手を上げていた。


「じゃあ約束したからな! またな。お先! ……ああ、そうだ。タクマ、そいつを頼んだぞ」


「あ! おい!」


 それだけ言って、オレの声はスルーして、アーロンは早々に魔法陣の中に姿を消してしまった。


 後に残されたのは、静寂と、疲労困憊こんぱいのオレたち二人だけだった。


「……疲れたな」


 オレはその場に座り込んだ。アーロンもいなくなって、気が緩んだのか、急に立っているのが辛くなってきた。


『うん……魔力も、もうほとんど空……』


 エリスもオレの隣に寄り添うように体を下ろした。その白銀の毛並みは、激しい戦闘でだいぶ汚れてしまっている。


「エリス、怪我は……?」


『うん。ホントにかすり傷だったし、《神水》飲んだから、もうすっかり治ったよ』


「そっか。よかった……」


 オレは安堵の息をつき、エリスの背中にそっと手を置いた。


「今夜はここで休もう。明日の朝、アーロンの魔法陣で帰ろう」


『うん……』


 エリスが、オレの体に頭をり寄せてくる。オレも、その温かい体に寄りかかるようにして、目を閉じた。


 ケルベロスを倒し、トラウマを克服した。


 《神水》も手に入れた。ローゼちゃんの母親も助かるだろう。


 だが、イフリートには勝てなかった。


 アーロンファフニールという存在、エリスの前世、女神フィアーナ……世界の真実の一端に触れ、新たな謎も増えた。


 オレは、まだまだ弱い。もっと強くならなければ。エリスを守れるように。そして、いつか……。


 オレは隣にいるエリスの温もりを感じながら、静かに決意を固めた。今はただ、この束の間の休息を、大切な存在と共に分かち合いたかった。



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