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第11話 ピクシー捕物劇と恩返し?

「オレのこの力……まだ上手く使えないけど、あいつらを捕まえる手伝いなら……できるかもしれない」


 オレの言葉に、ラウル、セリカ、そしてエリスの視線が集まった。驚きと、疑念と、そしてほんの少しの期待。それが彼らの表情から読み取れた。さっきまでの氷の矢の暴発と、その後の――まだ不安定だけども――ベクトル操作。オレの収納魔法が、ただ物を出し入れするだけのものではないと、彼らも理解し始めてくれているのだと思う。


 だがやっぱり、心配はしてしまうわけで……。


「タクマ……本気か? さっきみたいに暴発したりとか……」


 ラウルが不安げに言う。無理もない。さっきは運良くかすり傷程度で済んだが、一歩間違えば大惨事だった。だが……!


「大丈夫だって! 今度はちゃんと『前』に向けて出す。お前たちにだってちゃんと当たらないように注意するさ。……たぶん」


「たぶんって……」


 セリカが呆れたようにこめかみを押さえる。


「でも、タクマならできるよ! きっと!」


 エリスだけは、絶対的な信頼を込めた瞳でオレを見つめ、力強く頷いてくれた。その笑顔が、オレの背中を強く押してくれる。


「よし、決まりだな! 作戦会議だ!」


 オレたちは訓練場の隅に集まり、ピクシー捕獲作戦を練り始めた。エリスの感覚によれば、ピクシーは複数――おそらく三、四匹――いて、姿を消したり、風を起こしたりしながら、訓練場の天井近くや物陰を高速で飛び回っているらしい。


 作戦案は、セリカが口火を切った。


「まずは、あいつらの動きを止めないと話にならないわね」


 腕を組み、真剣な表情で天井付近を睨みつける。


「私が魔法で動きを封じる。《ウェブ》か《バインド》あたりが有効かしら」


「おう! 動きが止まったところを、オレの円月輪チャクラムでビシッと!」


 ラウルが勇ましく拳を握るが、即座にセリカに冷たい視線で射抜かれた。


「あんたは余計なことしないで!」


「なっ……!」


 ラウルが言葉に詰まる。


 次にエリスが元気よく手を挙げた。


「はい! 私は?」


「エリスは持ち前のスピードで追い詰めてくれ」


 オレはエリスに答えた後、自分の右手を見つめながら言葉を続けた。


「オレは……動きが止まった瞬間か、あるいは追い詰められたピクシーが逃げようとしたところに、氷の矢を撃ち込んでみる」


 少し間を置いて、付け加える。


「……まあ、当たるかどうかは分からないが、あいつらの注意を引いたり、動きを邪魔したりする牽制くらいにはなるかもしれないな」


「分かった! それでやってみよう!」


 エリスが満面の笑みで頷く。こうして、急造のピクシー捕獲作戦が決行されることになった。


 作戦開始だ!


「まずはあぶり出すわよ! 小さき光の玉よ、闇を払え! 《ライト》!」


 セリカが短い詠唱と共に、眩い光の玉を天井付近に放つ。薄暗かった訓練場が一気に明るくなり、影の中に潜んでいた小さな存在が露わになった。


 キラキラと輝く鱗粉を撒き散らしながら、半透明のはねを持つ、体長15センチほどの小さな人型の存在――ピクシーだ! それが三匹、いや四匹だ。甲高い、鈴を転がすような笑い声を上げながら、目にも止まらぬ速さで飛び回り始めた。


「いた! あいつらだ!」


「速い!」


「逃がさないわよ! 銀の巣網よ、動きを封ぜよ! 《ウェブ》!」


 セリカが即座に魔法を放つ。粘着性の高い蜘蛛の糸のようなものがピクシーの一匹に迫るが、ピクシーはひらりとかわし、ケラケラと笑いながらセリカの頭上をかすめていく。


「くっ、ちょこまかと!」


「うおおお! オレに任せろ!」


 ラウルが円月輪チャクラムを投げる。今度はピクシーを狙っている分、多少はマシな軌道を描くが、やはり高速で飛び回るピクシーに当てるのは至難の業だ。円月輪チャクラムは虚しく空を切り、壁に当たって跳ね返る。


「危ないでしょ、ラウル!」


「あ、ごめん……」


 その間にも、エリスは驚異的な跳躍力とスピードで、壁や柱を蹴りながらピクシーを追い詰めていく。


「待てー!」


 白い閃光のようなエリスの動きに、さすがのピクシーたちも少し焦り始めたように見えた。一匹が、エリスの追跡から逃れようと、訓練場の入口方向へと向かう。


(今だ!)


 オレは好機と見て、収納庫ストレージから氷の矢を取り出す。意識を集中し、運動ベクトルをピクシーの逃げる先へ向け――


「行けっ!」


 シュンッ!


 氷の矢が、オレの手から放たれる! だが、やっぱり制御は難しい。間違ってもエリスたちに当たらないようにと意識しすぎたのか、狙いは大きくずれ、ピクシーのはるか前方、入口の扉の横の壁にドゴンッ! と突き刺さった。


「くそっ、外したか!」


 オレが舌打ちした瞬間、氷の矢が壁に突き刺さった衝撃で、壁に立てかけてあった古い訓練用の盾が数枚、ガラガラと大きな音を立てて倒れ、ピクシーの逃げ道を塞いだ。


「キィ!?」


 驚いたピクシーは急ブレーキをかけ、慌てて方向転換する。


「おお! タクマ! ナイスだぞ!」


 ラウルが興奮したように叫ぶ。


(よし! 思ってたところへは飛ばせなかったけど、結果的に逃げ道を塞げた。狙い通り! ……いや、完全に狙ったわけじゃないが、このデタラメな軌道が役に立つって思っていたんだ。狙い通りじゃないけど、狙い通りだ!)


 オレは自分の力の、制御不能さから生まれた偶然の結果に驚きつつも、作戦がうまくいっていることに確かな手応えを感じていた。


 その後も、ピクシーたちとのドタバタ捕物劇は続いた。セリカの魔法はことごとくかわされ、ラウルの円月輪チャクラムは相変わらずあらぬ方向へ飛び(一度、オレの足元を掠めて肝を冷やした)、エリスが追い詰めると、ピクシーは姿を消したり、突風を起こしたりして巧みに逃げ回る。


 オレも何度か氷の矢を撃ち出してみた。狙いは全く定まらない。天井に突き刺さったり、地面を抉ったり、木人を真っ二つにしたり。だが、その予測不能な氷の矢の飛来が、結果的にピクシーたちを戸惑わせ、逃げ道を塞ぎ、うまく混乱させているようだった。


(下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、ならぬ、下手な氷の矢も数撃ちゃ攪乱できる、といったところか?)


 そして、ついにその時が来た。


 エリスに追い詰められ、さらにオレが放った氷の矢――もちろん明後日の方向に飛んだ――に驚いて一瞬動きが止まったピクシーの一匹に、セリカの《バインド》がクリーンヒットした!


「やった!」


 光の縄に捕らえられたピクシーは、ジタバタと暴れるが、もう逃げられない。それを見た他のピクシーたちも、観念したのか、あるいは遊びに飽きたのか、おとなしくなってエリスとオレの前にふわりと降り立った。キラキラした瞳で、こちらを興味深そうに見上げている。どうやら、本当にオレたちと遊んでいるつもりだったらしい。悪意は全く感じられなかった。


「ふぅ……やっと捕まえたわね」


 セリカが額の汗を拭いながら、捕らえたピクシー(まだ光の縄の中でもがいている)の前に仁王立ちになる。


「あなたたち! ここでどれだけ人に迷惑かけてたか分かってるの! ハンターの皆さんはね、真剣に命がけで訓練してるのよ! それを邪魔するなんて、とんでもないことなんだから!」


 まるで子供を諭すように、しかし真剣な表情でセリカが説教を始める。ピクシーたちは、セリカの剣幕に少し驚いたのか、しゅんとして俯いたように見えた。


「もう……分かったら、二度とこんなところで悪戯しちゃダメよ? 森で静かに暮らしなさい。いいわね?」


 セリカはそう言うと、ふっと息を吐き、《バインド》の魔法を解いた。自由になったピクシーは、仲間たちと一緒に、ぺこり、と頭を下げた(ように見えた)後、キラキラと鱗粉を撒き散らしながら、開いていた訓練場の窓から外へと飛び去っていった。


「……いいのか? 逃しちまって」


 ラウルが少し残念そうに言う。


「いいのよ。悪い子たちじゃなさそうだったし。それに……」


 セリカは少し頬を赤らめながら、「……ちょっと、可愛かったし」と小声で付け加えた。


(ピクシーの恩返し、とかあったりしてな……。まあ、期待しないでおくか)


 オレは、飛び去っていくピクシーたちの小さな後ろ姿を見送りながら、そんなことを考えていた。


 ピクシーがいなくなった訓練場は、嘘のように静かになった。


「よし! 邪魔者がいなくなったことだし、今度こそ!」


 ラウルが再び円月輪チャクラムを構える。さっきまでの騒ぎで懲りた様子はない。


「もう、あんたは……!」


 呆れるセリカを尻目に、ラウルは集中して円月輪チャクラムを投げた。


 ヒュンッ!


 今度は、さっきまでとは明らかに違う、安定した軌道を描いて円月輪チャクラムが飛んでいく。そして、見事に訓練場の奥にある的に、スパァン! と心地よい音を立てて命中した。


「おおっ! やった! 見たか、セリカ!」


 ラウルが歓声を上げ、子供のようにはしゃいでいる。


「……ふ、ふん! ま、まあ、ちょっとは見直したわ。……ほんのちょっとだけよ!」


 セリカはそっぽを向きながらも、その口元はわずかに綻んでいた。なんだかんだ、この二人もいいコンビなのかもしれない。


 エリスも「よかったね、ラウル!」と自分のことのように喜んでいる。


 一件落着。訓練場の騒ぎの原因は解決し、ラウルは新しい武器の手応えを掴み始めた。そしてオレは……。


 オレは、自分の右の手のひらを見つめた。収納魔法の新たな可能性――運動エネルギーの保存と、ベクトル操作。まだまだうまく制御はできない、危険な力だ。でも、確かに感じた手応え。これを磨けば、オレは、もっと……。


(スリングショットと同じだ。練習すれば、きっと……。この力で、エリスを、仲間を守れるようになれるかもしれない)


 胸の奥に、静かだが確かな闘志が湧き上がってくるのを感じた。


「さて、と。じゃあ、そろそろ帰るか」


 オレが言うと、みんな頷いた。訓練場を出て、夕暮れに染まり始めたアスターナの街を歩く。


「なあ、ラウル、セリカ」


 オレは少し改まった口調で二人に声をかけた。


「ん? なんだよ、タクマ?」


「どうしたの?」


「今日、オレが見せたあの……氷の矢を撃ち出す力のことなんだが……」


 オレは言葉を選びながら続ける。


「あれは……その、かなり特殊で、まだオレ自身もよく分かってない力なんだ。使い方を間違えれば、今日みたいに危ないことにもなる。だから……悪いんだが、今日のことは、あまり他の人には言わないでほしいんだ」


 オレの真剣な様子に、ラウルとセリカは顔を見合わせ、そしてすぐに真剣な表情で頷いた。


「……分かった。言わねえよ」


「ええ、約束するわ。秘密は守る」


「ありがとう。助かる」


 エリスは、何も言わずにオレの隣でこくりと頷いている。彼女は、オレが言わなくても、オレの秘密を守ってくれる。それが当たり前のように。


(これで少しは安心か……。でも、いつまでも隠し通せるわけじゃない。もっとこの力を理解して、制御できるようにならないと……)


「なあ、タクマ。今度さ、湖にワカサギ釣りに行かねぇか? そろそろシーズンだと思うんだよな!」


 少し重くなった空気を変えるように、ラウルが明るい声で提案してくる。


「ワカサギ釣り? いいね、それ! 私、お弁当作るよ!」


 エリスが目を輝かせる。


「湖……ね。まあ、たまにはそういうのもいいかもしれないわね」


 セリカもまんざらではない様子だ。


 湖か……。穏やかな響きだ。今日の騒動の後では、そういうのんびりした時間もいいかもしれない。


 オレは、隣で嬉しそうにしているエリスの横顔を見ながら、静かに頷いた。新たな力の予感と、仲間たちとの穏やかな時間。その両方を大切にしながら、オレたちの日常は、また少しずつ動き始めていた。


 ◇


 後日。


 朝、玄関に小さな硬い木の実が数個落ちていた。身に覚えのないそれは、もしかしたらピクシーの恩返しかもね、とエリスと話をし、さっそくラウルとセリカにその話をしようとギルドに来てみれば……。


 ハンターギルドの掲示板に、一枚の請求書が貼り出されていた。宛名は、タクマ、エリス、ラウル、セリカの4名。


 請求内容は「訓練場備品破損(木人3体、盾数枚)及び壁面修繕費」。金額は……銀貨にして8枚とちょっと。D級ハンター4人で分担しても、決して安くはない額だ。


 ちなみに、ピクシーが原因なんだと進言はしてみたのだが、「だとしたら、まずはギルドに報告するのが筋です。勝手に動いては、器物破損した言い訳にはなりません!」とティアさんにきっぱり言われてしまった。その正論に、反論できるはずもなかった。


 オレたち4人は、ギルドマスターとティアさんの前に並び、深々と頭を下げた。


「「「「申し訳ありませんでした!」」」」


 ギルドマスターは呆れたように大きなため息をつき、ティアさんは困ったように、しかしどこか楽しそうに微笑んでいた。


 まさかピクシーたちはこれを見越して、修繕費の足しにと木の実を置いていってくれたのだろうか? だがその恩返しは、気持ちはありがたいが、どうやら修繕費の足しにはなりそうもない。気持ちだけ、受け取っておくことにしよう。


 オレは、財布の中身を気にしながらも、隣で同じように頭を下げている仲間たちの顔を見て、なんだか可笑しくなって、少しだけ笑ってしまった。



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