第9話 初めての本気、初めての敗北
体育祭、最後の種目──クラス対抗リレー。
このリレーは、ガチの勝負だった。
クラスメイトたちのプライドを懸けた、
意地と意地のぶつかり合い。
「天城、お前アンカーな」
そんな風に、クラスの中心グループに言われたとき、
正直、イヤな予感はしていた。
もちろん、陸上部に入った俺だから、
アンカーに選ばれるのは自然な流れに見える。
でも、何となく、その言葉の裏ににじむ悪意も感じた。
(……こいつら、俺がヘマして笑い者にしたいんだな)
親が有名だからって、嫉妬するやつはいる。
妹が目立つからって、疎ましく思うやつもいる。
そんなの、わかってた。
(──上等じゃねぇか)
心の奥で、そっと拳を握る。
どうせなら、本気でやってやる。
◇
レースは、白熱していた。
各クラスの代表選手たちが、全力でバトンを繋ぐ。
抜きつ抜かれつの接戦。
そして、ついに──
バトンは、俺の手に渡った。
──ほぼ同時に。
隣のコースで、玲央もバトンを受け取っていた。
如月玲央。
同じ陸上部。
小学生の頃には全国大会にも出場した、超本格派。
中学でもすでにエース格の実力者だ。
(勝てるわけない──でも、食らいつく!)
一歩目を蹴り出す。
スタートは悪くなかった。
バトンパスもスムーズだった。
けれど──
最初の10メートル。
明らかに、玲央が速かった。
スピードの乗り方、加速力、フォームの美しさ。
全部が、圧倒的だった。
ぐん、と離される。
(──これが、全国レベル……!)
練習では、タイム差があることは知っていた。
でも、こうして本気で並走してみると──
タイムの数字以上に、絶望的な差を感じた。
(速い。マジで、次元が違う)
息を切らしながら、必死に追いすがる。
でも、玲央は一度も振り返らない。
迷いも、躊躇もない。
一直線に、ゴールへ向かって駆け抜けていった。
そして──
俺は、玲央に5メートル以上の差をつけられたまま、
ゴールラインを踏んだ。
◇
息が上がる。
肺が焼ける。
周囲の歓声も、悔しがるクラスメイトの声も、
全部、遠くに聞こえた。
ただ、俺は、地面に手をついたまま、
息を吐きながら、心の中で静かに思った。
(──悔しい)
本気でやった。
でも、届かなかった。
悔しかった。
情けなかった。
力の差を、これ以上ないくらい思い知らされた。
でも──
それと同時に。
(……絶対に、追いつく)
胸の奥で、メラメラと熱いものが燃えた。
こんなにもハッキリと、「勝ちたい」と思ったのは初めてだった。
こいつに、いつか勝ちたい。
追いつきたい。
超えたい。
(──そのためなら、どれだけでも努力できる)
ゴールの向こうで、肩で息をしながら立っている玲央を見つめながら、
俺は、はっきりとそう思った。