第8話 体育祭!父、本気で走るもコケる
五月の空は、まぶしいくらいの青だった。
中学校に入って初めての体育祭。
俺も、紗良も、クラスの仲間たちも、朝から妙なテンションに包まれていた。
短距離走では、俺は中の上くらいの順位。
全国レベルの奴らには及ばないけど、しっかりベストは尽くせた。
リレーも、バトンを落とすことなく無事に走り切った。
紗良に至っては、女子の徒競走で軽く流して1位。
「さすがだなぁ」と周囲をうならせていた。
(──まあ、悪くないスタートだ)
クラスメイトたちとハイタッチを交わしながら、
俺は自然と笑みを浮かべていた。
◇
そして──
体育祭も後半戦に差し掛かった頃。
アナウンスが流れた。
「これより、クラス対抗・保護者参加リレーを行います!」
ざわざわっと、生徒席が沸く。
これは、体育祭の名物行事。
保護者たちがリレーで競い合うという、
いわば"大人たちのガチ勝負"だった。
強豪部活の親たちも、元スポーツマンが多い。
スタート前から、ただならぬ空気がグラウンドに漂っていた。
参加は自由。
立候補制。
──なのに。
「オレ、出るわ!」
父・蓮、即断即決で立候補。
「あっ、じゃあ私、応援するね〜!」
母・美咲は、満面の笑顔で手を振っている。
その瞬間──
生徒席のあちこちから、
「うおっ、美咲さん応援しに来た!」
「やべ、テンション上がる!!」
という、明らかに男子教師たちの声援が飛んだ。
(……先生たち、全力で盛り上がってるじゃねぇか)
苦笑しながら、俺は観客席に目を向けた。
◇
競技説明はシンプル。
200m×4人のリレー。
バトンを繋いで、1チーム800mを走り切る。
各クラスごとに4人。
父は、俺のクラスのアンカーを務めることになった。
(まぁ、父さんなら余裕だろ)
軽くそう思っていた。
最初は──。
◇
レース開始。
ピストルの合図とともに、各チームの第一走者がスタートした。
が。
──俺たちのクラス、まさかの第一走者がめっちゃ遅かった。
「ああああっ!!」
「やばい、離されてる!」
悲鳴にも似た叫びが、生徒席から上がる。
スタート直後から、最下位確定コース。
第二走者も、なんとか粘ったが差は埋まらず、
第三走者に至っては、バトンパスでちょっともたつき──
そのまま、父にバトンが渡された。
最下位。
他クラスとの差、約30メートル。
(さすがに無理だろ……)
誰もがそう思った、その瞬間──
父・蓮が──
豹変した。
父・蓮は、バトンを受け取った瞬間、地を蹴った。
──速い。
尋常じゃないスピードだった。
一歩一歩のストライドがデカい。
地面を蹴るたびに、砂煙が上がる。
腕の振りも、脚の回転も、無駄がない。
(うわ、マジだ……本気の父さんだ)
会場全体が、一瞬、どよめきに包まれた。
「すっげぇ速い……!」
「マジでオリンピック選手じゃん!!」
あっという間に、3位との差を詰め、
さらに2位を、1位を──ごぼう抜き!
父・蓮は、まさに伝説の再現を見せた。
(これが、"本物"──!)
生徒席も、保護者席も、先生たちも、みんな立ち上がって叫んでいた。
──そして、ゴールまであと数メートル。
その瞬間だった。
父の足が、ぐらりとよろめいた。
(え──)
次の瞬間、地面に盛大にダイブ。
バトンを握ったまま、派手に転倒した。
──ざわっ
一瞬、静まり返る会場。
……からの。
「ぶはっ!!」
「わはははは!!」
大爆笑の渦。
生徒たちも、保護者たちも、先生たちも、
笑いをこらえきれずに肩を震わせている。
──でも。
俺は、笑えなかった。
唖然とした。
たしかに、父はこけた。
間抜けに見えるかもしれない。
でも──
あの全力疾走も、
この転倒も、
全部、真剣だった。
全力で走って、全力でコケた。
それだけだ。
(……カッコ悪いけど、めちゃくちゃカッコいいじゃん)
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
前世では、こんな感情、味わったことなかった。
父・蓮は、転んだまま笑って、
バトンをゴールラインに叩きつけた。
そして、ガッツポーズ。
「どやっ!」
周囲から、さらに大きな歓声と笑いが沸き起こった。
◇
後で、父はゲラゲラ笑いながらこう言った。
「いいか奏人! 人生、カッコつけてるだけじゃ、楽しくねぇぞ!」
(……そうだな)
心の中で、そっと答えた。
全力でやった結果なら、転んだっていい。
恥をかいても、カッコ悪くても。
それでも、走り続けるんだ。