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第7話 体育祭前夜、焦る気持ちと向き合う

5月下旬、風がほんのり夏の匂いを帯び始めた頃。


中学生活初の体育祭が、目前に迫っていた。


クラスの空気は、どこか浮かれている。

リレーの練習で盛り上がったり、応援グッズを作ったり、

半分お祭り、半分遠足気分だ。


でも──俺だけは、違った。

 


(──これが、俺にとっての"最初の本番"だ)


短距離走と、リレー。

それにクラス全員参加の大縄跳び。


 


その中でも、短距離とリレーは、俺にとって特別だった。


 


この数ヶ月、陸上部で流した汗。

父との基礎トレ。

必死に積み重ねたフォーム練習。


それらすべてを、

「初めて結果に変えるチャンス」が、明日だった。


緊張で、胃がぎゅっと痛む。


不安で、手が冷たくなる。


(……負けたらどうしよう)


(転んだら? スタート失敗したら?)


頭の中が、ネガティブな想像で埋め尽くされる。


(……ああ、クソ……!)


けど──その一方で。


(……こんな風に、命削るみたいに真剣になれるって)


(前世じゃ、一度もなかった)


その事実に、心の奥底で、震えるような興奮もしていた。


本気で挑む怖さと、

本気で挑める喜び。


両方を抱えて、

俺は今、生きていた。

 




そんな俺の異変に、気づかないわけがないのが、妹・紗良だった。


夕飯後、ソファに沈んでいる俺の隣に、

コーラ片手でドカッと座り込んでくる。


「奏人~、顔死んでるけど大丈夫?」


「……ほっとけ」


目をそらしながら答えると、

紗良は、くすっと笑った。


「そりゃ緊張もするよね。

人生初の本気チャレンジだもん」


軽く言いながら、

でも、どこか優しい声。


「でもさ──」


紗良は、コーラの缶を指先でくるくる回しながら、

ふっと真顔になった。


「怖いって思えるのは、本気だからだよ」


「……」


「怖くないってことは、別にどうでもいいってことだから」



言葉に詰まった。



紗良は、笑いながら肩をすくめる。


「まあ、前世で散々サボってたおっさんの私が言うのも、

説得力ないけどね~」


 

「……ははっ」



思わず、笑ってしまった。

 


確かにそうだ。


前世じゃ、何かに本気で向き合ったことなんてなかった。


だから、怖いって思える今の自分を、

少しだけ誇ってもいいのかもしれない。


「……サンキュ、紗良」


「いいってことよ、兄貴」


ニヤッと笑う妹を見ながら、

俺はそっと心の中で誓った。


明日は、絶対に逃げない。


結果がどうあれ、

俺はこの初めての"本気"を、最後まで走り切ってやる。

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