第6話 兄、妹を助ける──阿吽の呼吸
ある日の放課後。
部活終わり、着替えを済ませた俺は、
昇降口で待っている妹・紗良を見つけた。
けれど──その周りには、数人の男女が集まっていた。
「なに調子乗ってんの? 母親が元アイドルだからってさぁ」
「あーわかるー。別に紗良ちゃん本人がすごいわけじゃないのにね」
嫌味まじりの言葉が、ぽつぽつと飛び交う。
(……っ)
心臓がバクバクする。
でも、足は自然と動いていた。
紗良は、にこりともせず、淡々と相手を見ていた。
中身がおっさん──つまり前世の人格のせいで、
理屈では反論できても、女子中学生として「どう対応するべきか」を、
今まさに悩んでいる、そんな表情だった。
(……紗良)
ほんの一瞬、目が合う。
そこで──理解した。
俺は、迷わず一歩前に出た。
「──何してんだ、お前ら」
静かな、けれどはっきりした声で言った。
絡んでいた男女たちは、一瞬ギョッとして振り返った。
「いや、別に……」
「ちょっと話してただけだし」
そんな言い訳を口にしながら、じりじりと後ずさる。
俺は、淡々と続けた。
「ここ、邪魔だから。どいてくれる?」
落ち着いた声。
威圧はしない。
怒鳴りもしない。
ただ、絶対に引かないという意思だけを、
まっすぐにぶつけた。
すると──
絡んでいた連中は、バツが悪そうに顔をそらしながら、
ぱらぱらと散っていった。
(……ふぅ)
内心、手汗びっしょりだったけど、
とにかく、役目は果たした。
◇
紗良が、ぽつりと呟いた。
「ありがと、奏人」
特別なお礼も、感謝も、求めているわけじゃない。
ただ、俺たちは目を合わせただけで──
自然と、心が通じ合った。
前世で特別な絆があったわけじゃない。
そもそも、互いの存在すら知らなかった。
でも。
同じく、一度人生を失い、後悔を抱えて、
それでももう一度立ち上がろうとしている者同士。
だから、わかる。
──この瞬間、俺たちは同じ方向を向いているんだ、って。
紗良は、ほんの少しだけ肩の力を抜いて、
ふっと、小さく微笑んだ。
それを見て、俺も微かに口元を緩める。
言葉はいらない。
この阿吽の呼吸だけで、十分だった。
◇
──そして。
少し離れた場所で、春日井澪が、
そっとその光景を見つめていた。
澪の表情は、どこか嬉しそうで、
どこか寂しそうだった。
(……奏人くん、すごいな)
そんな風に心の中で呟きながら、
澪は静かに、駅へ向かって歩き出した。
(いつか、ちゃんと隣に並べたらいいな──)
澪の小さな決意を、まだ俺たちは知らない。