第5話 授業参観、両親登場で大騒ぎ
授業参観の日。
中学生にもなると、親が来るのを嫌がるやつも多い。
でも、うちの場合は事情が違った。
父・蓮、母・美咲──
この二人がそろって来るとなったら、
ある意味、イベントみたいなもんだった。
授業開始のベルが鳴る少し前。
教室に入ってくる父と母を見て──
ざわっ
明らかに空気が変わった。
母、美咲。
一見すると、ただの若い美人ママだ。
だが、桁違いに可愛い。
清楚なワンピース姿で、にこにこしながら歩くその様子に、
教室中の男子が一瞬、見とれた。
女子たちも、「あのママめっちゃ美人じゃない!?」とざわついている。
(……まぁ、そうなるよな)
俺は机に突っ伏しながら、心の中でため息をついた。
一方、父・蓮。
普段着のラフなジャージ姿にも関わらず、滲み出るフィジカルモンスター感。
「……なんか、あの人、めっちゃ鍛えてない?」
「え、怖っ。スポーツ選手?」
生徒たちはヒソヒソ声で盛り上がっていたが、
本当の波乱は──別のところから起こった。
授業中。
ちらちらと母の方を見ていた英語の先生──
──授業後、母の元に猛ダッシュで駆け寄った。
「す、すみませんっ! あ、あの、水瀬美咲さん……ですよね!?」
(うわぁぁぁぁぁあああ!!!)
思わず机に頭をぶつけた。
バレた。
しかも、よりによって先生に!
「い、いや、もう昔のことですから……」
母はにこやかに受け流していたけど、
先生のテンションは爆上がりだった。
「学生のころから大ファンでしたっ!
握手とか、サインとか、あ、いやいや、それはまずいですよねすみませんっ!」
完全に取り乱してる。
当然、周囲の生徒たちはざわざわ。
「え、何? 誰?」「芸能人?」「え、マジで?」
こうして、母・美咲の正体は、
なんとなく「すごい人」扱いで広まっていった。
(……マジで、帰りたい)
◇
母・美咲の「伝説バレ」で教室がざわついたまま、
俺はどうにか授業参観を乗り切った。
──そして、地獄の第二幕。
陸上部の部活動見学会。
父・蓮も見学に同行していた。
グラウンドに集まった新入部員たちと在校生の前で、
陸上部の顧問──小柄な熱血タイプの先生が、父を見るなり硬直した。
「天城先輩……!?」
顧問の顔が、明らかに青ざめる。
(やべぇ、まただ……)
案の定、顧問は部員たちに向き直り、声を張り上げた。
「──紹介します!
天城蓮さんは、○○大学陸上部の大先輩であり……
元オリンピックメダリスト、短距離三連覇の伝説的選手です!!」
一瞬、グラウンドが静まり返った。
それから、
「マジかよ……」
「オリンピック……ガチじゃん」
「うちの学校、そんなヤバい人の子どもいたの?」
ひそひそ、ざわざわ。
生徒たちの視線が、一斉に俺に集中した。
(……無理無理無理無理無理)
思わず、視界がグラついた。
父は悪びれる様子もなく、にこやかに手を振っている。
「まぁ、昔の話だけどな! 気にすんな!」
無理だよ。
気にするなって、無理だよ父さん!!
周囲の同級生も、先輩たちも、妙に俺に気を遣う空気になった。
──あの、俺、何もしてないんですけど。
居心地の悪さMAX。
背中から冷や汗がダラダラ流れる。
(うわぁぁぁぁぁ……俺の平穏な中学生活……終わった)
◇
帰宅後。
リビングには、どことなく沈んだ空気が流れていた。
父と母は、さすがに事態を理解したらしく──
二人そろって、深々と頭を下げた。
「ごめん、奏人」
「ごめんね、奏人くん……」
超・反省モード。
(……いや、今さら謝られても……)
とはいえ、二人とも本当に申し訳なさそうで、
逆に責める気にもなれなかった。
ソファに沈み込みながら、
俺は隣に座る紗良をちらりと見る。
「……お前も、大丈夫だったか?」
「うん、まあね」
紗良は、あっけらかんと笑った。
「友達に『やっぱ血筋だったんだね』って言われたけど、
別に、そこまで気にしてないよ」
その余裕っぷりに、ちょっと救われる。
さすがというか、肝が据わってるというか。
俺だったら、めっちゃ気にする案件なんだけどな……。
「ていうか奏人、そこはドヤ顔していいとこだよ?
親がすごいって、自分がすごいわけじゃないけどさ──
でも、すごい人たちに育ててもらってるって、誇っていいじゃん?」
紗良は、そう言って、俺の背中を軽く叩いた。
(……誇って、いい、か)
素直に受け入れるには、まだ少し恥ずかしい。
でも、ほんの少しだけ、胸が温かくなった。
「……ま、ぼちぼち、な」
照れくさそうに返すと、紗良は満足そうに笑った。
俺は俺の力で、前に進む。
周りの目がどうであろうと、
誰と比べられようと、関係ない。
小さな決意を胸に、
俺は静かに、拳を握りしめた。