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第3話 本気の父親、基礎トレ指導開始

数日間、悩んだ末に──

俺はついに、決意した。


「……陸上部、入ろうかなって思う」


放課後の帰り道。

となりを歩く紗良に、ぽつりと打ち明けた。


紗良はすぐに、にっこり笑った。


「そっか。

じゃあ、頑張ろ?」


それだけ。

無理に背中を押すわけでも、期待をかけるわけでもない。


ただ、そのあったかい一言に、

俺は救われる思いがした。


 



 


家に帰って、夕飯の時。

覚悟を決めて、父・蓮に報告した。


「父さん、俺……陸上部、入ることにした」


その瞬間──


バッ!


父は勢いよく椅子から立ち上がり、

目を輝かせた。


「よっしゃああああ!!」


──やっぱ、そうなるよな。


隣の紗良は、笑いをこらえながら肩を震わせている。


母・美咲も、苦笑しながら料理をよそっていた。


「な、なに、その……そんなに?」


「そりゃそうだろ! 奏人、お前には才能がある! 俺が見込んだんだ!」


「……いや、俺、別にそんな──」


「よし! まずはフォームの基本からだ! 基礎だ! 筋トレだ!」


完全にエンジンがかかってる。


やばい、これ絶対逃げられないやつだ。


父の周りには、明らかに「教えたくてたまらないオーラ」が渦巻いていた。


(……空気読め、俺)


観念した俺は、小さく頷いた。


「わかった。……教えてください」


「うおおお! やるぞーーーっ!!」


父、ガッツポーズ全開。


この人、いったい何歳だよ……。


 



 


そして数分後。


俺と紗良と父の三人は、近所の小さな公園にいた。


住宅街の一角にある、誰もいない広場。


夕焼けに染まった空の下、父・蓮は真剣な顔で立っていた。


「まずは走り方だ。

陸上はな、正しいフォームを体に叩き込むのが最初だ」


「……はい」


横で紗良が、ジュース片手に見学している。


「がんばれー、奏人ー」


超軽いノリで手を振ってくる。


お前は遊びに来たのか。


そんな妹を横目に、俺は父に向き直った。


「じゃあ、走ってみろ」


言われるがまま、俺は公園の端から端まで、全力で走った。


ダッと地面を蹴って、風を切る。


前より少しだけ意識して、フォームを整える。



──ゴール。



息を切らして振り返ると、父は真剣な顔で頷いていた。


「……悪くない。けど、もっと楽に走れるぞ」


そこからが、本番だった。


「地面を蹴るとき、もっと足裏全体を意識しろ」

「腕は振り回すんじゃない。肩甲骨から動かす感じで」


父・蓮の指導は、想像してたよりも、ずっと的確だった。


怒鳴ったり、勢いだけで押したりはしない。

一つひとつ、わかりやすく丁寧に教えてくれる。


(……あれ? 父さん、こんなに教えるのうまかったんだ)


正直、最初は軽く見てた。

元アスリートってだけで、教えるのも脳筋系かと思ってた。


けど、違った。


言葉は簡単だけど、ポイントは的確。

ちょっとアドバイスをもらうだけで、走りやすさが全然違う。


「そう、それだ! 今のフォーム、めっちゃいいぞ!」


父が、めちゃくちゃ嬉しそうに言った。


その笑顔が、子どもみたいに無邪気で──

なんだか、見てるこっちが照れくさくなる。


「ほら奏人、もう一回!」


「は、はい!」


ぜぇぜぇ言いながらも、俺は何度も何度も走った。


フォームを直しながら、スタートの姿勢も繰り返し練習した。


楽しいけど、きつい。

けど、きついけど、楽しい。


不思議な感覚だった。


汗だくになって、地面に倒れ込んだとき。

紗良がぺたぺたと歩いてきて、ペットボトルを差し出した。


「おつかれ、奏人」


「……サンキュ」


ペットボトルの冷たさが、火照った体に心地よかった。


「すっごく頑張ってたね」


にこにこ笑う紗良。


その笑顔が、妙に嬉しくて、俺はちょっとだけ胸を張った。

 



帰り道、夕焼けの中を三人で歩く。


父は鼻歌まじりで上機嫌。

紗良はジュース片手にスキップ気味。

俺は、心地よい疲労感と、ほんの少しの自信を胸に抱えていた。


(……もしかしたら、俺、けっこうやれるかもな)


そんな、小さな手応えを感じながら──


俺たちは家路をたどった。

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