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第2話 体験入部、流されるまま陸上部へ

入学して数日後。

俺、天城奏人あまぎ かなとは、静かに決意していた。


(……できるだけ目立たず、普通に過ごそう)


新しい制服に身を包み、教室に入る。

やっぱり新生活は緊張するけど──それでも、悪くない。


 


この私立中学は、文武両道を掲げている。

勉強だけじゃない、運動も本気でやる。


各部活にはスポーツ推薦で入学してきた猛者たちもいるらしく、

特に運動部系は、初日からピリピリした空気が漂っていた。


(……やば、ガチ勢だらけじゃん)


見ただけで、筋肉の質が違う。


けど、そんな中でも、俺はまだ気楽だった。

なぜなら、ここでは両親のことを知っている人間がほぼいない。


小学校から一緒に来た数人も、言いふらすタイプじゃない。


普通の一生徒、天城奏人。

それだけで見てもらえるこの状況が、たまらなくありがたかった。


──ただし。


妹・紗良は、今日も異様に目立っていた。


教室に入っただけで、男子も女子もざわめく。


「え、誰あれ……?」「芸能人の娘とか?」


そんな声がひそひそ飛び交っている。


(まぁ、仕方ないよな……)


もはや宿命だと諦めた。


 



 


昼休み、机に突っ伏していた俺に、明るい声がかかる。


「なぁ天城、部活どうする?」


顔を上げると、クラスメイトの近藤圭吾こんどう けいごが弁当を頬張りながら笑っていた。


「んー、まだ決めてないけど」


「じゃあさ、陸上部行こうぜ! 体験できるらしいし!」


陸上──。


父親が元オリンピック金メダリストだという現実が脳裏をよぎる。


(いや、でも……バレないよな? さすがに)


この学校では、ただの「普通の新入生」なんだから。

そんな風に自分に言い聞かせた。


「まぁ、いいか」


俺はあっさり頷いた。


 


──そして、そのとき。

隣の席から、小さな声が聞こえた。


「……奏人も、陸上部?」


振り向くと、そこには春日井澪かすがい みおがいた。

小学校時代からの幼馴染。

ふわふわした栗色の髪に、ちょっと天然っぽい柔らかい笑顔。


「うん、見学だけどな」


そう答えると、澪はほっとしたように微笑んで──


 


「奏人のお父さんも、陸上選手だったもんね」


小声で、さりげなく、だけど確信を突く言葉を囁いた。


「っ……!」


思わず肩がビクつく。


周りに聞こえてないか、慌てて周囲を見回す。

幸い、誰も気にしてない様子だった。


(お、おい……! 澪、お前、それ言っちゃダメなやつだから!)


心の中で全力ツッコミを入れながら、俺は平静を装った。


「……知ってるの、お前くらいだからな」


「うん、秘密にしとくね」


にっこり微笑む澪。


その素朴な優しさに、ちょっと救われた気がした。


 



 


放課後、俺と圭吾と澪は、そろってグラウンドへ向かった。


陸上部の体験会には、他にも新入生が集まっていた。

もちろん、中にはスポーツ推薦組らしいガチ勢もチラホラ。


空気が違う。

立ってるだけで速そうなやつがいる。


(うわ、間違えたかも……)


若干ビビりながらも、流れで100mのタイム測定に参加することになった。


「おう、天城! 気楽にいこうぜ!」


圭吾が気軽に声をかけてくれる。

澪も、小さく手を振ってエールを送ってきた。


(……よし)


深呼吸して、スタートラインに立つ。


笛の音が響き──


俺は、走り出した。


地面を蹴った瞬間、わかった。


(体が、軽い……!)


自分でも驚くくらい、スムーズに加速していく。


走るフォームも、腕の振りも、無意識なのにきれいにまとまっている。


全力じゃない。

なのに、体は勝手に「速く走るための動き」をしていた。


(……これ、たぶん父親譲りなんだろうな)


ほんの少しだけ、自分の中に眠るポテンシャルを感じた。


ゴールラインを駆け抜けたとき、周囲から微妙などよめきが聞こえた。


「今の、新入生だよな?」


「……意外と速くない?」


先輩たちが、興味深そうにこっちを見ている。


やばい、目立つのは本望じゃないんだって!


そう思いながら、俺は無理やり表情を引き締めて、

「まあまあだったかなー」みたいな顔を装った。


結局、その日の体験会は軽く走っただけで終了。

「また来いよ!」と先輩たちに声をかけられながら、

俺は圭吾たちと一緒に校門を出た。


「すげーな天城! 陸上部向いてんじゃね?」


「いやいや、たまたまだって」


必死に謙遜する。


でも──


(……ちょっと、楽しかったな)


心の奥で、そんな風に思っている自分もいた。


 



 


家に帰ると、リビングのソファに妹・紗良が寝転んでいた。


ゲーム機片手にダラダラしながら、

ちらっと俺を見ると、ふわりと笑った。


「ふーん、陸上部体験してきたんだ?」


「……なんで知ってんだよ」


「バレバレだよ、奏人」


紗良はゲームを一時停止して、真面目な顔になる。


「ねぇ、本気でやってみたら?」


「は?」


「今のままだと、前世と同じだよ」


その言葉に、ぐっと胸をつかまれた。


前世。

何もできず、何も残せず、後悔だけ抱えて死んだ、あの人生。


「……別に、流されただけだし」


言い訳のように返す俺に、紗良はゆっくり言った。


「流されるのも、立ち止まるのも、奏人の自由だよ。

でも──本気で生きるって、決めたんでしょ?」



(……そうだ。決めたんだ)



今度こそ、逃げないって。


もう一度、人生をやり直せるなら、

今度こそ、ちゃんと「俺だけの何か」を掴み取りたいって。


俺は小さく息を吐き、天井を仰いだ。


「……ちょっと、考えとく」


「ふふ、奏人らしいや」


紗良は、またゲームを再開しながら、満足そうに笑った。


──まだ怖い。


でも、心のどこかで、もう走り出したい自分がいる。


そんな、まだ小さな決意を胸に、

俺は布団に潜り込んだ。


明日も、また走るかもしれない。

それとも、今日より少しだけ、本気になれるかもしれない。


そんな希望を抱きながら──。

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