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囲碁のやつ(共有用)  作者: 月光月軍
1/1

一話目

 ドアはガラララと音を立てて勢い良く開く。

 すぐそこにあるのは顧問である緑川先生の顔。すこしニヤついているな――嫌な感じがする。

「新入部員だ。仲良くしてやれよ? シロ“セ ン パ イ”」

 ほら、と背中を押されて出てくるのは。

「こんちゃっすー。今日より入部した黒羽四葉です」

 指の先までよく伸びた敬礼。

 俺の安寧の地は壊された。

 彼女――黒羽四葉(くろばねよつは)によって。

 この一年を一生忘れることはない。


――

 

 県立平塚高校は全国屈指の囲碁の名門校だ、なんて今は誰も知らない過去の話。

 俺――名城(なしろ) (とも)はただ、毎日放課後この作法室と呼ばれる畳の敷かれた部室でいつも碁盤と棋譜を並べながら会話する。

 広い部屋にパチン、パチンと石を置く音がだけが響く。

 目の辺りまで伸びた長い髪とそれに隠れる耳元のピアス。

(こう……じゃないな)

 棋譜を並べていると、プロの一手から自分の一手まで。試合だけじゃ見えなかったものが見える。本番では出来ない勇気ある一手も、焦って見つからない正解の選択肢も、全ては冷静に俯瞰してやっと見つかるのだ。

 不意に風が顔をなぞり、驚いて思わず目を外にやる。——もう、桜はほとんど散っていた。

 高校2年生になって未だに部員が一人の囲碁部。昔は12人もの部員が居た時期もあったそうだが、今では実績という後ろ盾だけで存続しているはぐれ部活だ。


 ガシャン、と部室の扉が勢いよく開いた。

「シロー?」

 低音と共に上履きという名のスリッパをそこらへんに脱ぎ捨て、畳へと上がってくる男。それは囲碁部顧問を務める、

「どしたん緑川センセー」

 緑川(みどりかわ) (ながれ)だった。数学の先生でまだ26歳。くまがあるせいで少しやつれて見える、ただのお人好しだ。

「どしたんってなんだよ先生にむかって。人と出会ったらまず挨拶をしなさいな」

「緑川先生に真面目に挨拶する価値なんてないわ」

 俺は棋譜を並べる手を止めずに淡々と答える。

 彼は基本ちゃらんぽらんで部活動の監督をすることも無く授業は省エネ全開で不真面目先生として有名なのだ。生徒思いで頼りがいがあるところは好かれている。おおよそこの高校の人は緑川先生を友達か何かだと思っているだろう。俺はそれに乗じてイジっているだけだが。

「お前、俺だからって何言っていいと思ってないか……?」

「別にそんなことは無ねーよ? ただ八転び七起きの先生には頭が上がんないだけ」

「褒め……てないな? 転んでる方が多いじゃんかよ! 生徒目線俺そんなダメかなぁ?」

「そう照れなさんなって」

 パチン、パチン

「照れるかっ。嘆いてんだよこっちは!」

 はぁー。とため息をつき、もっと頑張らなきゃなー! と伸びをする先生。

「シロ。今年も人呼ばないのかー? 部活動歓迎会だってもうそろそろ終わった頃だろ?」

「……。ここは囲碁の好きな人が集まる場所だ」

「――ま、そうだな。名城(なしろ) (とも)部長」

 ちなみに部員1人のこの囲碁部はゴリゴリの廃部の危機である。去年までは先輩が残っていたから大丈夫であったが今年何とかしなければ来年、もう囲碁部は無い。

 正直僕はそれでもいい。一人の部室は静かで良い空間でとても好きだから。数々の囲碁の本や数々の賞状には永く眠ってもらうことになっても、僕は今、この高校生活が嫌いでないからな。

 刹那、中学の頃に記憶がフラッシュバックする。

 

 当時幼かった僕達は楽しく囲碁をしていた。

 もう人数すら覚えてない。思い出したくも無い。ただ僕に次ぐ実力者であり、いっつも対戦した幼馴染の女の子、澄青(すいしょう) (れい)だけは覚えている。

 当時、小学校の頃にあった囲碁クラブは近所のおじいさんおばあさんがボランティアで囲碁を教えてくれていた。下は小学校1年生。上は中学3年生までの強くなることが目的ではなく楽しむこと、囲碁と向き合うことを重視していたことが今ならわかる。

 小学校6年生の中で僕は1番強くて、みんなが周りに居て。中学でも同じようにみんなで楽しくやっていくんだと思っていた――のは、僕だけだった。

 みんな同じ中学、同じ囲碁部に入った。先輩がいて、同級生が居て。初めてでワクワクしていた僕は何にも気づかなかった。みんな少し雰囲気が変わっていくこと。それはみんなが大人になっていくこと。それは恋をすること。それはみんなが玲を好きになっていくことだった。とりわけ、紅一点の彼女は人当たりのいい性格とあどけない笑顔は不幸にも囲碁部の男子を魅了していた。

 ――中学生の同級生には許せなかったんだろう。僕だけ玲から対戦を誘われることが。そういえばこの頃から陰湿なイジめのようなものを受けるようになったなと思い出せる。高校生の今更気づいても遅いけれど。

 次第に玲の顔は曇ることが増え、同級生は1人、また1人と来なくなっていった。それでと僕は玲と一緒に打つのが好きだった。負けず嫌いな碁を打つ彼女の芯の強さに僕は心底尊敬を抱いていたからだ。囲碁をしてる瞬間の彼女は笑顔が心の底から出ていたんじゃないかと思う。その笑顔すら思い出せないけれど。

 ――ただ、僕だけだった。僕だけが、小学生の頃から成長してなかった。神経痛が腕を冷たく刺すようでとても痛かった。


「おーい? シロー」

「うぉっ……」

 俺は呼ばれることで現実へと覚醒する。寝ぼけていたかのような地に足がつかない感覚に混乱する。

 ――まだ神経はヒリヒリと痛みを残していた。

「ったく……、また自分のワールドに入りやがって」

 そうこぼしながらいつも持ち歩いてる手提げをまさぐる先生。

「ほら、チョコ食うか?」

 緑川先生は口角を上げ、得意気な顔で言うが。

「要らねぇ」

 即答した。

 お菓子は基本的にNGなのにこいつは生徒に配るのだ。部活に入った頃は貰っていたけど、最近は貰ってないな。

「食い気味に言うなよ……。ま、それならこれをやろう」

 1枚のプリントを渡される。

「出ねぇよ。こんなん」

 それは、隣の高校と囲碁部間での交流会のお知らせ。――こんな1人しか居ない囲碁部、アウェーに立たされた挙句何されるかわからない。ただ、それ以上に問題なのは一番の問題は相手が僕の元第1志望校、江南高校なことだった。

 俺だけが今ここにいる理由。

「了解」

 お前の言葉がなきゃ俺から突っぱねられないからさ。

 俺の手からプリントを抜き取り、先生もプリントに目を落とす。その少し悲しそうな目に気づかないフリをして、俺は黙々と練習に励む。


――


 ガラララ――ッドン、と勢いよく扉は開く。緑川がまた来たか。

 そう思って扉の方を見るとそこに立つは――小柄な少女?

「先輩。部活入れてください!!!」

 よく通る腹からの声。狭いこの作法室に響く声は数秒間鼓膜を揺らし続けた。

「はい?」

 僕は突然のことに驚すぎて思わぬ声が漏れてしまった。

 まずこいつは誰だ? 学年色で赤色のラインが入っているリボンをしているってことは今年の一年生だということはわかる。ただどこにも宣伝することも、この部活が存在していることもほとんどの生徒が知らないはずなのに。

 あぁ、そうか。

「すまねぇ少女後輩。ここは今、囲碁部の教室で家庭科部ではねぇ。隣の部屋だ」

「いえいえ。囲碁部であってます。あってますともシロぶちょー。いえ。シロセンパイ」

 ここの部活は愚かどこでこいつ俺の名前すらも教えてもらったんだ……?

 思わず手を止め考える。

 ——まぁ百歩譲ってこの部活に入部希望が来るのはいい。囲碁には個人戦の他にも団体戦というルールがある以上は部員がいるに越したことはないからな。

 ――だとして女。よりにもよって。

 囲碁という界隈はもちろん主に老人。大人の趣味であり、決して若者に人気のある競技とは言えない。これが女となると尚更で、俺が行く高校生向け大会の男女比9:1は当たり前。女子のレベルは比較的低く見られることもあり、女子個人に至っては二人で1位2位を決める試合すらあったと記憶している。もちろん女性プレイヤーは皆無というわけではなくいる方なのだが囲碁はいかんせん他の趣味との相性が悪いこともある。一試合一時間かかるのは当たり前。楽しさに気づけるのすら一年まともに練習してからかもしれない。華の高校生活だ。続ける女はホンモノか部活で談笑しているだけの嫌な女だけだ。

「少女後輩。段位は?」

 囲碁における大切な強さの指針である段位。女でもっているのは大会で当たるやつが3段くらいが天井。最悪初段でもあと一人必要だがまだ団体の線は濃くなる。

「だんい? なんですかそれ」

「まだ級位か? それでも教えろ。時間が惜しい」

「きゅうい? もよくわかりません」


「……は?」


「私は初心者です」

 チッ。

「帰んな」

 ナチュラルな舌打ちとともに思わず俺は彼女を締め出してしまった。

 












 

 


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