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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

B級終末世界

作者: たろっぺ

ハロウィンなので投稿しました。


B級終末世界




 あのオーロラが、『人類社会』という舞台に下ろされた幕だった。



 世界中の空に突如現れた、謎のオーロラ。


 ある人は綺麗だと思いスマホを構え、ある人は無関心に歩き去ろうとし、ある人は不吉な予感を覚えて恐怖した。


 きっと、最後の人は勘がいいのだろう。もしかしたら、長生き出来るかもしれない。


 まるで空に罅が入った様に伸びたオーロラは、所々に水たまりの様な虹色のダマを作っていた。


 そこから、水滴でも落ちるかの様に……ゆっくりと、オーロラの塊が落ちてくる。


 実体を持たない存在が重力に引かれる様にして落ちてくる姿は、まるで今までの常識をせせら笑っているみたいで。


 たっぷりと時間をかけて落下したオーロラの塊は───下にあったビルも人も押し潰し、重い地響きと共に着地した。


 そうして、ベールを破り出てきたのは。



『GYYYYYYYYYYYYYYY───ッ!!!』



 この世界の、新しい()()()()


 自分が見たのは、亀の甲羅の様な物を背負う爬虫類の頭を生やした4本足の巨獣だった。


 ビル程もあるそいつは、ムカデの様な形をした3本の尾を揺らして傾いていた周囲の建物を薙ぎ払う。


 その轟音で、ようやく人々は動き出した。


 絶叫がそこら中で発せられ、我先にと逃げていく群衆。自身もその1人であり、あの怪物から……『怪獣』から逃げる為に必死で走った。


 人の流れに押される様に走っていて、頬に違和感を覚える。


 反射的に触れたそれは、赤くぬめりを帯びた液体。それが血なのだと気付くのに、数秒かかった。


 直後、道路脇に止められていた車が潰れる。


 窓ガラスが割れて周囲に散らばり、防犯用のブザーがけたたましく音を鳴らした。


『グググ……』


 車を叩き潰したのは、1匹のサメだった。


 本来は海中にいるはずのそれが、何故か地上で車の上にいる。何メートルもある巨体をふい、と浮かせて、宙を泳ぎ喉から空気を発していた。


 現実離れしたその光景を脳が理解するより速く、巨大な顎が呆然と見上げていた人の頭にかじりつく。


 人の頭蓋が砕ける音を、人生で初めて聞いた。


 更なる悲鳴が響き渡り、自分もまたもたつく足で慌てて走るのを再開する。


 止まったら死ぬ。潰されるのか、食われるのかはわからない。でも、間違いなく死ぬ。


 そう思いはしても、この身は凡人だ。映画の中の主役みたいに、延々と動き続けられる体力なんてない。


 休日に遊びに来ただけの街。土地勘もないここでは、どこに逃げればいいのかもわからなかった。


 気づけば周囲には誰もおらず、痛む脇腹を押さえて膝に手をついている。


 自分の呼吸音と心臓の鼓動を五月蠅く思いながら、必死で周りを見回した。


 誰かに助けを求めたかったのか、あるいは1人が不安だったのか。定かではない。


 だからか、声をかけようと動く人影に何も考えず近づいたのだ。


『う゛う゛う゛……』


 その姿をよく見れば、まともな人間ではないと遠目にもわかったはずなのに。


 肘から先が千切れ、ぼたぼたと血を流す左腕。よたよたと千鳥足になりながら歩くその少女は、首が折れ曲がっていた。


 横に90度頭を傾けたまま振り返った少女は、うめき声をあげながら右手を伸ばしてくる。


 それは、助けを求めるものだったのか?


 いいや。違う。


『う゛がぁあああああ!!』


 食事を、求める声だった。


 喉を引き攣らせ、再び走る。


 怪獣に、怪物に、ゾンビ。映画の敵役がオンパレードだ。悪趣味にも程がある。


 汗だくになって走るが、やはり逃げる先なんて思い浮かばない。警察署も病院も、どこにあるのか知らないのだ。


 物語の主人公ならば、きっとヒロインと出会って逃避行でも始めているぐらい、走り回った。


 でも、自分は主人公なんかじゃない。


 恐ろしい何かに襲われて無残な死を遂げる、哀れな『端役B』なのだ。


 遂には立っている事すらできずに、そこらの路地でうずくまる。コンクリートの壁に背中を預け、ずるずると冷たい地面に腰を落とした。


 もう歩けない。立ち上がれない。


 乱れた息に、カラカラの喉。唾はべたつき、歯や舌に纏わりつく。


 膝と脇腹が痛みを発し、肺は必至に酸素を取り込もうと動いている。血管が脈打つのを感じながら、自分は座り込んだままだった。


 理性が『立って走れ』と訴える。だが、『あと5分』と体は動いてくれない。


 どうしてこんな事になったのだろう。自分はただ、好きだった作品が映画化すると聞いて、地元ではやっていないからとこの街に来ただけなのに。


 普通だったはずだ。パンフレットが売り切れだったり、斜め前の客が食べるポップコーンの音が五月蠅かったりしただけで。本当に、普通の1日だったはずなのに。


 なぜ、どうして。そんな言葉が頭の中を巡る内、意味もなく涙さえ出そうになる。


 眦に浮かんだそれが、溢れそうになった。


 その時だった。



「おいおい、何を座り込んでいるんだい!?」



 鈴を転がす様な声がした。


 驚いて顔をあげれば、見覚えのない少女が隣に立っている。


「うずくまっている暇も、涙を流している時間もない!幕はもう上がっているんだから!」


 大仰な動きで手を広げて、彼女は数歩下がった。


 黒いバニー衣装に、ガーターベルト付きの網タイツ。深紅の燕尾服を着て、頭には黒いシルクハットを被っている。


 腰まで届く白銀の長髪を揺らし、桃に近い朱色の瞳が自分を見つめていた。


「大道具も小道具も、なんでも用意しようじゃないか!竜を討ちとる鋼の剣も、敵兵を屠る鉄砲も、恋人と眠る寝台も!君が瞼を閉じたほんの少しの間に作ってあげよう!」


 手に持ったステッキをくるりと回し、銀髪の少女はその先端で力強く地面を叩いた。


 いつの間にか、その背後には数十人もの小人が立っている。


 自分は、夢でも見ているのだろうか。それならば、全ての辻褄が合う。


 あの強大な怪獣も、宙を泳ぐサメも、おぞましい動く死体も。目の前にいる麗しい少女も、デフォルメされた人形の様な小人たちも。


 全て自分が描いた妄想の産物だったのならば。


「私達は君に夢を届けよう。でも勘違いしてはいけないよ?私達は舞台に上がっても大した事はできやしない。それは君の役目なんだから」


 楽し気に、少女は微笑む。


「君は当劇団の団長であり、役者であり、主演であり───私達の、たった1人の『友人』だからね」


「きみ、は……」


 カラカラの喉でそう問えば、少女は笑みを深めてステッキを脇に挟み、シルクハットをもう片方の手で取りながら慇懃無礼に腰を曲げた。


 それに倣うように小人たちも頭をさげて、その背中に生えた小さな羽を見せてくる。


「私達は『イマジナリー』。君の想像を創造する、可愛い可愛い妖精さんさ。もっとも、生まれたてのホヤホヤだがね」


 シルクハットを被り直して、少女はコツコツとヒールを鳴らして自分に近づく。


 そして、白い手袋に包まれた手を差し出した。


「お手をどうぞ、オーナー。舞台に座り込んだままの役者なんて、観客が飽きてしまうよ」


「………」


 わけがわからない。この少女が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。


 この摩訶不思議な状況に狂ってしまった異常者か。あるいは狂った自分が見ている幻想か。


 だが握ったその手は確かに体温を持っていて、引っ張る力は僅かながらも立ち上がる助けとなった。


「あ、ありがとう……」


「どういたしまして。さて、早速だが───」


 桜色の唇を動かし、彼女が何かを言おうとする。


 だが、その瞬間視界がぶれた。


 ───瓦礫に押しつぶされ、自分が惨たらしい肉片になる姿を見る。


 コンクリートの塊に頭蓋を砕かれ、そのまま腰から上が何かの下敷きになる光景を。


「ひ、ぁ」


 小さく悲鳴をあげながら、少女から手を離す。


 直後、傍にあった建物が轟音と共に崩れて瓦礫が降ってきた。それらが、あっと言う間に少女と小人たちを飲み込む。


 呆然としながらも、ノロノロと視線を上へと向けた。道路の遥か向こう。何キロも離れた場所を歩く怪獣が尻尾を無造作に振るう度、砕かれたビルや道路の残骸が四方八方に飛来していた。


 思考が、ようやく追いつく。そして、目の前で先ほどまで話していた少女が瓦礫に押しつぶされた事実を、認識した。


「っ………!」


 瓦礫をどかそうと手を伸ばす。


「だ、大丈夫ですか!?返事をしてください!」


 重い。人の頭ほどもあるコンクリの塊をどかすが、それはほんの一部。


 こんなのに押しつぶされたら、あの華奢な少女が生きているわけが───。


「おや、その瓦礫をどかしたいのかい?」


「ひぇっ!?」


 耳元で囁かれた声に驚いて振り返れば、そこには瓦礫の下敷きになったはずの少女がいた。それどころか、その肩に小さな妖精まで乗せている。


「な、なんで!?さっき、瓦礫の下敷きに……」


「言ったじゃないか、オーナー。私達は君だけの妖精さん。舞台で起きたイベントで、一々死んでいる暇なんてないだろう?」


 苦笑いをしながら首を振る彼女に、言葉も出ない。


 やはりこれは、夢なんじゃないか?


「望めば他人に姿を見せる事も、触れさせる事もできるとも。だが、本質は幻想さ。そうだな……強いて言うのなら、『イマジナリー・フェアリー』。とでも、名乗ろうか?」


 ウインクをした彼女が、手をパンパンと叩く。


「ほら。ここでボウっとしていて良いのかい?あそこを見てごらん。あまりに展開が遅いものだから、待ちきれなくなってオーディエンスが君に文句を言いに来たよ?」


「は?」


 少女が指さす方向を見れば、そこにはゾンビの集団がいた。


 体のどこかに大きな傷を負った彼らが、生きている人間を探して彷徨っている。白濁とした瞳と視線があったかと思えば、うめき声をあげて近づいてくるではないか。


「ひ、ひいいい!?」


「恐怖で引き攣ったいい悲鳴だ。心が込められているね」


「い、いいから逃げなきゃ!」


 慌てて走り出す自分に、少女が並走する。


 いいや、違う。彼女は走ってなどいない。こちらの隣を、ふわふわと浮いていた。


「は、ええ!?飛べるの!?」


「勿論だとも。私は妖精さんだよ?」


「なら、僕も!」


「ああ、ごめん。飛ぶ為の道具をお求めなら材料と設計図を用意してくれないかな?設計図は大雑把なイメージでもいいからさ」


「そんな無茶な!」


「ならば走るしかないね!さあ、レッツゴー!馬の様に足を動かすんだ!」


「ぐ、ううううううう……!!」


 不格好なフォームで、ダラダラと汗を流しながらひた走る。


 人類社会に幕が下ろされたこの日。


 終末という名の舞台が、幕を開けたのである。






読んでいただきありがとうございます。

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