彼が隣の席に
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「結衣ーご飯できたよーー」
私を呼ぶお母さんの声が聞こえた。あの後は、気が散ることなくずっと集中出来ていたので、あっという間に7時を回っていた。
「はーい!今行くー」
そう言って、リビングに向かった。
リビングに着くと、テーブルにはオムライスが置かれてあった。表面には、ケチャップで『おつかれさま』とお母さんの文字で書かれている。疲れているようすをお母さんにはバレないようにしていたつもりだったが、勘のいいお母さんには、とっくに気づかれていたのかもしれない。
「いただきます」
手を合わせて、スプーンを手に取った。
「結衣、クラス替えどうだった?明日香ちゃんとは同じクラスになれた?」
お母さんがキッチンの方で手を洗いながら聞いた。
「明日香とは離れちゃったけど、新しい友達もできたし、担任は山本先生だし楽しいクラスになりそうだよ」
「そう。ならよかった」
手を洗い終えて、お母さんも私の前に来てご飯を食べ始めた。
「ねえ、お母さんは一目惚れとかしたことある?」
聞くつもりのなかった質問が、思わず口から出てしまった。
「ないけど、急にどうしたの。好きな人でも出来たの?」
まあ、そうなるよね。とにかく、もう誤魔化すしかない。
「う、ううん。友達に聞かれて気になっただけ」
「ふーん…」
どう考えても信じているわけはない返事が返ってきたが、ここは一旦話を逸らすべきだと思った。
「やっぱお母さんのオムライス美味しいね」
「それはよかった」
お母さんは、何事も無かったように対応してくれた。その後も、お母さんとたわいもない会話を続けながらご飯を食べ終えた。
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「ふぁ〜眠い…」
1人自分の部屋のベッドで、大きなあくびをした。
お風呂にも入り終えたし、後は寝るだけだ。
なのに…どうしてもあの事が気がかりで眠れない。
「返信、やっぱり来てないか…」
布団に潜りながら、スマホを確認した。変な返信を誤送信してしまって以降、あれっきり返信が来ていない。
「仕方ない、とにかく今日はもう寝なきゃ」
スマホを置いて、目を閉じた。
『ピピピピピピピピ…』
枕元で、聞き慣れたアラーム音が鳴り響いた。
「あと…あと5分…」
目を開けないまま、腕を伸ばして手探りでアラームをとめた。
(この音なら、まだ6時半だからあと10分は寝れる)
そう思って、もう一度布団を被った。というのも、私は時間によってアラーム音を変えている。
1度目は、6時30分。2度目は、6時40分。そして最後に、念の為の7時00分。
こうすることで、あえて二度寝をすることができるのだ。
私はそのまま、いつ眠りについたのかもわからないほどすぐに眠りについた。
『ジリリリリリリリ!!』
いきなり大きな音が聞こえて、びっくりして飛び起きた。まだしっかり開かない目を擦りながら、アラームをとめた。
(この音って…)
だんだん意識がはっきりしてきた。
「やばい!7時だ!」
慌てて飛び起きて、猛ダッシュで階段を駆け下りる。リビングに行くと、お母さんがちょうど朝ごはんを作り終えたところだった。
「あ、結衣おはよう」
お母さんは慌てる様子もなく言った。
「おはよう、寝坊かも!」
バタバタと身支度を始めた私をよそに、お母さんはのんびりとテレビを見ている。
「ていうか、なんで起こしてくれなかったの!?」
私は少しイライラしながら言った。
「なんでって、朝ごはん作ってたから」
お母さんは、淡々とした口調で返した。
何も文句を言えない私は、用意されてある朝ごはんを急いでかき込んで、部屋を出た。
「行ってきます!」
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「はぁ〜、なんとか間に合った…」
息をハアハア切らしながら、勢いよく教室に入った。
『キーンコーンカーンコーン…』
「あっぶない、ギリギリだ」
小さく独り言を呟きながら、自分の席に着いた。
(あれ…?鈴華、今日休みなのかな…)
隣の席を見ると、鈴華がまだ来ていなかった。体調でも崩したのだろうか。
「おはようございますーー」
1時間目の英語の先生が教室に入ってきた。
「今日の欠席はー、夢咲さんと、林さんですね」
先生が欠席チェックをとっている。林は、黒崎蓮の隣の席の生徒だ。
「今日の授業はペア活動が多くなるから、隣が欠席の黒崎くんと星宮さんで組んでもらおうかな」
先生が全体を見渡しながら言った。
(黒崎蓮とペア…!?よりによって昨日、あんな事があったばかりなのに…)
先生の言葉を聞いて少し嬉しくなった反面、昨日のことがあって気まずいという気持ちがあった。
「じゃあ、黒崎くんは星宮さんの隣に移動してね」
「わかりました」
そう言って、黒崎蓮が私の隣の席にきて座った。
(なんか言った方がいいよね…)
なんてことを考えていた私をよそに、素っ気ないような態度で黒崎蓮が口を開いた。
「よろしく」
「あ、うんよろしくね…」
遠慮がちに私も返す。先生が色々と今日の授業の説明をスラスラ話しているが、全く入ってこない。
「つーか、昨日のあの返信なに?」
いきなり、予想していなかった言葉が彼の口から出た。いきなりすぎる質問に私は、なんと返せばいいのか分からなくて、言葉に詰まる。
「えっと…なんて返そうか色々考えてたら、間違えて送っちゃった、ごめん…」
下手な言い訳を並べるより、素直に言った方がマシだと思って言ったものの、引かれてないか不安になり、おそるおそる彼の表情を確認する。
「なんだよそれ」
彼は、そう言ってクスッと笑った。
引かれるどころか、小さく笑みを浮かべた彼の表情に困惑して、思わず目が丸くなる。
「えっ、引かないの?」
どうして自分で聞いているのか分からないが、勢いで聞いてしまった。
「引くっていうか、変な奴だなって」
彼は冷静に言った。
「よかった…」
「よかった??」
まずい、つい心の中の声が漏れてしまった。今の状況、変な奴だと思われたことを喜んでいるように見えてしまう。今度こそ、ドン引きされてしまうに違いない。
「あ、違うの!引かれてなくてよかったなって!」
私はしどろもどろになりながら答えた。
(もう!思ったことがすぐ声に出ちゃう性格なんとかならないの…!)
自分の性格にイライラしながら、挙動不審になっている私を見ながら彼はまた言った。
「やっぱ、星宮って変な奴だな」
(ま、まあ!笑ってくれてたし悪い印象にはなってないってことだよね、!)
私は、自分にそう言い聞かせた。
「つか、俺教科書忘れたから見してくんね」
彼がこちらを見てだるそうに言った。
「うん、いいよ」
そう言ったものの、まだ私も教科書の準備など何もしていなかった。バッグから英語の用意を取り出そうと中身を探す。
(あれ…?教科書はあるけどノートがないな…)
朝、学校を出る前に持ち物のチェックをするようにしているので、普段から忘れ物はほとんどしないタイプの私だが、中々見当たらない。
(そういえば!今日は寝坊してすぐ家を出たんだった…!)
そう気づいたが、この流れで彼にノートを貸してもらうのも気が進まない。
「はい、教科書」
とりあえず、教科書を彼に見えるように置いた。
「ん、ありがと」
彼はぶっきらぼうに言った。
ただありがとうを言われただけなのに、少し胸がときめいてしまう。
「あの、私の方こそ昨日口パクで答え教えてくれてありがとう」
突然思い出して、思ったままに言葉を並べた。
「口パク?あー数学の答えのことか」
彼はそんなこと全く忘れていたかのように、サラッと言った。
「いいけど、普通初日からあんな爆睡しないだろ。その後もずっとぼーっとしてたし」
(それはあなたのせいなんですけどね…)
心の中でツッコミながら、違和感に気づいた。
(その後もぼーっとしてた…?私の事見てたってこと!?)
私の心の声に返事するように、彼が口を開いた。
「あ、いやずっとっていうか、たまたま後ろ向いた時にぽけーっとしてんなって」
(なんだ。1人で舞い上がっちゃったけど、やっぱそんなわけないよね)
ほんの少しだけ彼が動揺したような気もしたが、きっと気のせいだろう。
「それじゃあ、ペアの人と話し合い始めてくださいねー!」
声を張った先生の声がいきなり耳に入ってきた。先生の指示で、周りのみんなが一斉に喋り出す。
「あれ、何話すんだっけ」
何にも話を聞いてなかった私が彼に尋ねた。
「やべ、俺もなんも聞いてなかった」
そう言って、彼はいたずらっぽく笑った。
「もう話し合いはいっか!」
「そうだな、適当に話してるフリしとくか」
2人で、目を合わせて笑いあった。
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