表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺もどき3

想うこと

作者: 狐彪

三題噺もどき―よんひゃくじゅういち。

 


 ヒヤリとした風が頬を撫でた。


 空気の入れ替えもかねて開け放していた窓から、冬の風が入り込んできた。

 レースのカーテンがふわりと舞い、視界の隅でちかりと光る。

「……」

 陽の光で温められた室内は、どうもぼんやりとしていけない。

 その上、体温も心なし上がるこの昼の時間帯は、思考も何もかもぼやける。

 冷たい風がなければ、このまま寝続けているところだった。

「……」

 うたた寝から目が覚めた。

 時計を見た限り、さして時間は経っていないようだが、その割にいつもよりすっきりとしている気がする。最近は夜にあまり眠れない日が続いていたからせいかもしれない。

「……」

 これでも昨夜はよく眠れた方なのだが……睡眠がいかに重要なのかを日々実感している。

 一か月ほど前は、寝る間もなかったほどだから、殊更に感じている。

 しっかりと眠るだけでも、こうも生活が変わるのだと。

 まぁ、仕事を休んでいるせいもあるんだろうけど。

「……」

 んん……まぁ。仕事のことは置いておこう。

 今は休めと医者に言われているのだ。あんな仕事のことなど考えだしてしまってはあんたは休めないんだからと言われてしまっている。

 会社には、どうやら早めの復帰をと望まれていたそうだが、医者が認めない以上それができずにいる。こちらとしては、ありがたいのだが、色々と、まぁ。

「……」

 だからまぁ、いいというに。仕事の話はやめよ。

 仕事のしの字も考えてしまってはいけない。思考がどうもすぐにそちらに偏る。

 とりあえず、別の事……。

「……」

 寝起きではあるが、やけにすっきりとしている頭で、思考の切り替えを試みる。

 膝の上に置きっぱなしになっていた本が、風によって動く。

 今はまだ、読む気にはなれない。

「……」

「……」

「……」

「……」

 あぁ。

 そういえば。

「……」

 数日前、妹が子供を連れて、家にやってきた。

「……」

 来訪の何日か前に、手紙の返事を書いたのだが、そのお返しついでにと。

 その場で本人から手紙を受け取って、その場で読むのは少々気恥ずかしかった。

「……」

 呼んだのは、妹の連れてきた子供、私の甥っ子からのものだ。

 妹のものも入ってはいたが、さすがにこれは本人の前では読めまい。

 子供ゆえの好奇心から、読んでくれとせがまれては断れなかった。

 ほんの少しだけ読みやすくなった手紙。あれが嬉しいこれが嬉しかったと話しながら手紙を読ませてくれて。笑うあの子の顔がとても。

 何だか……純粋で無垢な子供とは、こうも愛おしく思えるのかと、なぜだか泣きだしそうになったものだ。

「……」

 1人暮らしのこの部屋で。

 楽し気に笑って話す甥っ子と、それを眺める母としての妹。

 あの二人と過ごしたあの時間は、とても愛おしいものだった。

 ついでにと妹が蜜柑を持ってきたのだが、それを剥いて見せてくれたりして。

 あの蜜柑は、とても甘くておいしかった。

 きっと1人では、こんなにも思えないだろうと、思ってしまう程に。

「……」

 私がまだ、こうして社会にしがみつこうとできるのは、あの二人のおかげなのだ。

 あの時間を、今こうして思いだすだけで。

 ほんの少し、頬が緩む。

「……」

 そういえば、なんで蜜柑なのかと妹に訪ねたのだが。その返答がもう……。

 倒れたくせに、どうせ栄養も何も考えないで食べてるんでしょうと言われ。

 フルーツなんて絶対食べてすらないでしょと言われ。

 何ともまぁ……ぐうの音も出ないとはこのことかと思い知った。

「……」

 甥っ子の世話や、自分の仕事でも忙しい妹。

 彼女にいらぬ心配はかけまいと思って、手紙も諸々も返事もあちらからあればやっていたのだけど。

 それがどうやら、下手な心配を呼んでいたらしい。

 それに追随して、甥っ子がもっと遊びたいだの、もっとお手紙書くねだのと嬉しいことを言われてしまって。

 ホントにもう……なんというか。

「……」

 ここ数年、心臓が飛び跳ねるような喜びとは疎遠だったから、少々過剰摂取している感じはあったなぁ、あの日。

 だけど、やっぱり。

 ああいう日々が大切なんだなぁと。いまさらながら思うのだ。

「……」

 年明け早々。

 仕事の諸々で倒れてしまってからというもの。

 それを実感している毎日でもあった。

「……」

 当たり前に起きて、寝て。

 空腹になればそれを満たして。

 温かな日差しの中で、椅子に座って本を読んで。

 ときおり、妹や甥っ子への手紙の返事を書いたりして。

「……」

 仕事をしていた時ではありえないことだ。

 まぁ、妹からはときおりメールが届いていたりしたが、返事をする間もなかった。

 したとしても、一週間後とかになってしまって。

「……」

 だからこそ……ではないかもしれないが。

 当たり前の毎日を、大事にしたいと。

「……」

 む。

 お腹が空いてきた。

 妹にもらった蜜柑でも食べて。

 手紙の返事でも書いてみよう。






 お題:心臓・蜜柑・笑う

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ