ばけばけの日
「なみちゃん、起きて。遅れちゃうよ」
ふわふわした物に、ほっぺをフニフニされて、なみちゃんは目を覚ましました。でもまだ眠いから、目は半分とじたままです。
「さぶっ」
掛ふとんのめくれた所から、冷たい空気が入ってきて、思わず声が出ます。
「あぁ、ごめんね。これを着なくっちゃ」
ふわふわした手が、なみちゃんにもふもふしたものを頭から被せてきたので、もう、寒くはありません。そこでようやくなみちゃんは、目をぜんぶ開けることにしました。
「はい。これでもう、寒くないよ」
言いながら目の前でにこにこしているのは、なみちゃんがだいじにしてるヌイグルミ、白くまのプルさんです。いつもよりずっと大きくなっていますが、この糸目はまちがいありません。
「プルさんが、大きい……なんで?」
「うん、案内役だからね。あぁ、やっぱりシロクマは良いね」
「シロクマ?」
不思議におもって起き上がったなみちゃんは、自分が白いクマのキグルミを着ていることに、気が付きました。顔以外は、ぜんぶフワフワした毛でおおわれて、頭のまぁるい耳までフワフワです。
(ふへへっ、モフモフだ……)
プルさんを見ると、いつの間にかなみちゃんの幼稚園の帽子をかぶり、通園リュックをせおっています。
「今日は、ばけばけの日だからね。案内役もばけるきまりなんだ」
そう言いながら、制服のスカートもはこうとしましたが、お腹がつかえて入りません。プルさんはすごくザンネンそうにスカートを置きましたが、なみちゃんはちょっとだけ、ホッとしました。
「さぁ、急ごう。日付けが、かわっちゃう」
プルさんは、なみちゃんの手をひいて、マドの方へと向かいます。
「プルさん、そこからは、出られないよ」
マンションの3階のマドには、アンゼンのために、外から柵がついているのです。
だけどプルさんはマドワクによじ登り、なみちゃんも来るよう、おいで、おいでをします。
しかたがないので、そばに行くと、マドの柵は消えていて、代わりにスベリ台が生えていました。クルクルと曲がりながら、道路へと伸びています。
「ばけばけの日は、お家も化けるんだ」
「へぇ、ずっとこうなら、ラクチンなのに」
3階のマドからスベリ台で外に出られるなんて、さいこうにステキだからです。
窓を開けると、冷たい空気が顔にあたるけど、モコモコのフワフワなので、寒くありません。なみちゃんはプルさんと手をつなぐと、
シュルン、クルクル、シュー、クルクル、シュルン!
道路に降りて辺りをみわたすと、いくつかの家やマンションから、スベリ台がのびているのが見えました。
「ねぇ、どこにいくの?」
「星の神社のばけばけ祭りだよ。今年7歳になる子はみんな、さんかするんだ」
「じゃあ、ゆいちゃんや、なおちゃんも来る?」
なみちゃんが幼稚園のお友だちの名まえを言うと、
「うん。でもばけているから、きっと判らないよ。それとここから先は、ホントのなまえは隠さないといけないから、なみちゃんのことは、シロクマちゃんって呼ぶね」
「いいけど、これ、キグルミだよ?」
「だれが見ても、りっぱなシロクマだよ」
「じゃあ、プルさんはなんて呼んだら良いの?」
「案内人の名まえは隠さなくても良いんだ。でも、どうしてもって言うんなら、『幼稚園さん』って呼んでも良いよ!」
「それは……やめとく」
どうやらプルさんは『幼稚園さん』と呼ばれたかったようで、なみちゃんの返事に、ザンネンそうな顔をしました。
星の神社に近づくにつれ、太鼓や鐘の音といっしょに、不思議な歌が聞こえてきました。
節分お化けだ、ばけばけだ だれがだれやら、わからんぞ
節分お化けだ、ばけばけだ とりつく術など、ありゃしない
節分お化けだ、ばけばけだ だけど境にゃ、気をつけて そこから先は こわい、こわい
「あれは、ばけばけ音頭だよ」
プルさんが教えてくれます。
神社の境内は、いろんな物でいっぱいでした。ロボットにネコ、ひつじに恐竜、中には、うしろタイヤだけで動いている車もいます。
「これみんな、7歳になる子なの?」
「7歳になる子と、その案内役だよ」
「案内役はね、その子が一番大事にしているモノが、神様から任命されるんだ」
そう話すプルさんは、すごく誇らしげです。
「でも気をつけてね。この赤い線より外は、アブナイから」
境内の隅に引かれている、赤い線を指さします。
「そうなの?」
「うん。外には、悪い物が隠れていたりするからね。さぁ、まずは神さまに、あいさつに行こう」
「あっ、知ってる。2回おじぎをして、2回手を叩くの」
「すごい、大当たりだ!でも今日は特別な日だから、特別なお参りも、あるんだよ」
「それ、むずかしい?」
「大丈夫。こま犬さん達が、お手本を見せてくれるから」
本殿前に出来ている列の後ろに、二人で並びます。すぐ前は、戦隊ヒーローと怪獣です。
列は思っていたよりも、早く進み、やがてどんなお参りをしているのか、見えるようになりました。
いつもは石の台の上で、じっとしているこま犬さんたちが、後ろ足で歩きまわっています。さい銭箱の前に低い台が置いてあり、どうやらそこに上がってお参りするようです。2回おじぎをして、2回手をたたく。そして、
『よきかな、よきかな。ばけばけ〜、ばけばけ〜』
こま犬さんの掛け声に合わせて、両手、両足を広げて立ち、右に一回、のびのび~、左に一回、のびのび~。最後にもう一度、おじぎをして、おしまいです。
(あれぐらいなら、大丈夫かも……)
あっという間に、なみちゃんたちの番になりました。
台の上に上がっておじぎと拍手の後は、こま犬さんを横目で見ながら、同じように動きます。
『ばけばけ〜、ばけばけ〜』
(のびのび〜、のびのび〜)
おじぎをして台から下りると、なみちゃんはホッとしました。
「さあ、あいさつもすんだし、何か食べよう!」
本殿の横では、甘酒やぜんざい、おもちがふるまわれています。その時、
(あれ!?)
お友だちのゆいちゃんのミツアミが、見えた気がしたなみちゃんは、プルさんとつないでいた手をはなして、ミツアミを追いかけます。でも、すぐに見失ってしまいました。
しかたがないのでもどろうとしたなみちゃんは、うっかり石につまづいて、転んでしまいました。
「いたたっ」
キグルミのおかげで、ケガはしませんでしたが、片足が赤い線の外に出ています。
(あっ、中にもどらないと……)
なみちゃんは急いで立ち上がろうとしますが、何か黒いものが足に絡みついて、立てません。それどころか、少しずつ引っ張られていきます。
なみちゃんはこわくなりました。
助けてもらおうと思って、プルさんを探します。でも見つけたのは、逃げるように走っていくプルさんの後ろ姿でした。
(そんな……)
なみちゃんはこわいうえに、大好きなプルさんが自分を置いて逃げたことが悲しくて、悲しくて、とうとう泣き出してしまいました。
「ふぇえーん!」
なみちゃんの泣き声で、異変に気づいた三毛ネコとウサギが手をのばし、線の中へと引っ張ってくれます。
「よいしょ、よいしょ」
それでもつかまれた足は、動きません。
「わたし達も、手伝うぞ」
宇宙飛行士と宇宙人も、いっしょになって引っ張ります。そこからはパンダや犬、消防車とカウボーイ達が次々に引っ張る列に加わっていきます。
ようやく少し動いたと思ったその時、黒いモノの後ろから、大きな黒い塊が近づいて来るのが見えました。ソレを見たなみちゃんは、怖くてブルブルふるえます。その時。
「シロクマちゃん!」
木の枝を守ったプルさんが走ってきて、足をつかんでいる黒いものに向かって、木の枝を振り上げ、パシン、パシンと叩きはじめました。
「こいつめ、シロクマちゃんをはなせ」
パシン、パシン、パシン!
トゲトゲな葉っぱが付いた枝で、たたかれたせいか、黒いものが少しづつ、薄くなっていきます。
「よし、いまだ!」
宇宙飛行士の掛け声に、皆がいっせいになみちゃんを引っ張ります。
スルン。
黒いモノが足から離れ、なみちゃんは無事に線の中に戻れました。
小さくなった黒いモノは、逃げて行き、それと一緒に大きな塊も、どこかに行ってしまいました。
「ヤッター!」
「良かったね!」
「みんな、助けてくれて、ありがとう!
ヒツジとネコが、走っている途中で落とした帽子を届けてくれたので、それを被り直したプルさんは、なみちゃんが怪我してないか確かめると、ニッコリと笑います。
でも、さっき逃げたことが悲しかったなみちゃんは、
「ねえ。さっきは、なんで逃げたの?」
怒った顔で、プルさんをにらみつけます。だけど、
「逃げたんじゃあ無くて、急いで、これを取りに行ったんだよ」
プルさんは、トゲトゲ葉っぱの枝を見せます。
「これでないと、あれはやっつけられないからね」
よく見ると、枝を取るときに引っかかったのか、プルさんのからだのあっちこっちから、糸が出ています。
「なんだ。逃げたんじゃないなら、良いや」
なみちゃんは、にっこりしました。
その後、プルさんは勝手に枝を折ったことで、こま犬さんたちに怒られましたが、その後は無事で良かったと、二人して頭をなでてもらいました。
「今度こそ、なにか食べよう。走ったから、お腹がペコペコだよ」
「うん!」
なみちゃんはおぜんざいを、プルさんはあんこモチときなこモチを食べて、一緒にばけばけ音頭を踊りました。
『そろそろ夜が空けます。皆さん、気を付けてお帰り下さい』
こま犬さん達が言うと、みんないっせいにぞろぞろと帰りだしました。なみちゃんとプルさん、も神社から出て、お家へと向かいます。
マンションの前まで来ると、スベリ台はエスカレーターに変わっていました。
うにゅーん グルグル
「ラクちんだね」
クルクル回りながら、3階まで上がっていくと、マドから部屋に入ります。なみちゃんはキグルミのまま、プルさんといっしょに、布団にもぐりこみました。
「ばけばけ祭り、ちょっと怖かったけど、面白かったね。それに、プルさんカッコよかったよ」
なみちゃんが言うと、プルさんはうれしそうに、クフクフと笑いした。
「なみー、そろそろ起きなさいよー」
お母さんの声で、目が覚めたなみちゃんは、びっくりしました。だって着ていたキグルミは消えていて、いつものパジャマだったからです。プルさんも、いつもの大きさで、横でねています。
急いで窓の外を見ますが、そこには柵があって、スベリ台もエスカレーターもありません。
(なんだ。ぜんぶ、ユメだったんだ……)
なみちゃんは少しションボリしながら、プルさんの手を持ってキッチンに入ると、お母さんがおはようと言いながら、朝ご飯をテーブルに置いてくれました。
なみちゃんもおはようと言って、椅子に座ります。
「あら、なみ。昨日この帽子、どこかに引っ掛けたりした?」
お母さんが幼稚園の帽子を手に、聞いてきました。見ると、そこにはトゲトゲの葉っぱが2枚、刺さっています。
(あっ、あの葉っぱだ!)
そう思ったなみちゃんは、持っていたプルさんを、よーく見ます。すると、昨日までなかった『ほつれ糸』を、何本も発見しました。
「ふへへっ」
うれしくなったなみちゃんは、思わずプルさんをぎゅっと抱きしめました。
「帽子、穴が開いてなきゃ良いけど」
「穴が開いても平気だよ。それに、もうすぐ卒園だもん」
葉っぱを引き抜くお母さんに言いながら、なみちゃんはプルさんをひざに乗せると、元気に朝ご飯を食べはじめました。
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