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Emotional Colors  作者: 上川 千尋
第1章
8/12

5.

 春の夜がここまで冷えるとは思っていなかった。

 各駅で止まる電車の扉が開くたびに、氷のように冷たい風が入り込み、俺の肌に浅い切り傷のような痛みを感じさせる。

 もう終電に近い時間ということもあり、車内には飲み会終わりのサラリーマンしかいなかった。かなりの量を飲んだのだろう、車内の隅にある優先席に座り、幸せそうに眠っている。

 俺も昔は同じようなことをしていた事実を思い出すと同時に、あの頃の自分には戻れないのだと言い聞かせる。どんなに酒を飲んでも、あの時のような満足感は感じられない。あの時の衝撃と感覚の虜になってしまえば、殺人以外では満たされない特別な欲求に支配されてしまう。この感覚は俺だけが感じるものなのだ。

 そんなことを考えていると、革製の大きなトートバッグを抱える力が強くなっていることに今更ながら気が付いた。

 欲求の支配から一時的に解放され、ふと我に返る。がたんごとん、と大きめに揺れる電車。後ろを振り返り、窓の外を眺めてみる。ところどころに小さな明かりがあるだけで、それ以外は先のない深い闇に包まれており、もうここがどこなのかも分からない。

 考えなしに電車に乗り、本能のままに今まで住んでいた町を後にした。後悔は特にないが、宿をどうするかという問題に直面している事実に頭を悩ませる。手持ちの財布の中身は心細く、遠出をしようにも心許ない。キャッシュカードやクレジットカードを忘れて家を飛び出したのが最悪だった。こういうところで財布とカード類を小分けにする癖を持つ自分が嫌になって仕方がない。

 そんなことを考えていると電車のアナウンスが次の停車駅を車両全体に伝える。耳にした駅の名前は聞いたことがある。塔屋駅、仕事の出張で何度か訪れたことがあり、どんな街だったか思い出す。

 都会ほどではないが栄えてはいる、そんな街並みであり、駅周辺はビルや宿泊施設、食事処で満ちているが、駅を少し離れれば住宅街と自然豊かな木々が出迎えるようなところだ。電車が駅に近づくにつれ、闇が白い明かりに侵食されている。

 一晩過ごすには充分すぎる、どこかも分からない街でうろうろするよりかは何度か来た街で過ごす方が落ち着ける。そう思った俺は、まだ走り続けている電車の中で立ち上がり、扉付近の吊革を手でつかんだ。無論、鞄は肌身離さず、だ。

 着いた塔屋駅から降りてみるが、その光景は前来た時と変わらない。ところどころにサラリーマンが駅前の店から出たり、見るからに残業終わりや飲み会終わりの様子で歩いていた。

 時刻はすでに11時を過ぎている、当初の目的を果たさなければならない。駅前にある周辺地図を眺め、宿泊施設を探す。訪れた駅前のビジネスホテルはすでに満席になっていたため、少し離れたところにないかをスマートフォンで調べる。どうやら3kmほど離れたところにホテルがあるようで、そこを目指すことにする。多少歩くようだが、数時間ぶりの外の空気を吸いたいこともあり、俺にとっては丁度よかった。

 線路沿いに歩いていく。駅を離れるにつれて、明かりの数が徐々に減っていき、電灯とコンビニ、信号の明かりしかなくなってきている。それでも歩き続けていると、少し大き目な振動音と人の声が聞こえる。どうやら道路工事を行っているようだ。数名の現場作業員が忙しそうに手や足を絶えず動かしている。

「すみませんね。ここは通行止めなので、迂回してもらってもいいですか」

 工事現場の指揮を執っている30歳を過ぎてないくらいの男性が、私に申し訳ないように話しかける。無理して通ることもないので、軽く会釈をし、その場を後にする。

 腕時計を見ると、もうすぐ日をまたいでしまいそうな時間になっていた。だが、この夜の闇は明るさという存在を否定するかのように暗く、夜の寒さは肌がヒリヒリしてしまうほど一層強くなる。そうなれば余計に早くホテルに行きたい気持ちも強くなる。少し歩くスピードを速め、視線を少し上に上げると、向かって左側に公園があることに気が付いた。

 ふと公園の中をのぞき込むと、木製のベンチに座っている一人の女性が目に入った。服装や手に持った缶チューハイから仕事終わりのOLだろうか。しかも遠目で見てもかなりの美人、年は20をいってるかいってないかだ。

 2,3時間前であれば、こんな駅外れでも過ぎ去る男性からナンパでもされそうな、言葉では表せない魅力を感じさせた。早くホテルに行きたいという考えが頭から抜け落ち、座っている女性を眺めてしまう。

 だが、今はあの時とは違う。あの時は、細い体に刃物を突き刺したい、無理やり体を押さえつけ、意味のない悲鳴をただ聞きたい。体中を駆け回る赤血球が酸素を求めるように、彼女の温かい血液を私の体で感じたいと細胞が訴えている。抑えきれない欲求に逆らえず、口の中で唾液の生成が早くなる、そんな感じだった。

 しかし、今はそんな興奮は特にない。言い換えれば絶対に殺したいという衝動に駆られていない、だがもう3人も4人も大差ないだろうと、もし再び殺すなら俺の気に入った相手を殺してみたいと思い、足はホテルではなく、公園の中に方向を変える。

 今後の将来に不安はない、俺のどうしようもない衝動の結果がバレれば人生のほとんどを牢屋で過ごすことになるか、最悪この世からおさらばしなくてはならない。もうどうにでもなれと言わんばかり、人生に対して投げやりになっているのだ。

 少しずつ彼女に近づく。まだ気づいておらず、眠たいのか目が開いたり閉じたりを繰り返している。少し歩幅を大きくし、急速に接近していく。

 流石に彼女も気づき、見知らぬ男の接近に少し動揺した表情を見せ、逃げようと立ち上がる。しかし、もう遅い。7mまで近づいて、()()()()()()()()

 彼女の顔に大きな動揺が走っているが、それも当然のことであり、突然目に映らないものに手首を掴まれる感覚を味わえば、何がどうなっているのか全く理解できないだろう。理解ができないうちに、どんどん近づいていき、今度は両足も掴んでいき、動けないまではいかないが動きを鈍らせる。

 もはや完全に無防備、彼女の表情からは恐怖の表情で溢れている。本当は獲物と狩人のように追いかけっこをしたいが、早く彼女の血を浴びたい欲求に逆らえない。トートバッグから盗んだサバイバルナイフを取り出し、刃のカバーを地面に捨てる。あと3mのところで笑みを我慢することが出来ず、ニヤニヤが止まらない。

 立ち止まり、再度彼女の表情を確認する。意外なことに恐怖の表情は抑えられ、ふーふー、と無理やり深呼吸をし、落ち着きを取り戻そうとしている。これから刺されるのに無駄なことだと感じ、ナイフを持つ右手に力が入る。

 そして、口元で大きく笑い、牙を喉元に突き立てるように、彼女の心臓に向かって、刃を押し出す。

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