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Emotional Colors  作者: 上川 千尋
第1章
7/12

4.

 ぱんぱんと、頬を叩いて気を引き締めた本郷の顔は真剣な表情に変わっていた。疲れていてもしっかりと仕事モードに切り替えたことに安心し、4枚の写真を彼に手渡す。

 1枚目は家の玄関で仰向けに倒れこんだ女性の写真。その衣服には腹部を中心に赤黒い染みが広がっており、倒れた女性とは対照的に腹部に刺さった包丁が垂直に立っている。

 2枚目はうずくまって倒れているスーツ姿の男性の写真。こちらも腹部を包丁で刺され、写真の3分の1は男性からと思われる流血で占められている。

 3枚目は制服姿で横たわっている女子学生。2人と同様に腹部から多くの血を流しているが、それ以外にも注目すべき箇所があった。それは女子の周辺に飛び散ったガラス片と倒れた椅子だ。他の2人と比べると現場は大きく乱れており、犯人とひと悶着あったことが見て取れる。写真を見ている本郷もきっと同じことを推測しているのだろう、顎に手を当てつつも悩んでいる様子はない。

 ここまではいい、いや人が殺されているのだから決して良いわけではないのだが、次の4枚目の写真を見て、本郷の表情は一層固いものとなった。それはあまりにも異質な光景、×字で打ち付けられた木材が窓を封じていたのだ。そしてこの写真に写っているもう一つの要素を本郷は口にした。

「この写真の窓、明らかに2階だよな。工事中とかか?」

「工事でこんな形に打ち付けるとでも?ちなみに木材は近場にあった新築予定地から盗まれたものだ。だが問題はそこではない」

「……まさか、脚立や梯子はない、てことか?」

 受け入れがたい顔をして本郷が尋ねてくるが、事実は受け入れなければならないし、知らせないといけない。首を縦に振る私を見て、彼は盛大にため息をついた。

 私は鞄からA4サイズの入る封筒を取り出し、本郷に手渡す。その中身は今回の事件に関する数枚の書類が入っており、本郷はその書類にも目を通していく。事件発生は2022年4月6日の18時ごろ、塔屋市から数十キロ離れた真色市(しんしょくし)で起きた。真色市は塔屋市よりも人口は少なく、目立った名所はないが生活する分には不自由はない、そういう印象が大きい。治安は良くもなければ悪くもない、所謂一般的な街である。そんなことは本郷も知っているのだろう、顎に手を当て、考え込みながら私に問いを投げかけてくる。

「この家の周辺はあまり人通りが多いとは言えないけど、目撃者はいないのか?時刻は18時を回っていたんだ、仕事帰りの大人がこの異質な家を見て不思議に思わない人もいないだろう?」

「お前の推察した通り、人通りは少ないな。近くにマンションやスーパーがあるわけでもないから目撃者を見つけるのは苦労したそうだ。しかも目撃者の内容が私たちの頭を悩ませることになるとはな…」

「……で、何を見たって?」

 非常に集中しているのか、露骨に嫌がる素振りも声色もなく、本郷は4枚目の写真をただ見つめながら、少し無関心のような声で尋ねてくる。

「…()()()()()()()()

「………」

「宙に浮いた金づちが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私の突拍子もない話に反応を示さない本郷。話を聞いているのか多少不安にもなったが、集中によって閉じられていた口が開き始めた。

「…ここ、お祓いでもしてもらった方がいいんじゃないか?」

 本郷も突拍子もないことを発した。真面目な顔をして言っている分、決してふざけている感じではないようだ。冗談であれば軽口でも言おうと思ったが、そうではないと分かると反応するのは何か癪だったので、触れない方向で問題ないだろう。

 触れなければいけないところは多くある。事件の書類は急遽作られたため、完全なものではない。少し時間はかかるが、私は書類の補足をしていく。

「奇妙な点はこれだけじゃない。玄関や家の扉には犯人の指紋が検出されたが、凶器に使われた3つの包丁に指紋は検出されなかった」

「犯人は複数犯だった、それで解決するんだろうがその言い方だとつまり…」

「ああ、犯人は単独犯だ。()()()()()()()()

「扉は素手で触り、包丁は指紋を拭き取ったか手袋でもしていたのか…。いや、問題はそこじゃない、この事件は計画的ではないということか」

 ぶつぶつと唱えるように呟く本郷はチラッと私の方を見てきた。いや、少し睨んできた。本郷は察したのだ、私が彼のことを試していることを、私がこの事件の全てを知っていることを。きっとそれがあからさますぎて気に食わないのだろう。

「犯人とこの一家との関係性は?」

「ないな。現場から母親と父親の財布が盗まれていることから金銭目的だろうが、最優先の目的は案の定、()()()()()()だろう」

「あと3枚目の写真だけど、この散乱した家具は娘さんがやったのか、それとも犯人がやったのか?」

「ああ、この家具だが勉強机や棚たちを動かして部屋の扉を塞いでいたようだ」

「ちょっと待て。それじゃあどうやって犯人は娘さんを刺したんだ?」

 当然の疑問、あまりにも予想通りの反応すぎて呆気に取られてしまった。コホン、と咳ばらいをして私も本郷に問いかける。

「……どうやって家具をどかしたか、知りたいか?」

 私のこの言い回しから嫌な予感を感じ取ったのだろう、本郷は再び顎に手を当てて考え始めた。そんな彼のことを気にせず、私はその答えを口にする。

「扉を塞いでいた家具たちは、()()()()()()()()()()()()()()()

 言った瞬間に、はぁーと本郷は盛大にため息をついた。本郷にとっても予想通りの答えだったのだろう。

「なあ、本当に幽霊の仕業なんじゃないか?」

「幽霊の仕業なら、この話が私たちのところにくるわけないだろう」

 2度目の幽霊発言であるが、先ほどとは異なり諦めているのか、本郷の顔は引きつっている。2度のスルーは私も気が引けるので、少し呆れながら答えていく。

「残りは作戦会議前に目を通すようにな。さて行くぞ」

「行くって…。ああ、なるほど」

 私たちの話は思った以上に長く続いていたようで、蓮花と美鈴の買い物が丁度終わった様子だった。2人と合流して帰ることにしよう。

 横にいる本郷の顔は何か浮かばない表情をしていた。何か思い悩んでいるような、そんな感じだ。この仕事に関わって丸1年、未だに慣れていないのだろうが、それは仕方がない。彼は優しい、だからこそ、この仕事は彼にとってはあまりにも過酷すぎる。私から本郷に言える言葉は少ない、私は優しい人間ではないのだから。

「犯人は分かっている。他の連中にも連絡がいっている。必ずしもこの塔屋市にくると決まったわけじゃないんだ。そう気張る必要はない」

 私から言えることはこれくらいだ。だがその時は気が付かなかった。言い換えるならば、塔屋市に来れば仕事に必ず参加しろと言っていることに。

 私はまだ言葉が足りないことをもっと恥じるべきだった。

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