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Emotional Colors  作者: 上川 千尋
第0章
1/12

「ーー」の断章①

※お読みになる前に目を通していただきますようお願い致します。


この「第0章」はあくまでも断章であり、この章のみを読むことで本作品の内容が明らかになるということではありません。

初めて本作品に目を通される方は、「第1章」からお読みになることを強く推奨します。

「第1章」等の本章からお読みになり、その後に「第0章」をお読みになると本作品をより楽しむことが出来る、かもしれません。

―――部屋の外からこっちに近づく音がする。

 ゴツゴツと発する音はどこか重厚感があるが、廊下に響き渡るには充分だった。その音で、冷たい壁にもたれかかっていた私は目が覚めた。こんな起き方はあまりしたことがないためか、目覚めは最悪に等しかった。私がいるこの部屋はとてもシンプルで、多くの情報がこの目で見て取れた。

私の背の向こうにある扉は薄汚れた灰色で、いたるところに爪で引っ搔いたであろう傷が存在する。よって扉の奥の様子なんて分からない。

 私の目の前にある薄汚れたベッドは酸味にも似た異臭を放ち、とてもじゃないが使おうとは思えない。よってこのベッドの寝心地なんて分からない。

 部屋の中を見れば、今にも足が折れそうな小さな机と掃除なんて経験したことのなさそうな洋式の便所しかない。よって今が何時かなんて分からない。

 私の身長では届きそうにない唯一ある窓には窓ガラスなんてなく、僅かに淡い光が差し込むだけ。よって天気なんて分からない。

 「分からない」という情報がこの部屋から見て取れる。それ以外は何も感じないし、思わない。この部屋が嫌だとか、出たいだとか。

 そんな望みに意味はないから、意志なんて持っても何の役にも立たないから。

 声を上げても、泣き叫んでも、地団太を踏んでも何にも変わらないから。そう、変わらないなら何もせず、ただ受け入れればいい、『服従』すればいいだけだから。望むことなんて忘れればいい。

 けれど、それでも私の口は小さく開き、かすれた声で唱えるように呟いた。

「…助けて。……とうさん、かあさん」

 続く言葉を言おうとした瞬間、ダンッ、と大きな音が後ろから聞こえた。

「――さん」

 扉を足で蹴って開けたのだろう。その音は私に『恐怖』を与え、私の呟いた言葉と望みを打ち砕いた。

 上手く体に力が入らず、何とか首と頭だけ扉の方へ向けたが、すぐに向くのではなかったと『後悔』した。

 電気もつけていなかったこの部屋はどちらかというと闇に近く、扉から光が差し込んだ。私の瞳に映ったのは、全身が黒にまみれた実態のある3つの影だった。

 影の一つが私に近づき、手を伸ばしてくる。その手は手袋をしているせいか私の肌に触れた瞬間、ひんやりとした感覚が肌を走る。よほどいい断熱性を持つ手袋なのだろう、そんな冷たさを感じさせないほど、影は動きの激しい機械のように私の左腕を荒々しく、力強く掴み上げた。

 目が慣れてきたのか、私を掴んだ影の実態を理解できた時、私の右頬に痛みが走った。

 単純な話、ぶたれたのだ。反抗的な態度をとってしまったからか、何か気に食わないところがあったからかは分からない。影に腕を掴まれながらぶたれた反動によって少し体が揺れている中、影から声が発せられた。

「早く起きろ。時間は限られているんだからな」

 理解した、この影にとっては朝の挨拶代わりのようなものなのだと。挨拶は言葉で行うものなのだと思っていただけに反応が遅れてしまった。挨拶されたなら返さなければならないが、生憎口が動かない。

「今日で4日目だ、昨日よりもこなす量は多いからな」

 この影は私の左手を引っ張り、私を部屋から出すために廊下の方へ放り出した。廊下全体に広がる明かりは影を払いのけ、私を迎えに来た人たちは私なんかよりもずっと大きい男の大人3人であることが判明した。

「おいっ、さっさと歩け!」

 地面に這いつくばり、何とか体を起こそうとするが腕に力が入らない。立ち上がることもままならない私に、苛立ちを隠せない男は『怒り』を込めて大きく声を荒げた。

 言うことを聞かないペットを躾けるかのように、男は『恐怖』で私を言いなりにさせたいのだ。だが、体が動かないのだからこればかりは仕方ない。

 声を荒げた男の後ろにいる2人目の男はクスクスと笑っている。私が男からの威圧的な『攻撃』を受けるのが面白いのか、私の反応が『期待』通りなのか、その顔は『喜び』に満ちている。それがその男の趣向なのだと思うと、あまりにも気色悪い、『軽蔑』に値する。

 ぶたれたせいか、起きた時よりも霧のようにぼんやりとした思考は徐々に晴れていく。だが、それは『喜び』にはならない。男たちへの悪態は止まらない、そして同時にこの仕打ちに抗う力を持たない自分に『憎悪』を感じてしまうから。

「どいて下さいっ!…君、立てるかい?」

 そんな状況下で、床に這いつくばっている私に手を差し伸べる3人目の男。暴力を振るう男と気味悪く傍観する男に嫌気がさしたのだろうか、暴力男を押しのけて、私の前に現れたのだ。

 頑張って顔を上げ、その視界に入ったのは白い手袋をはめ差し伸べられた右手と複雑な表情を浮かべた他の2人よりも一回りほど若い男。2人の仕打ちを止められない無力感からか、人を助けたいという正義感からかは分からないが、後ろに控える2人に睨まれながら若い男はこのような行動を起こしたのだ。


―――そんな男の行動が、ただ不快だった。

 きっと男は知らないのだろう。

 アメとムチほど最低な行いはないことを。

 手を差し伸べられた手を掴んでも、つらい現実は変わらないことを。

 男の手が、私には辛い現実に誘う悪魔の手に見えていることを。

 だから、私は差し伸べられた男の手を取ることはせず、力を振り絞って自力で立ち上がった。もうするな、と男を睨みつけ、『拒絶』の表情を添えて。

 手を取ってもらえないとは思わなかったのだろう、若い男は『驚き』を隠しきれていない。

 ふらつきながら歩く。余計な感情や思考を捨てるように、息を吐きながらただ歩く。

 ここ数日引き籠るように「仕事」をさせられている部屋に向かう。誰もいないのだろう、その部屋はまだ明かりはついていないが、ドアを閉められていても外まで部屋の中の冷気が溢れ出ている。

 私の後ろからゆっくりと歩いてきた暴力男が部屋のドアを開けた。

 暴力男は部屋の電気をつけたが、私は床を見るように視線を斜め下に向ける。課せられた仕事を数日こなしているが、「それ」を視界に極力入れたくない。

「じゃあ、今日もよろしくな」

 暴力男がそう私に言うと、机の上に掛けられた黒いシートを取り払う。時間を置かずに残りの2人が部屋の中に入り、私が部屋から逃げないようにドアの鍵を閉め、私の両サイドに立っている。

強い圧迫感を感じるが、そんなことはどうでもよくなる。気にする余裕なんてなくなるのだから。

 私は今日初めての「それ」に触れる。私にできることは、ただ自我を強く持つだけ。そうしないと戻ってこれなくなる、思い出せなくなる。私という人間が、確かにこの世界に存在していることを。

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