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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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45話 少年と思惑

「……お気遣いありがとうございます。確かに、私はまだあなたのことが怖いです。今も緊張しています。……ですが、もし、わたくしが誰かを傷つけようとしたなら、間違いなくあなたが阻止してくれると思うんです」



 気づかわしげな目を真っ向から見る。侮蔑などない穏やかな目だ。それでも彼ならば、私が道を違えようものなら殺してでも止めてくれるだろうという確信があった。

 私を殺すかもしれないという恐怖は、私を止めてくれるだろうという安堵でもあるのだと気づいた。



「誰かを傷つける予定が?」

「あ、ありません! ですが絶対に、誰かに利用されない自信があるわけではありません」

「誰か、主にエンファダード叔父上だね。君のフレッサ伯は叔父上についてる。ともなると君にまで叔父上のご意向が降りてくるかもしれないわけだ」

「……ええ、」

「今までのループで君が利用され、切り捨てられてきたように」

「…………ええ、泥船とわたくしは存じていますが、未来を知っている理由と根拠を父には説明できませんので」



 殺されそうになった側が完全に裏の事情を看破しているというのは酷く胸が詰まった。私は加害者だが、利用された側でもある。それを被害者に慮られる不甲斐なさは耐えがたいものがある。彼は、事情をすべてわかったうえで幾度となく殺されかけていたのだ。



「ならなおさら僕らの傍にいると良い。君は叔父上側の指示をこちらに筒抜けにしてくれればいい。一人で抱え込む必要はない。そうすればこちらも対応しやすいし、どうせ叔父上は泥船だ。君の家が沈みかかったら君のことをスパイにしていたとでも言って、さもこちらの派閥であったかのようにすればいい」

「それは……あまりにも虫がよくありませんか?」



 ラウレルは軽く笑うと、1枚のクッキーを私の口へ突っ込んだ。



「貴族にとって面の皮の厚さって大事だと思うよ。それに最悪そちらの責任は全部フレッサ伯に擦り付けて、君の伯父上が当主になればいい。たぶんお家の存続的にはそれでも十分じゃないか」



 あっけらかんとなんでもないように言い放つラウレルに少しだけ心が軽くなった。次期王がそれで良いと言うのならそれで良いのではないかという気さえしてくる。実際にどれほどの反発があるのか、それは起こってみないとわからない。けれど私一人で家も、命も守らなければならないという重圧は少しだけ軽くなった。


 口の中に広がる優しい甘みとバターの香りに緊張がほどける。そして私の口の中のものを飲み込むとグラナダがじっと私の顔を覗き込むように見えた。



「君は一つ勘違いしている」

「な、なんでしょうか……」

「俺が守るのは殿下だけじゃない。だから君が誰かを傷つけるのを阻止するだけじゃなくて、君のことを守りたい」

「ボタニカさん、」

「グラナダで良い。俺は君の仲間だ。俺は君のことを守りたいと思ってる」



 まっすぐこちらへ投げかけるられる言葉がすべて本心だというのはわかった。

 グラナダ・ボタニカ。

 王太子の護衛であり友人。無骨一辺倒な真面目で、最後には命じられてもいないのにピナ・フレッサを危険視し独断で殺害した騎士。


 どこまでも忠実で、王太子を守るためなら手段を選ばない。

 ただその守る枠の中に自分を入れられるというのは酷く落ち着かなかった。

 私のことを殺してきた人間が、今では本心で私のことを守ろうとしている。早鐘を鳴らす鼓動が喜びからなのか恐怖からなのかわからなかった。ただそこには多分に戸惑いを含んでいることは想像に難くない。



「君に俺が怖くないと思ってもらうまでにまだ時間はかかるだろう。それは仕方ないと重々わかってる。だがそのうえで、今の俺は君のことを守りたいと思ってることは信じてもらいたい。君が俺たちの傍にいてくれるなら、俺は君を守ることに尽力し、君のことを傷つけることは決してないとわかってもらう努力をする」

「い、え、そんな、それは」

「駄目か?」

「ひぇ……」



 あまりの押しの強さに恐る恐る目を逸らしラウレルに助けを求めるが、彼はあからさまに不機嫌で、不満げに口をとがらせていた。



「……グラナダ、君のこと“も”守るじゃなくて、君のこと“を”守るって言うあたり狡いよね」

「放っておいてくれ」

「ピナも、正直で良いよ。君はグラナダが怖いかもしれない。でも彼が嘘をついているとは思わないだろう」

「それは、もちろんです。本当に真摯に仰っていただいていると」

「それがわかれば良いし、グラナダも無駄に圧を掛けるな。僕らの前には長い時間が横たわる。払拭するにはそれなりに時間がかかるだろう。お前の償いをこの子に押し付けるべきじゃない」



 クッキーを三つ片手で持つと、グラナダの返事を待つことなく口の中へと突っ込んだ。そして私へと向き直る。



「ピナ・フレッサ」

「はい!」

「僕がさっき入学したら一緒に行動したいって聞いて、楽しそうだと思っただろう?」



 思わず口を引き結んだ。顔に出していないつもりだったが、彼には筒抜けだったようで、それは確認ですらなくただ事実を並べているだけのようだった。



「君は自分のことをとても責めている。初めてライラと話した時と同じように。僕らにも、周囲にも、申し訳ないことをしたと思い続けている」

「……それだけのことを、しました。私の意思に反していたとしても」

「でもここでは何も起きていない。君は善行しかしていないはずだ。グラナダを助け、伯父上を助け、薬によって多くの国民を救った。僕らの物語の結末は、もう見えている。数年後だ。あと数年、16歳になった時、すべてがわかる。未来が変わったのか、それとも変わらなかったのか」



 残された時間を提示され、私は思わず息を止めた。自覚していた。21回目のループが始まった時からずっと指折り数えていた。

 あと5年。目の前に終わりは迫っていた。



「君はそれまで、すべてを贖罪に費やすつもり?」

「費やす、べきでしょう。そして未来を変えるために」

「いいや、そんなことはないさ。楽しいって思ったって良い。好きなことを楽しんだって良い」

「でも、」

「君が楽しいことを選んでも誰も咎めない。君が楽しいと思って選んだ道は、間違いなく未来を変える。……今までループしてきた君は、楽しいと思ったことがあったかい?」



 答えなんて決まっていた。悩む間もなく、楽しいなどと思ったことはない。

 最初は様々な感情があった。けれど王太子を追うばかりで、他人を蹴落とそうと画策するばかりで、周囲を傷つけるばかりで、楽しさなどなかった。

 それ以降はずっと、勝手に進む物語に振り回されてきた。

 楽しさなど寸の間もなかった。



「苦しい道も、楽しい道も、同じところにゴールするなら、楽しい道だっていいじゃないか」



 いつもいつも、私に殺されかけてばかりいた王太子は、優しく軽快に笑いかけた。



「……わたくしは、」



 緊張で舌が喉に貼り付いていた。

 けれどもう、私が出した答えなんて目の前の人はわかっていて、そしてそれを咎めることなどないことを、私はわかっていた。



「あなた方と一緒に、過ごしてみたいです」



 罪深くて、うまくできない不安ばかりの私と、強く美しく少しだけ怖い聖女のライラ、大らかで泰然とした王太子のラウレル、怖くて、それでも私に優しく接しようとする騎士のグラナダ。

 どう想像したってアンバランスだった。このメンバーに私がいるのが不自然だった。

 けれどもしこの4人で過ごせたなら、この4人で最後の時を迎えられたら、すべて何とかなるような気がした。


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