44話 少年と思惑
「さて、多少の行き違いがあったようだけど、まあこれで関係についてはマシになったかな。ピナ、僕らは誰も君を恨んじゃいない。君のことを傷つけようとも思っていない。君はそれも同じだろう?」
「ええ、もちろんです」
どこか芝居がかった様子で話すラウレルの言葉に同意する。今更ラウレルにそこを疑われているとは思わないが、グラナダの手前緊張感が拭えない。
顔を合わせてから今に至るまで立ち尽くしていた私たちをラウレルは少し呆れたようにテーブルへと促した。テーブルの上に置かれた紅茶は既に冷めていたが、今更そんなことを気にする者はいなかった。テーブルの上に置かれた冷めた紅茶、皿の上の茶菓子は舞台のセットのように白々しかった。
「今のところこの世界が繰り返されてきたことについて知っているのはこの場にいる3人と聖女であるライラだけ。他に大筋で関わっていた者や予言者といった特殊な立ち位置の者も誰もそのことを認識していない。……巧みに誤魔化している者もいるかもしれないが、普通に考えれば繰り返され続ける世界から抜け出すために協力を申し出るだろう」
「少なくとも、俺は自分一人でどうにかできるとは思わなかった。だから早めに殿下へ接触したかった」
「実際、僕らは全員今までよりも早くお互い接触している。目的は全員同じはずだ。“このループから抜け出したい”」
ラウレルの言葉に強く頷いた。
最初こそ、私の願いは“死にたくない”だった。もちろんそれ自体は変わっていない。ループの場合私は必ず死ぬことになる。だが私の死亡後、世界がループしていたことをライラたちから聞かされた今では“ループから抜け出すこと”が目標だと思っている。
「僕らは協力してこのループ、ライラに言わせれば“くだらない勧善懲悪のストーリー”から抜け出したい。……もちろん、本当に抜け出せるのか、違う未来を辿ってもまた繰り返されるんじゃないのか、すべてが不明瞭だ。だが僕らは何一つ確かなことなどないこの世界で足掻かなければならない。足掻くほかない。それでそれぞれ、今までのループとは違う行動をしてきたはずだ。口裏合わせなどなくても、僕らは各々の方法で未来を変えようとした」
私はトラブルの原因となっていたラウレルを含めた他者との関係を極力絶ちつつ、森の薬草や薬の研究をした。死ぬはずだった伯父を助けるべく、会うのはずっと先だったはずのライラに接触した。
ライラは自由に教団や信者を使えるように奇跡の行使のタイミングや予言者との発掘を早め、王家との関係を持つためにラウレルに接触した。
ラウレルは私やライラのサポートをしつつ、自分を廃嫡しようとする王弟派閥の動きを探りながら自派閥への引き入れを精力的に行っている。
グラナダは東方騎士団所属だったがそちらで活躍するとともにラウレルに引っ張られラウレルの護衛となった。そして偶然ではあるが、早々に私との接触も果たしている。
「既に、今までのループの内容とは大きく異なっている。あれほど猛威を振るったサンクダリアの流行もピナとライラのおかげで死者数は大幅に減った。この調子でいろんなことを変えていけば、ピナが死亡し、その直後世界が巻き戻る、なんてルートにはならないはずだ」
多少楽観的でも、足掻くと決めたからにはすべての行動には意味があると思いたかった。不安などないとでも言うように、ラウレルは皿の上のクッキーを口へ放り込んだ。
「来年には学園への入学を控えている。ピナも自領から出てきてほとんどの時間を学園で過ごすことになる。本来ならピナとライラはそこで初対面、極端に僕に絡んでくるのもそこからだ。だがもう僕らは知己であり腹の中もよくわかってる。だからできるだけ僕らは一緒に行動したいんだ」
「……俺は殿下の護衛だからわかる。だが二人もまとめる必要はあるのか。それぞれ本来所属も違う。立場もそれなりで取り巻きもできるだろう。使える札は多い方が良い。ばらばらに動いてそれぞれで地盤を固める方が効率的じゃないか」
「いや、二人も一緒の方が守りやすい。それに取り巻きなんていてもろくでもない。本人の意思がなくとも周囲が勝手に動いて最悪の結果になることもある。特に学生のうちのそれはいわゆるやる気のある無能のようなもの。害悪でしかないさ」
4人一緒に学園生活を送る、というのは考えたこともなかった。
入学した後も似たような形で、私は目立たないよう引きこもりつつ、裏で協力するくらいのつもりだった。それで十分であり、それが安心であると考えて。
いつも私は、取り巻きに囲まれながら、ラウレルたちのことを見ていた。話しかけに行けば対応はされるが、仲が良いなどと言える関係にはなれず、周囲の取り巻きは私にとって都合の良いことだけを口にした。
いつもいつも、自由がなく、終わりが見えている、そんな学生生活だった。
でももし、ある意味気心知れた人と過ごせたら、それはどんな日々になるのだろうか。
ずっと、生き残ることだけを考えて、そのために立ち回って来た。
けれど今初めて、想像した学園生活に心躍った。罪を重ね続けた私が、そんなものを欲しがって良いのかという罪悪感を抱きながらも、あるかもしれない未来に胸が高鳴った。
「あ、あの」
「うん、なんだい?」
「これって私たちだけのお話じゃないですよね……? ライラ様のご意向もお聞きしてお話した方が、」
当然のようにライラも数に入れられているが、当人がここに不在だ。そして反対しているように聞こえるグラナダの言葉からもライラの意思を確認したように思えなかった。実際、地盤を固めていくスタイルをとっている私に対し、ライラはフットワーク軽く信者を集め、仲間を増やしている。彼女のやり方を考えると、別で動きたいという可能性も十分あった。
二人は顔を見合わせると、グラナダは鼻で笑い、ラウレルはあからさまに目を逸らした。あまりにも知っていた二人の様子とは違う仕草に目を奪われる。
どういう意味かと二人を見ているとグラナダがため息を吐いた。
「……ちょっとライラと色々あってな。とりあえず外堀を埋めてからライラに話を持っていきたいらしい」
「外聞が悪いなグラナダ。今回ピナを王都へ呼んだのは君と会わせるためだ。ならライラがここにいなくてもおかしなことじゃない」
「対外的に、王太子が薬の話について聞きたいって言うならライラがいるのはおかしくないし、俺たちの間柄についても知ってるんだからむしろ最初からライラがいた方が自然だろ」
「聖女は忙し」
「さっきピナに“会いたければ呼ぶ、明日には会える”って言ったのはあなただろう」
見事な正論にラウレルはわかりやすく不貞腐れ、グラナダは面倒くさそうにため息を吐いた。
「まあライラのことは別として、君はどうしたい。俺たちと一緒に行動するか、別で動くか。確かに傍にいてくれれば、俺としては万が一の時動きやすくていい。それに王太子の友人というのは君にとってもそれなりに都合が良いだろう。だが君は君で他の貴族たちとのパイプを作っておきたいと考えると、多少動きづらくなるかもしれない」
確かにどちらにもメリットがあった。
一緒に動いていれば、万が一私がラウレルに危害を加えるようなことになってもグラナダがすぐに阻止してくれるだろうし、ライラが傍にいればすぐに思惑を看破してくれるだろう。だが王太子たちと行動を共にしていることがエンファダードに知られた場合、其れこそ暗殺でも命じられそうだ。一方で私は人の扱いがうまくない。取り巻きをうまく利用するだとか、パイプを広げるだとかといった方面に自信がなかった。別で動いたところで今と同じような引きこもりになるか、取り巻きたちに振り回されるかの未来しか見えない。
「それに、君も俺といるよりかは離れている方が安心できるだろう」
「っそれは、」
そのとおりではあった。私を傷つけることはないと誓ってくれたが、恐怖がきれいさっぱりなくなったかと言えば嘘になる。敵意がないことがわかっても、私のことを殺し続けた人であることに変わりはなかった。




