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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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35話 薬師と未来

「うふふふ! 見た? あなたのお父様のお顔! 傑作ね!」



 私の部屋へと来たライラはそれまでの慈愛を感じさせるような笑顔を取っ払って破顔した。



「いつ見ても食えない狐。見る目もないのに権力に擦り寄ろうとする、切り捨てるものを間違える。愚かなのに自分だけは賢いと思ってる顔、最高にむかつくの」

「ラ、ライラ様……」

「あなたのお父様をディスっているわけじゃないの。フレッサ伯爵をディスっているだけで。幽閉されてもなお、王弟についていれば何とかなると信じてた。馬鹿ね。間違えたと気づいた時点で引き返せば何とかなったかもしれないのに」



 彼女の話すフレッサ伯爵が、これまでのすべての父を指していることはわかった。なるほど確かに彼女は半死半生生き延びて、イエーロを幽閉してからしかその姿を見ていないのだ。

 ライラの座るソファの向かいに座る。ソファに寝転がる彼女を見ていると年相応の少女にしか見えなかった。少なくとも、つい先ほど一人の人間を死の淵から救い出す奇跡を起こした者には到底見えない。



「あのライラ様。改めて、伯父をお救いいただき、本当にありがとうございました」

「いいえ? 私は私にできることをしただけ。私が彼を助けたことよりも、あなたが私に助けを求めたことの方がはるかにありがたく思っているわ。おかげで予定よりも随分と早く介入ができた」

「では、当初の予定とは?」

「今から5年後、国内でとある病気が流行することをあなたもよく知っているでしょう?」



 ライラの言葉に息を飲んだ。

 今から5年後、このセミーリャ王国でとある感染症が爆発的に流行する。

 何度も繰り返す悪寒と発熱、頭痛に全身の痛み。発症から10日程度で苦しみながら死に至る病。



「サンクダリア……」

「そうサンクダリア。この国民の5%が死亡した、恐ろしい感染症」



 ライラは身体を起こし、感情の読めない表情で口にする。

思い出すだけで身体の芯が凍る気がした。

 多くの国民が苦しみ、死んだ。そしてそれはこのフレッサ領も例外ではなかった。そして領民が苦しむ中、私はただそれを恐れ、屋敷に引きこもっていた。病に苦しむ子がいると、床に伏して起き上がれない老母がいると、領民が訪れ、嘆いた。



「そして可愛いラズベリーパイ、あなたはサンクダリアの特効薬サンクフォールを作り出した」

「…………ええ、わたくしが偶然、作ったものでした」

「そのおかげで多くの国民が救われたわ。夏ごろから流行し、冬になったら流行も落ち着いた。その年以降、多少の流行が見られても特効薬のおかげで大量に人の死ぬことは避けられた」

「……そしてその特効薬の作成を独占したことで、フレッサは莫大な利益を得ました」



 狡賢く、嫉妬深く、癇癪持ちなピナ・フレッサ。最終的には王太子と聖女を殺そうとまでしたが、欠点ばかりではなかった。ピナ・フレッサには薬学の才能が、それを活かすだけの環境があった。

 サンクダリアの流行に当初私は怯えていた。外に出れば自分も感染するのではないか、屋敷の外にまで訪れる患者家族が疎ましく、恐ろしかった。フレッサ領は他領と比べると薬剤の流通や作成が盛んで、フレッサ家にもお抱えの薬師がいる。なのにどうして誰も治すことができないのか。せめて国内でうちだけでもなんとかできないのか。


 はたと気づく。

 誰もいないのなら自分が作ればいいのではないか。


 それはある種の天啓であり、自惚れと傲慢の発露でもあった。

 11歳の子供の思い付き。本来なら一笑に付されるだけなのに、私にはそれを実行するだけの環境が与えられていた。

 当時の私はまるで初めてお菓子作りに挑戦するような無邪気さと気軽さで薬を作っていた。

 存外勉強は嫌いではなくて、薬草や生薬の作り方、使い方を覚え、自分専用の薬研や乳鉢、秤を用意した。そして私は、巷で流布されているサンクダリアの症状からいくつもの試薬を作成した。



「……サンクダリアの主症状は悪寒と発熱。腹痛や呼吸器不全も見られたと聞いていますが、それらは主症状から起こる合併症であると推測したうえで、発熱にアプローチする薬を作りました」

「そうね。そしてそれはたぶん正しかった。サンクフォールを処方された患者は数日のうちに回復したわ。それこそ、教会が躍起になって原材料を探して回るくらいに」

「ええ、サンクフォールはそう、偶然にも正解でした。サンクフォールの開発後はその原材料となるルビアシアの樹の栽培地を増やし、フレッサの代表的な薬剤として各地に売るとともに、精製方法についても売りました」

「まあそれは自然なことね。大発明ですもの。そう簡単に他領に明け渡したり一般公開していては研究者の努力を軽んじるのも同義だわ」

「そう、かもしれません。……いえ、私は違いました。私はすべて、思い付きで薬を作って、思い付きで領民に試しました」



 ライラは笑顔のまま口を閉じて、淡い紫の瞳で私のことを静かに見ていた。



「サンクフォールは確かに完成しました。多くの人々の命を救うとともに、我が家に莫大な利益を齎し、王弟殿下へ媚びる材料として利用しました。……ですが犠牲として支払われたのは研究者たちの多くの時間や使用された薬草類ではなく、感染し助けを求めに来た領民たちの命でした」



 口にするのも悍ましい。そう思えたことに少しだけ安堵するが、どこまでも自分本位な感覚を同時に嫌悪した。ピナ・フレッサはどこまでもピナ・フレッサだと。



「わたくしは、効果の保証もされない、さして治験もしていない薬剤を、領民たちに試しました。ルビアシアの樹皮を煎じたものだけではなく、発熱に効くペカンペの実、解熱止瀉作用のあるカラヴァサの塊根、発熱時の発汗を促すエルダーの花、他に思いつく限りのものを。“熱に効果のあるものだから”と称して床に伏した家族のいる領民に渡しました。一時的によくなったものもいれば悪化したもの、中毒症状を発症した者もいました。……わたくしの思い付きの代償は、無辜の領民の命によって支払われたのです」



 あらゆるものを気軽に試し、症状が改善したようなら別の患者に再度試し、死に至ったのなら失敗したと記録し、別の症状が発症した者は副作用がある薬剤として新規に記録した。

 そこに罪悪感や懊悩はなく、ただただ人を人と思わぬ所業を繰り返していた。

 “熱に効果があるもの”その言葉に嘘はなかった。だがサンクダリアに効く根拠はまるでなかった。薬を受け取った者は誰もが咽び泣き、喜び勇んで家族の待つ家へと帰っていった。無根拠の、子供の思い付きの薬などとは知らず、神から授かった恩寵のように、希望の秘薬を手に入れたように。

 私は同じように、それを人生の回数分繰り返した。



「わたくしが咎を負わなかったのは、サンクフォールが偶然、本当に効果を見せたからでしょう。亡くなった方々は必要な犠牲だったのだと、誰もが当然のように思い、成功だけを褒めそやしました」



 生きている者にとっては、それはただの希望だからだ。その妙薬を使えるのならば経緯などどうでもいい。故に責め立てるようなことは口にしない。

 死んだ者は、責め立てる口すら持たない。



「でもラズベリーパイ、あなたが数多の人々を救う薬を作ったのは事実だわ。そこにどれほどの死体が積まれていようと、その死体の数を超える人々が救われたの」

「しかし、私ではなくもっと経験を積んでいる薬師が治験を行ったなら死亡するケースはもっと少なく済んだことでしょう」

「薬師はいたんでしょう。そして薬師たちの手には負えなかった。だからこそ爆発的な流行を止められなかった。……あなたが行ったことは、きっと誰かがやっていたわ。でもあなたが一番最初に行った。多少の死体も、アガヴェーはお許しになられるわ」



 再びソファに寝転がってあくびをするライラに戸惑う。

 神に仕える聖女だというのに、主神たるアガヴェーの名を随分カジュアルに口にする。ただ私の後悔も罪悪感も取るに足らない、興味のないことだと言いたげだった。



「まあそれはいいわ。とにかく私がしたいのは相談。5年後に起こるサンクダリアの大流行と人口減少。これを止める、あるいは予防する方法があるって言ったらどうするかしら」

「そ、そんなことが……!?」



 そんなことができるのかと勢いよく立ち上がってローテーブルに脛をぶつけた。言葉にならない痛みに悶絶していると、ライラは天使のような笑みを浮かべた。



「その代わり、もし予防に成功してサンクダリアの大流行が起こらなかった場合、フレッサ家は受け取るはずだった利益の大部分を失うことになるでしょうね。あれほどの被害が出たからこそ、サンクフォールの特効薬の価値は吊り上がったの。ごくごく小規模な流行り病程度だったら価値なんてたかが知れてるわ。……大きな商機を逃す、獲得できると凡そ確定している利益をどぶに捨てろって言ってるんだけど、飲めるかしら?」


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