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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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34話 破壊と未来

「なぜ、そう思うのです?」



 ややあって、プロフェタは静かに聞いた。



「そうでもなければ、ライラ様があなたをわたくしの元に送りこまないだろうと思うので。わたくしはライラ様と面識がございません。にも拘わらず予言者という他に替えの聞かないあなたをわたくしの側に置いておかないでしょう。彼女はあなたをわたくしの側に置くことに何らかの価値を感じたのではないでしょうか。おそらく、あなたの予言を根拠に」



もはやそうとしか考えられなかった。

 そしておそらく、これまでループしてきた世界でも同様だったのだろう。

 プロフェタは何らかの私に関する予言を行い、ライラはその予言にそってプロフェタを私の元へ送り込んだ。

 プロフェタが私の前に現れた時から違和感はあったのだ。今までのループよりも遥かにはやいプロフェタとの邂逅はおそらく、聖女となったのが前倒しになったことと、それによりプロフェタの予言が証明されるのも早まったことで、私への接触も前倒しとなったのだろう。

 だが貴重な人材を割り当ててまで、私のことを気にする理由とは。

 そもそもどのような未来を、彼は視たのか。



「許可も取らず、勝手に未来を視てしまったことは謝ります」

「……いえ、話を聞く限りあなたも好きに未来を視ることができるわけではないのでしょう。謝罪などは不要です。ですが、」

「僕の視た未来を知りたいですか?」



 思わず息を飲んだ。

 はぐらかすこともできたはずだ。だがプロフェタははっきりと口にした。

 驚愕の後に頭を占めるのは幾重にも堆く積まれた迷いだった。


 自分は本当に未来を変えられるのか。

 21周目の結末は、またこれまでのものと同じになってしまうのか。

 また私は、人を傷つけて、何も助けることなどできないのか。

 そして同時に、明確な絶望感が足元から這い上がっていた。

 もし私の未来が草をはむ子羊のように人畜無害なものであるのなら、わざわざこんな予言者を傍に置く必要はないのだから。



「……伝えても、いいのですか? それを伝えることによってわたくしが、未来を変えてしまうかもしれませんよ」

「ええ、そうかもしれません」

「なら、」

「ピナお嬢様。僕はあなたの未来を変えるためにここにいるんです」



 黒い目が私を見下ろした。



「いつか起こりえる、視た災厄を防ぐために僕はここにいるんです」

「……わたくしが、災厄を引き起こす、と」

「僕はそう視ました」



 “災厄”彼はそう言った。

 舌の上でざらつく言葉を反芻しながら、思考の海に漂わせる。

 自身がしたことは、災厄と呼ぶにふさわしいことだったのだろうか、と。私がしたことは、殺人、および殺人未遂。おそらく、もっとも影響が大きかったのは王太子と聖女の殺人未遂だろう。それを“災厄”と呼ぶのだろうか。



「さぞ恐ろしい子なのだろう、と思っていました。だからこそ、小さなうちからかかわりを持てば、あなたを矯正できるのではないかと思ったのです」

「矯正はできそうですか?」

「いいえまるで。あなたはすでに人格が形成済みであるように思えました。僕が何を言おうと、あなたが変わることはないでしょう」



 彼の言う通り、すでに20回もの人生を歩んでいる私の人格をいまさら矯正するなど、いまだ年若い少年にはあまりに荷が重い。



「ですがあなたと話せば話すほど、あなたが好き好んで人を害するようには見えません」

「……ええ、わたくしは、誰であれ傷つけることを望みません」

「ただ同時に、必要に迫られれば人を傷つけてしまうこともあるのではないかと思いました。それこそ、今回の伯父様の件のように。……あなたは言いましたね。将来の夢は、みんなと笑って生きることであると」



 一瞬、なんの話か分からなかったが、すぐに屋敷を出る前にした話だと思い当たった。



「その願いはごくごくささやかで、何気なく、幼気だ。ですが夢は、と聞かれてその程度の、本来さしたる努力もなく手に入れられるはずのそれを切に“夢”として語るあなたにはきっと、その夢が困難であることがわかっているのでしょう。それこそ、大きな何かがあなたの夢を阻むことが」

「……わたくしは、予言者ではありませんよ」

「ええ、あなたはただ賢い。悲しいほどに。困難を困難と認識する力があり、自分の立場と周囲の状況を察する力があり、そしてある程度人をコントロールし得るほど賢しい。その歳に見合わず、悲しいほどに」



 思わず押し黙る。

 年齢に見合わず、賢いだろう、状況把握ができるだろう。当然だ。けれど私は、それでもまるで状況を打開できていない。景色を一変できるほどのこともできていない。毎日の小さな一歩に一喜一憂し、まるで本物の子供のように手の届く範囲の希望に縋りつき、手の届かない絶望に苛まれている。

 アルフレッドを助けるために聖女たるライラに会いに行く。私にとって一番の成果であるが、その果実はあまりに小さい。たった一人、未来を捻じ曲げるだけ。それもまだ成功するとも限らない。



「あなたは賢い。けれどそれゆえに罪を罪と知りながら、道を違えてしまうことがあるのではないでしょうか」

「それは例えば、」

「あなたとしてではなく、フレッサとしての行動を求められたとき。あるいはあなたの“夢”を質にとられたとき。はたまた高貴なる巧弁に迫られたとき」



 つい奥歯を噛みしめた。

 プロフェタが見た未来の私は、きっとまた何もできず、ただ愚かな傀儡として周囲を傷つけ混沌へ落そうとするのだろう。そうして“高貴なる巧弁”の主はあっさりとフレッサを見捨てる。



「小さな夢を守るため、大きな犠牲を払うことを、懊悩しながら選択する」

「……未来のわたくしはそうして、災厄となったのですか」

「ええ、あなたは災厄のピースでした。ピナ様自身を変えるために僕が来ましたが、僕はあまりに力不足でした。ですが、僕が変える間でもなく、あなたは変わっていた」

「わたくしが、もうすでに……?」



 微かに微笑むプロフェタに困惑する。

 私は、まだまだ変えられていない。確かに、今までのピナ・フレッサとは大きく変わっているが、彼が予言で視たという私の姿と、今の私の姿では何も変わっていない。知るだけで、何もできず、権力に押し流される無力で臆病な小市民。



「あなたはリスクを顧みず、アルフレッド様のために王都まで来た。立場も何も気にせず、家族を助けてほしいという自分の要求を通した。僕に殺されるかもしれない、フレッサ伯からの信用を失うかもしれない、その可能性を負ってでも、あなたは自分の考えを貫いた。あなたの中には諦念よりも強い、状況に抗う土壌があります」

「でもそれは、あなたの口添えやライラ様のご厚意あってのこと。それに庇ってくれたドロシーがいたからこそ、わたくしは行動に移すことができたのです」

「ならば皆がいてくれれば、あなたは来る未来を破壊することができるのでしょう」



夜の帳に相応しくない、暖かな風が頬を撫でた。じわりと胸の中に何かが燈る。



「あなたは一人ではありません。あなた一人で抗う必要はないのです。笑って暮らす未来のために、あなたが一人歯を食いしばることはありません。笑って暮らすなどというささやかな夢は、誰もが望むこと。皆手を取り、未来に抗えばいいのです。あなたの周囲の誰がいったい、あなたの切なる夢を否定しましょう」

「プロフェタさん……」

「僕があなたを矯正するなど甚だ思い上がりでした。ですがどうか手伝わせてください。僕は自由に動くことができる。あなたが使いたいように使ってください。僕は目となり耳となり、あなたの手足になりましょう」

「あなたはどうして、そこまでしてくれるのですか? ライラ様がそこまでおっしゃったのですか?」

「いいえ、そう決めたのは僕自身です。理由もわからず与えられた予言の力。なんのためにアガヴェーから与えられたのか、僕は理由を探していました。……ですがあなたの未来を視た時、最悪の未来を破壊するために、この力を与えられたのだと思ったのです」



 プロフェタ・バロという青年は、常に同じ行動をしてきた。

 未来を知り、その未来を防ごうとピナ・フレッサに接触する。便利な者として側にいながら、ピナ・フレッサという災厄の娘を変えようとしてきた。そして、ピナ・フレッサは何も変わらず、悋気と執着に身を浸しながら悪逆へ走った。何も変えられなかったプロフェタ・バロは、その後ピナ・フレッサが諸悪の根源だと証明し、災厄の娘を牢へと送った。

 きっと彼はこれまでの20回の無為な人生を覚えてはいないだろう。だが彼は21周目にして初めて、正体を私に告げ、未来を変えたいと言った。



「……わたくしは、きっとこれからもうまく動けないでしょう。フレッサの一人娘として、かの王弟殿下より目を掛けられた者として、迷い、逡巡して、足を止めてしまうこともあるかもしれません。わたくしは、いつか来る災厄は恐ろしく、そのような未来は変えたいと心から思います。それでもわたくしは、今目の前にある危機もまた恐れてしまう。大局を見る器はありません」



 私は臆病だ。

 度胸があるわけでもなく、並外れた頭脳や才能があるわけでもない。ただ死にたくないと、傷つけたくないと怯えるだけの凡人だ。



「それでも、わたくしに手を貸していただけますか?」

「もちろん。それからどうか一つ、覚えておいてください。僕はあなたに手を貸すことを惜しみません。ですがそれをお嬢様が気にすることではないのです」

「なぜ? わたくしはあなたに返せるものなどそうはないでしょう」

「僕ごときでは未来を変えられないから」



 口の端だけで笑うと、馬の腹を蹴った。馬は徐々にスピードを上げていき、私は舌を噛むことのないよう口を閉じて、前を見ることに集中した。

 轟々と耳元で音を立てる風の隙間から、低く声が聞こえた。



「僕は王族でも貴族でもない。崇められるような奇跡も起こせず、頼れる後ろ盾もない。予言者は常に、見て、誰かに話すだけ。人を先導するカリスマ性もない僕には、物事を一変させるような大きな力を持たない。ただ誰かに利用してもらうしかないんだ」



 それきり声は聞こえなくなった。

 私たちは次の駅へと黙々と走った。

 彼の見た、災厄と呼ばれる未来がなんなのか、ついぞ私は聞かなかった。


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