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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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30話 破壊と同盟

 たったその一言で、私が状況を理解するには十分だった。



「お久し、ぶりです……聖女様」

「うふふ、聖女様だなんて呼ばなくていいわ。気軽にライラ、とでも呼んでちょうだい。私もあなたのことをピナと呼ぶから」



 本当におかしそうに笑うと自身の腰かけるベンチの隣を小さな掌で叩く。早く座れとせかすように。知らず知らずのうちに息を止めている自分に気が付いた。

 かの聖女に、奇跡の代行者にただ一つ、お願いをするだけのはずだった。たった一つ、奇跡を起こしてくれと懇願するための拝謁であったはずなのに、今私の目の前には私の抱える人生の命題そのものが横たわっていた。


 目の前の少女は、少女ではない。

 私が幾度となく毒殺を図ったライラ・ブラウン・サウセが私を呼ぶ。

 まとまらない思考で、何とか足を動かし、ライラの隣に腰かけた。



「ライラ、さま」

「うーん、今はそれでいいわ。あなたとっても緊張してるみたい。顔が青いわ」



 紅葉のような手が私の頬に触れた。避けることも払うこともできず、ただ硬直すると、ライラはうっそりと笑う。



「本当、可愛い」



 喉の奥が引きつった。

 聖女とは、女神アガヴェーの声を聞き届け、奇跡を代行する、無垢で敬虔な少女。謙虚ながらに勇敢で、博愛を体現する慈悲深き信徒。そう教団は世間に触れ回り、誰もがそれを信じ崇めた。

 これのどこが、無垢か。



「ライラ、やめてあげなよ。ピナが本気で怯えている」

「だって可愛いんだもの。こんなに怯えて。あなたのことが好きで大好きで、毒を盛ってしまう伯爵令嬢。その恋心さえ利用されて、王弟殿下に傀儡にされた挙句使い捨てられて。必ず一人、塔から落ちて死んでしまう、ラズベリーパイ」



 彼女が言葉を紡ぐほど、私の体温が下がっていく気がした。

 私の死因に、彼女は直接関係しない。あまり話したこともなく、深くかかわったこともない。私はいつも遠目で見るばかりで。死ぬ瞬間も、はるか遠くでその存在を微かに感じる程度だった。


 私は、私を殺したグラナダ・ボタニカを恐れていた。その存在に怯え、その姿に、瞳に臆していた。

 なのにどうしてか、私の中の警鐘はグラナダと会ったとき以上に鳴り響いていた。グラナダとの邂逅は、逃げてしまえと本能がささやいた。けれどこの聖女を、ライラを目の前にするともはや逃げられないという諦めしか湧いてこなかった。



「かわいくて、かわいくて、とってもかわいそう」

「ライラ、」

「そう怯えないで。私はあなたのことをよく知ってるし、あなたも私たちのことをよおく、知ってるでしょう? 毒を盛った、かわいそうな魔女」

「追い打ちをかけるなライラ」



 身体の動かし方を忘れた私に代わり、ラウレルが私の頬からライラの手を引きはがした。

 ようやく吸ったきり吐くことのできなかった呼吸が再開される。

 彼女には聖女という称号よりも魔女という呼び名の方がずっと似合っている気がした。



「すまない、ピナ。彼女はちょと……情緒が残念なんだ」

「……聖女様は、ご多忙ですものね」

「そういうことにしておいてくれ」



 多忙であるが故に疲れていらっしゃるのだ。そう思わないと彼女の横に座っていられない気がした。以前はラウレルを恐れていたが、それよりずっと得体の知れないこの聖女の方が恐ろしい。



「まあ、私は再び相見えることをシンプルに喜んでいるだけだというのにひどい言い様。ええでもそうね、本題に戻しましょう。ピナ、あなたが会いに来てくれとても嬉しいわ。あなたがどうして私に会いに来たか、わかっているわ。でも敢えて聞きましょう。ピナ・フレッサあなたは何を希い、私の前に立つのです」



 菫のような薄紫の瞳が妖し気に輝く。

 何を願うのかわかっていると迷いなく言い切るライラに息を飲んだ。まだ私は何も言っていない。プロフェタも伝えてはいないと言っていた。今までの私のことを知っていたとしても、早々に死亡していたアルフレッドのことを知っているはずがない。



「私には、アルフレッド・フレッサという伯父がいます。伯父はフレッサ領にある広大な森の管理をしているのですが、先日何者かの襲撃を受け、今は昏睡状態となっています。既に医師も匙を投げ、手の施しようもなく、危険な状態で眠ったままです」



 少しでも真摯に聞こえるように、こちらの懇願が伝わるように、ライラの手を握り、祈る。



「ご無礼は百も承知です。今まで幾度となく、ライラ様や殿下を、殺そうとしておりました。罪深い私がこのように救ってくれなどと縋ることは厚顔極まりないと自覚しています。しかしもはや私たちにはなにもできず、神の御業に縋るほかにないのです。……聖女様、どうか奇跡で罪なき伯父をお救いください……!」



 決死の覚悟で頭を下げる。

 しかし待てど暮らせど肝心のライラからはなんの返事もない。時間をかけてここまで来たが、それが無為に終わってしまうのか、と自分の無力さを嚙みしめながらも、再度頼もうと顔を上げたとき、驚愕と戸惑いの表情を浮かべたライラの顔が目に入って首をかしげる。



「ライラ様……?」

「伯父……? あなた伯父様なんていたの……? っていうより21周目でようやく自由になったのに宿敵たる私に頼むことが親戚の救命……? しかもかわいいラズベリーパイが……?」

「ライラ、君の自信に満ちた物言いはある種のカリスマを感じさせ、聖女たる君の立場をより確固たるものとするのに役立つだろう。けれど少ない情報だけでその自信を振りかざすと大事故を起こすぞ。今みたいに」

「プロフェタに詳細を聞いておくべきだったわ……」



 先ほどまでの異様さや威厳はいったいどこへ行ったのか。わかっていると宣言したライラの予想を私は見事に裏切ってしまったようだった。



「ピナ、君は死の淵に立たされた伯父を救うため、奇跡を求めてこの王都、ひいては聖女の元に来た、ということでよかったかい」

「え、ええ。その通りです。……今までの人生では、関わることなく、記憶にすら残らず死んでいった伯父でした。しかし今回は伯父にはとてもよくしてもらっています」



 存在すら認識していなかった父の兄、アルフレッド。足手まといである私を嫌な顔一つせず森に連れて行き、たくさんのことを教えてくれた。動物たちのことを教え、薬草や薬の調合を教え、フレッサの在り方を教えた。ライラの奇跡に頼ると決めてから悲観しないと前を向いてきたが、過ごした時間を思い出すほど、目の奥が熱くなった。



「伯父は、死ぬ運命だったのかもしれません。今までの人生で彼がそうであったとおりに。ですが私は、この人生で初めて、伯父のことを大切だと思いました。生きていて欲しいと心から祈りました」



 20回死に、存在すら忘却された伯父。

 20回死に、死をもって私を諫めようとしたメイド。

 20回死にかけ、奇跡によって蘇った王太子と聖女。

 20回死に、ようやく自由に歩けるようになった私。



「私は運命を覆したい。たとえそこで死ぬ運命だとしても、その先の未来を手に入れたいのです」


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