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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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25話 聖女と邂逅

 アルフレッドの様子を隠れて見に行った夜。自室の窓から名前を呼ぶ。



「プロフェタさん」

「お嬢様、ここに」



 暗闇の中から現れたプロフェタは身軽に窓枠へと腰かけた。



「お嬢様、今宵はどんなお話をいたしましょう。西の街では塩の新たな精製方法が開発され、宮廷の勢力図に一石を投じています。東の街にある巨大な銀山ではとうとう銀が枯れたという噂でもちきり、」

「ねえ、プロフェタさん」

「ええお嬢様」

「私、聖女様にお会いしたいわ。きっと聖女様なら伯父様を救ってくれるはずよ」



 立て板に水のごとく軽快に回る口がやむ。

 にこやかな笑みはその口に湛えたまま、幼子をなだめるような声色に変わる。



「……心中お察しいたします。ピナお嬢様はアルフレッド様に起こった悲劇にお心を痛められているのでしょう。しかしながら、聖女様は大変ご多忙な方、西へ東へ駆け回り、哀れな者に手を差し伸べていらっしゃるのです。おいそれとお会いできるわけでは、」

「こうしている間にも、伯父様は旅立ってしまわれるかもしれません。そうなればわたくしはきっと、この世のすべてを呪いながら生きることとなるでしょう」

「……お嬢様」

「ねえプロフェタさん。わたくし思うの。助けを求めても救いはなく、すがるべき神様にも見捨てられ、頼れるはずの家族からの慈悲もない。……信じられるのは自分だけになった時、いっそわたくしは、なんだってできる気がするのです」

「……………、」

「だって何も怖くはないのですから」



 プロフェタは微かにたじろいだ。

 ただの幼女でしかない私の戯言を、聞き流すでも、宥めすかすでもなく。プロフェタは私のことを警戒していた。控えめに口角を持ち上げ、微笑む。



「ねえプロフェタさん。私のためなら何でもしてくれるって、言ってましたよね。私を聖女様の元へ連れて行ってください」

「ええ、いえ、ですがお嬢様、私にはできることとできないことが」

「わたくしは、あなたにできないことを言っているつもりはありません。できるだろうから、申し上げているのですプロフェタ・バロ」



 辛うじて浮かべていた笑顔が掻き消える。窓から飛び降りようとしたプロフェタのマントにしがみつく。そのまま降りれば私が窓から落下すると察したプロフェタはマントを捨てていこうとした。



「逃げるのですか? わたくしから逃げようというのですか」

「逃げる? とんでもない。今日のお嬢様はお疲れでいらっしゃるようなので、私は日を改めて」

「あなたの仕事はわたくしの見張りではなくて? ……わたくしが怖いから、職務を放り出して逃げようというのですか?」



 プロフェタの顔が驚愕の色に染まる。しらを切ることも誤魔化すこともできない彼はまだまだ幼い。だがそんなことに気を遣ってやる気はさらさらない。使えるものは使うべき。それが私の信条だ。20回生きては死んだ魔女を、年端もいかぬ少年があしらえるはずもない。



「街でのわたくしの行動に心を打たれた、そんな理由でわたくしに会いに来ているというのはさすがに動機がお粗末すぎます。あの程度でいちいち感銘を受けてついて回っていたら身体が足りませんよ。無理のある動機付けです」

「……では君は最初から私のことを信じていなかったのか。ならなぜ敢えて私の茶番に乗った? 早々に追い返せばよかったのに」

「このお屋敷の外、領地の外の話が聞きたかったのは、本当だったので。わたくしは、知らないことが多すぎます。だから単純に、あなたとお話をしたかったんです」



 それ自体は事実だった。広範囲動くことのできない私に対し、プロフェタはどこまでも自由だ。国中どこにでも行き、あらゆる物事を吸収して帰ってくる。どこにも行けない私の代わりに、彼は私と世間をつなぐ窓になってくれる。


 たとえ最終的に裏切られると知っていても、十分すぎるほどの価値が彼にはあった。

 烏の羽根のような黒い瞳が、ランプの明かりを反射して頼りなく揺れる。

 何が琴線に触れたのかわからない。けれどプロフェタはもう逃げようとはしなかった。



「ピナお嬢様、つかぬことをお伺いしますが」

「ええ、」

「お嬢様の将来の夢は何ですか?」

「将来の、ゆめ?」



 あまりに突拍子もない質問にオウム返ししてしまう。当のプロフェタはまるで至極当然のように私の返答をじっと待っていた。

 将来の夢など、迷うことなく決まりきっている。



「幸せに、生きること」

「幸せとは?」

「家族やお屋敷のみんなが笑って生きていられること。誰も傷つけず、誰も争わない。そんな風に、生きていたい」



 適当にごまかすこともできた。薬師になってみんなの役に立つことだとか、子供らしくお嫁さんとでも言うこともできた。

 けれどプロフェタは、それがさも大事そうに、真剣に聞くものだから、無難な回答に逃げてはいけないと思ってしまったのだ。

 私の口から出てくるのは、どうしようもないほど切実な願いで、他人にとってはいっそありきたりで無難な答えだった。



「お嬢様のその幸せには、家族が必要なのですね」

「ええ、誰一人、欠けることなく。わたくしは生きていたいし、わたくしの周囲の人にも生きていて欲しい」

「……そのためなら手段も選ばない、と」

「手段を選んでいられるほど、平坦な道とは思いません」



プロフェタはこちらの真意を探るように私の目を見つめ、それから私にマントから手を離すように言った。



「逃げませんよ、もう。あくまでも、戦いましょう」

「た、戦うのはちょっと……!」



 穏やかな顔で不穏なことを言い出すプロフェタに身構える。軽々しく2階の窓まで登ってくる彼と戦うなど、出来レースもいいとこだ。



「ふふふ、そういう意味ではありませんよ。お嬢様と戦う、という意味では決して。……ええ、ですがピナお嬢様の願いを叶えられる、とは即答できません。ご主人さまにも確認しなければなりませんので」

「即答できなくても構いません。でも、なるべく早く。あまり待ってはいられませんので」

「重々承知しております。ですが聖女様に来ていただけるか、アガウエーが奇跡を与えられるかは私程度では推し量れません」



 プロフェタは念を押すように私の顔を覗き込んだ。



「奇跡は決して、万能ではありません。すべての願いを叶え、すべての祈りを掬い取り、すべての嘆きを覆す、それは夢物語に相違ありません」

「……すべてを救えるわけではない、と」

「どうか、お忘れなきよう」



 どこか不安の残す言葉を置いて、プロフェタは窓から飛び降り、夜に消えていった。




 プロフェタが再び姿を現したのはそれから3日後のことだった。



「聖女様は、一度ピナお嬢様にお会いしたいと仰せです」


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