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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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20話 街と裏切者

 初めての外出は概ねつつがなく遂行できたと言っていいだろう。


 お土産としてイエーロにはマグカップを、アルフレッドには小さめの鞄を買った。お店で食べたマドレーヌとフィナンシェは周囲の使用人たちのお土産に。機嫌を良くしたアルフレッドが森への立ち入り禁止を解いてくれるとか思ったがまだまだそんなことはなかった。


 想定外に購入した壺と皿の中間のような陶器を持ち上げる。別に価値があるものではないが、液体を入れなければ使えないことはなく、乾燥済み精製前の薬草を入れておく薬壺としての役割を全うしていた。


 現在の街の様子、人々の様子、教会の様子を知ることができた。まだまだ表層だけで詳細は知れていないが、それは回数を重ねていけばいい話だろう。どうせまだまだ森へ立ち入ることはできないのだから。その間にできることはしておきたかった。


 今後自分が生きていくために必要なものは多い。金に、権力に伝手。どれも陳腐なものだがだからこそ馬鹿にはできない。常時からそれはあるだけで大きなアドバンテージになる。


 金は、フレッサにはある。だが私が自由にできるお金はない。だが元手ともなる商品の用意はできる。問題はどこで取り扱うか、だ。薬や植物を売ることができれば小金は手に入るだろう。だが流通の方法は考える必要がある。現状ではその辺りの目途が立たない。街を見て回ってニーズを集めてから具体的に検討した方がいいだろう。


 権力は、ないことはない。けれどこれも金と同じで私にあるわけではなくフレッサにあるだけだ。だから今はまだ昼のような使い方しかできない。わざと家紋の入ったハンカチを落とし、相手に確認させる。そうするだけで面倒臭そうな手合いの大半は撃退できる。そこから誘拐や強請りにつなげないなら、貴族と揉めることを平民は忌避する。圧倒的に見なかったことにするのが吉なのだ。これもまだまだ足りない。私はまだただのフレッサの令嬢だ。


 伝手、これが一番今の私に足りていない。フレッサ領から出ることのない私には知人や友人がいない。おまけに森に入り浸っているせいで誰かと話すことすらなく私の話し相手と言えば屋敷の中で完結してしまう。これから街へ出入りするにあたって、馴染みの店や顔見知りという間柄の者も生まれるかもしれないので、今はそれに期待しておく。


 とりあえず当面の方策はとにかく外に出ること、できる範囲で売り物になりそうな薬草や薬剤について研究すること。この二つだろう。出来ることは少ない。だがないわけじゃない。ならできる範囲で努力するしかない。

 できることがないとは逆に言えば目下解決すべき問題がないとも言えるのだ。

 依然として楽観視はできないが、それでもひたすら死に向けて直進するしかなかった20回の人生とは違うのだ。私は未来を変えられる。


 ふと、窓を叩くような音が聞こえた。

 虫がガラスにぶつかっているのか、それとも鳥がくちばしで叩いてるのか。

 今まで鳥がこんな風に屋敷まで来ることはなかった。けれど先日の怪鳥しかり、今の森は普通の状態ではない。少しの違和感だって無視するべきではない。

 窓ガラスにぶつかったり、叩き割って侵入することはないため、問題ないだろうとカーテンを開けた。



「ひっ……」



 そして後悔した。

 窓ガラスの向こうには一人の男が窓枠にしがみついていた。


 私の20回の人生、結末は常に同じで悲惨だったが、比較的人に恵まれていた。

 使用人たちは私のことを常に庇おうとしていたし、外部に作った子飼いの部下たちも、私に忠実だった。

 けれどたった一人、私のことを裏切った男がいた。



「窓をお開けください、お嬢様」



 ガラス越しのくぐもった声に脳内を掻きまわされる気分になる。

 これはあまりに想定していなかった。今までの出来事はある程度予想がついていたし、考える時間もあった。だがこれは想定外だった。


 プロフェタ・バロ。唯一私を裏切った部下。


 彼が私の目の前に現れるのは私が12歳の時、つまり本来なら6年後なのだ。今までの人生と時系列がずれすぎている。

 実際、窓にしがみつき人がよさそうな笑顔を浮かべるプロフェタは男、というよりもまだまだ少年だった。



「……っ」



 ここで私が悲鳴を上げるのは、不思議なことではない。廊下にいる使用人がすぐにでも部屋へ飛び込んできて、窓にへばりつく不審者は早々に捕えられることだろう。未来が変わりすぎる不安要素。そうして排除すれば逃げおおせたとして、私への接触は今後難しくなるだろう。


 プロフェタ・バロは私のことを裏切る。

 だがそれ以上に、私は彼の有用性をよく知っていた。

 私は迷った末に、意を決して窓を開けた。



「あなたは……」

「私はプロフェタ・バロ。日中街で助けていただいた者です」

「助け……」



 窓枠に腰かけたプロフェタの姿を見て、その身にまとう襤褸で日中見かけた乞食だと思い出した。古物商の皿を落とした乞食の男。私はただ目の前で暴力沙汰を見るのが嫌だったのと、道を塞がれるのが嫌なだけだったのだが、彼にとってそれは助けだと認識できる事柄だったらしい。



「見ず知らずの私のことを助け、脅迫的な店主に怯えることなくあしらわれたお姿に感銘を受けました……! お嬢様の落とされたハンカチの家紋から、こうしてつい、来てしまいました」

「ついって……」



 あまりにも無茶のある設定だ。そんなこと程度で執着されてたまるか。ハンカチなどわざと落とさなければよかった、と思ったが、なかろうとどうせ後を付けただとかで居場所は特定されただろう。



「お嬢様、お名前を教えてはいただけませんか?」

「……ピナ、ピナ・フレッサです、プロフェタさん」

「名前までなんて愛らしい……。ピナさま。ピナさまのお慈悲で私は救われました。私もあなたのお役に立ちたいのです。何かお困りごとはありませんか。私にできることならば何でもさせていただきます」



 跪き、まだ幼さの残る顔で私のことを見上げるプロフェタに、唇を噛む。

 この言葉を待っていた。いや、今までと同じように、プロフェタはあっさりと「なんでもする」と私に言った。

 他の人間ならただの戯言だと、本気にすることはない。だがプロフェタ・バロという男は違う。文字通りなんでもしてくれるのだ。ハイスペックで倫理観のない行い。どんな無理難題にもそつなく熟す。彼はドロシーと並ぶほど、私にとって欠かすことのできない人材だった。

 敬愛するピナのためなら、毒だって盛ってみせる。

 いや、最終目的を果たすためなら他人を傷つけることも騙すこともまるで厭わない。



「今は特に困っていることはありません」

「本当ですか? なんでもしますよ? それこそ、昼間の難癖をつける店主のことだって、指示をいただければ二度と店先に立つことのできない姿に」

「彼については興味ありませんわ。でも、そうですね……、私、お友達がいないんです。話し相手もいなくて、屋敷の外のこともあまり知りません。どうか私のお話し相手になってはくれませんか?」



 親愛の笑みを浮かべて彼に告げると、虚を突かれたような顔をした。

 きっと何か命令されると思ったのだろう。そうしてそれを遂行することで、私からの信頼を得る。そんな筋書きですり寄るつもりだったのだろうが、主導権をやすやすとくれてやるつもりはない。


 予定外のことだったが、彼が私を裏切るまでまだまだ時間がある。

 ならば今までの人生と同様、使える限り利用してしまいたかった。



「そんなことで、よろしいのですか?」

「ええ。それが一番の望みです。どうかプロフェタさんが外で見聞きしたことを教えてください」

「わかりました。ピナ様がお望みならその通りに。ですが困ったことやしてほしいことがあれば、いつでも呼んでお申し付けください。私はどこにいても駆けつけます」

「あら、それは頼もしいわ。ありがとう」

「……本気ですよ?」



 粘られようと、申し付けることはない。私は細く、長く、この便利なスパイを使いたかった。



「また、伺わせていただきます。合図をしたら、窓を開けてください。私があなたの目と耳になりましょう」

「ええありがとうプロフェタさん。でもどうか、窓から落ちたりお父様に見つからないようにお気を付けくださいね」



 プロフェタは笑顔で手を振ると窓枠から離れ闇の中へと消えていった。

 足音も何もしなくなったのを確認して、ゆっくりと窓を閉める。

 落ち着いて対応したが、今になって心臓がバクバクと音を立てる。よく整えられたベッドにダイブすると安心感に包まれた。


 プロフェタ・バロ。

 私に数年かけてすり寄り、幽閉直前に私を裏切り王家に私を売った男。


 だが私の予想が正しければ、彼は最初から私の部下ではなかった。

 誰かの命令により、私にすり寄ったスパイで、すべてが明るみになるところで元の陣営に戻ったとみるのが妥当だろう。


 なぜ彼が今までよりも6年も早く私の元へ訪れたかはわからない。けれど化かし合いならまだ負ける気がしなかった。

 乞食というには健康的な肉付き、社会の低カーストにも拘わらず他者にかみつこうとする姿勢、たった一度庇っただけで執着し家を特定してくる行動力。そのどれもが作られた紛い物だとわかる。


 まだ詰めが甘く、その甘さにさえ気づいていない子供だ。しばらくは十分私でも御せるだろう。きな臭さが出るまでは小間使いとして便利に使う。

 何より私の目や耳になってくれるのはありがたかった。私では得られない情報も、彼なら掴んで来てくれるだろう。

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