15話 怪鳥と邂逅
「不肖の身にて意見申し上げるご無礼をどうぞお許しください。僕はグラナダ・ボタニカと申します。この度は不本意とはいえ許可なく森へ立ち入ることとなってしまい申し訳ございません」
「いやっグラナダ、」
何事か話そうとする騎士団の青年、おそらく彼がグラナダの兄なのだろう。一瞥しただけで黙殺した。
「……続けなさい」
「はっ、ご息女の仰るとおり、お恥ずかしながら騎士団とともにいたところを、巨大な鳥に連れ去られてしまいました。森の中に降ろされ途方に暮れていたところを、ご息女が僕を助け、ここまで案内してくださったのです。ご息女に来ていただけなければ誰に気づかれることなく森の中で死んでいたことでしょう」
つらつらと言葉を紡ぐグラナダに目を瞬かせる。
彼はこんなに喋る人だったろうか。20回の人生の中でも、こんなにも長文を話す姿など見たことがなかった。私の知っているグラナダ・ボタニカ像とあまりにもかけ離れている。
主君でもないため膝をつくことはないが、きっちりと礼をとったままのボタニカを、聞く耳を持たないではいられなかった。
礼儀を守り、道理を守るからこそ、一笑に付すことも聞かなかったことにするわけにはいかなかった。
グラナダは微かに顔を上げ、イエーロに意味ありげな視線を送った。
イエーロは不快そうに微かに眉を顰めたが、ややあってため息を吐いた。
「……委細承知した。貴殿は不運にも鳥に攫われこのフレッサの森に落とされ、騎士団の者たちは鳥を追ってこうしてここまで来た。一方で我が娘は偶然鳥に攫われる貴殿を発見。森の主たる管理者であるアルフレッドが不在であることから勇敢にも単身森に趣き、不運な貴殿を森から助け出した」
「はっ、その通りでございます閣下」
「すべては偶然と必然だった。貴殿が攫われたことは偶然であり、それを騎士団が心配しここまで訴え出ることは必然である。我が娘は偶然貴殿の姿を確認し、フレッサであり森へ出入りする者として救出に向かうことは必然だった」
イエーロはそう締めくくるように言った。
私は思わず感嘆の息をついてしまった。
全方面を納得させ、黙らせる見事な手腕だ。いっそ小賢しいまでに。
今回、フレッサ伯爵と東方騎士団にはそれぞれ道理と傷があった。
フレッサ伯爵は、部外者に押し入られたうえ、領地であり立ち入り禁止地区である森に侵入された。けれどその一方で、森に住んでいる鳥が民間人を攫ったという可能性があった。イエーロは何も知らない。だが知らないからこそ“そんなものはいない、知らない”と言い張ることしかできなかった。万が一その鳥が領地に住むものであればそれはフレッサ伯爵もの持ち物であり、監督不行き届きと糾弾される恐れがある。
東方騎士団は、仲間であり家族を鳥に攫われた。それを追いかけて助けに行くのは道理だ。けれどやり方を間違った。何一つとして物的証拠を出せないまま、“自分たちが見聞きした”という主観的主張で伯爵家まで押しかけ、挙句森の入り口まで押し入ったのだろう。
監督不行き届きと礼を欠いた行い及び越権行為。
どちらにも引くに引けなかった。
だが当事者たるグラナダが怪我一つなく戻ってきたこと、助け出したのがフレッサ伯爵令嬢であったことで振り上げた拳の行き先を失っていた。
東方騎士団は鳥が仲間を攫い、フレッサ領へ連れていかれていたことを証明した。
フレッサ伯爵家は責任もって、少年を助け出した。
グラナダはこの二つの事実をもって諸々のことを水に流すように言外にイエーロへ伝えたのだ。
確かに状況自体は丸く収まっているが、管理できていない不穏な鳥がフレッサ領にいること、東方騎士団がフレッサ伯爵に無礼を働いたということは全くの別問題なのだ。
ただグラナダは自分が当事者であることを理由にそのすべてを有耶無耶にしようとしている。
そしてそれが双方にとってベターな落としどころだった。
「不運な事故だった。特に怪我がなくて何よりだ」
「いや何を勝手に終わらせようと、」
「今は黙っていてください兄上。いえ、心配かけた僕が言うことではありませんが」
「貴殿も不運なだけだったのだ。気にすることはないだろう」
いまだ落ちるべきところに落ち着いたことに気づいていない騎士団の青年はまるで心得いかないようだが、またしてもぴしゃりとグラナダが遮り、イエーロもそれに便乗する。
「……さて間もなく日も落ちきる。貴殿らとて王国の盾であり剣である。暇ではなかろう」
「お心遣いまことにありがとうございます。この度はご迷惑をおかけする結果となり申し訳ございませんでした。ご助力いただきましたご息女にも厚くお礼申し上げます」
本来であれば交渉の矢面に立つのも挨拶をするのも今ここにいる騎士団のうちの誰かだろう。少なくとも一伯爵の応対をするにふさわしいのは6歳かそこらの騎士見習いではないはずだ。
けれどグラナダ一騎士然として堂々とそつなく振舞った。それゆえに他の騎士たちも割り込んだり対応を代わったりすることができなかったのだろう。
グラナダは恭しく礼をするとくるりと踵を返した。
「グラナダお前、」
「帰ろう」
「は!?」
「もう暗くなる。伯爵もこう仰ってくださった。帰ろう、兄上」
「いやおま、」
「帰ろう」
先ほどの流暢な言葉たちが嘘のように、子供らしく、というか無駄を極限まで省いたような口調でぐいぐいと騎士たちの背中を押す。もっとも身長が足りず押しているのはそれぞれの腿やら腰やらなのだが。
騎士たちが何を言おうとも「帰ろう」以外に言葉を発しなくなったグラナダに観念したのか、こちらに不満げな視線を送りはしたものの、それ以上何も言わず騎士団たちは踵を返すと姿を消した。




