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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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14話 怪鳥と邂逅

 徐々に薄暗くなってきた森の中を進む。

 ある程度森の入り口が近づいてから、背に乗せてくれていたストルーティオーは足を止めた。彼らの行動範囲の端まで来たのだ。



「乗せてくれて、助けてくれてありがとうございます」



 私たちを背から降ろすために膝を折ったストルーティオーの頭を撫でながら誠心誠意礼を言う。怪鳥の逆鱗に触れ蜘蛛の子を散らすように逃げる最中どさくさ紛れて背中に乗ってしまったが、ストルーティオーは怒ることなくここまで連れてきてくれた。勢いに流されるようにそうしてくれたのか、それとも親切心からなのか、その表情からはうかがい知れない。ひとしきりなでてから手を離すと、すでに姿を消した仲間たちを追って、森の奥へと姿を消した。



「ここはどこなんだ?」



 日の落ちかけた森の中、私が先導して森の入り口へと向かう。ストルーティオーの降ろしてくれたここから入り口までは、歩いて30分もかからないし、特に危険な生物もいない。



「ここはフレッサ領。フレッサ伯爵家の膝下で、立ち入り禁止区域の森」



 橙色に染まる空。生い茂った木々が深い影を落としていて、振り向いても彼の顔は見えなかった。そしておそらく、彼からも私の顔は見えていないだろう。その事実に一人ホッとする。

 怪鳥から逃げている間は、興奮からか、ある種の全能感からか何も恐ろしくない気分だった。けれど落ち着いてみればやはり、私が助けたのは私を殺し続けた男だ。じわじわと恐怖が這い寄ってくる。再びあの青い目に見据えられたら、平静を保てる気がしなかった。

 木の根の這う獣道を行く。森の中も慣れて、薄暗かろうが迷うことはない。


 本来なら自分に死を与えた男と二人で歩くなんて正気の沙汰ではない。だが今ここにいるのは未だ罪を犯していないピナ・フレッサと、いまだ正義を執行する大義のないグラナダ・ボタニカだ。

 彼が今、私を殺す理由はない。



「フレッサ……」

「……あなたは、どうしてここに?」



 震えそうになる声を、何とか抑えながら質問する。

 なんの柵もない他人同士のように、今私は振舞えているだろうか。



「騎士団の訓練についていっていたんだ。兄が王国の騎士で……。だが平原で休憩中にさっきの鳥に襲われて、木にしがみついてたらそのままここまで連れていかれたんだ」



 おそらく、怪鳥は彼を攫ったつもりはなかったのだろう。良い巣材を見つけて、それを持っていこうとした。その巣材におまけがついていた、その程度だろう。下手したら巣材の周りに人間がいたことすら知らなかったかもしれない。



「不運でしたね」

「……いや、こうして森の奥地まで助けに来てもらえたんだ。それを思えば幸運と言えるだろう」



 風に揺れる木々のように胸の奥がざわついた。あの青い目が私の背中を射抜くように見ていることは容易に想像できた。

 一刻も早く森を抜けて貫くような視線から逃れたい一心で足を速めた。



「この森にはあんなに恐ろしい動物たちが住んでいるのか」

「わかりません。把握できないほどいろんな生き物が住んでいます。が、今回のような巨大な鳥は見たことがありません」

「君はこの森について詳しいのだな」

「まだまだ何も、知りませんよ」



 私の焦燥感など知らないように、淡々と言葉を紡ぐグラナダにいっそ怒りが湧いてくる。



「まだまだ知らないのに、あんな奥地まで助けに来てくれたのか」

「……あなたの姿が、見えてしまったので」

「放っておけなくて、来てくれたのか」

「…………」



 なんと返事をしたらいいかわからなかった。けれど見捨ててしまおうかと逡巡した思いなどなかったように、後悔はなかった。たとえいつか私を殺す男だとしても、無骨一辺倒な正義の男でも、見捨ててしまえばよかったとは思わなかった。

 居心地の悪さや、恐怖はある。けれど柔らかく胸に広がる安堵感は、今の私は自分の意思で考えて行動できるという自負からだろうか。



「ありがとう」



 思わず勢いよく振り向いてしまった。あの瞳の恐ろしさより、驚愕の方が勝ったのだ。

 あの男が私に礼を言う世界線があるのか、と。

 少年は夕日に照らされながら柔らかく笑っていた。橙色に染められた瞳は、敵意も侮蔑もなく、穏やかに私を見ていた。



「あ…………」



 それだけで私は、なんでもできるような気がした。

 私を殺し続け、いつか私を殺す男は、私を見て微かに目を細めていた。

 何も解決したわけじゃない。私の死亡する未来が、私が地獄を振りまく未来がなくなったわけじゃない。それでも、あれほど私に殺意を向け続けた彼が、慕わし気な顔を向けてくれる日が来たなら、きっとこれからも変えていける気がしたのだ。



「俺はグラナダ・ボタニカ。子爵家の3男。東方騎士団の見習いしてる」



 名前を聞くだけで恐ろしかった。思い出すだけで吐き気がした。けれど今彼の口から直接聞いた名前はするりと私の中に入ってきて至極自然に、この少年の名前なのだと。



「君の名前は?」



 私ははっとして口をきつく噤んだ。

 状況を見れば私が誰だかは明白だ伯爵家の領内の森に自由に出入りできるものなど、家の者にほかならない。


 もし、もしも彼に私と同じように20回分の記憶があったとしたら、そしてまだ私の正体に気づいてなかったとしたら。言い様もない不安が、一瞬にして安堵も安心感も拭い去る。

 名前を名乗った途端、彼は私を殺そうとするのではないのだろうか。

 つい先ほどの私のように。



「――――……、」



 ふと、森の入り口から声が聞こえた。



「今はまだ」

「なに?」

「……きっといつか、わたくしと仲良くしていただけるなら、その時はちゃんと、名乗ります」



 それだけ言って私は走り出した。

 走り出した私の後ろから、ややあって足音が聞こえてきた。

 もう私は、彼の顔を見ない。

 いつか彼は私の名前を知るだろう。知ったうえで、私と敵対することがないのなら、私はきちんと名前を名乗ろう。


 臆病な私がいなくなったわけじゃない。ほんの少し、強くなっただけだ。

 そうして、少しずつ変わっていこう。一歩ずつ強くなろう。

 魔女と罵られる未来をかき消すように。



「どいてくれ! 我々の仲間を攫った鳥がこの森に入っていったんだ! あんたが入らないなら我々は勝手に探す!」

「断る。ここへはフレッサ以外の者が立ち入って良い場所ではない」

「だったらあんたが探してくれよ! あんたの土地だろう!?」

「……王国騎士団は私が知らないうちに随分と偉くなったようだな。一騎士でしかない貴殿が、私に命令をできるほどの権限を与えられるとは思ってもみなかった」



 徐々にはっきりと聞こえてきた言葉の応酬に顔が引きつる。怒鳴っているのはおそらくグラナダの保護者である王国騎士団の騎士たち。そして嫌味っぽくにべもない返事をしているのが父だろう。

 森を抜けた先で待っている地獄のような空気を思うと足を止めたくなった。



「お父様!」

「……ピナ、どうして森から」



 目を見開き珍しく驚きを露わにするイエーロに笑ってしまいそうになるが、笑っている場合ではないのできゅっと顔を引き締めた。



「どこかから見たこともない大きな鳥が飛んできて、森の中へ降りていくのが見えたんです。しかもその鳥は男の子を掴んでいて……」

「……なぜそれを私に伝えなかった」

「一刻も早く森に入るべきだと思って……。お父様は森へお入りになられませんし、伯父様も今日は不在でしたので、つい……勝手をして申し訳ございません」



 素直にすべて見たままを報告する。

 おそらくドロシーは私が早々に帰ってくる、あるいはグラナダを探しに来る者がいないと思いイエーロに報告しなかったのだろう。だが今はそれが正解だ。うっかり彼女がすべて把握しており、そのうえで私を森に行かせたとあらばドロシーの首が物理的に飛ばされかねない。



「彼女を怒らないでください」

「グラナダっ!」



 間を置かず森から出てきたグラナダはイエーロの前へと駆け寄った。騎士団の青年たちから歓喜交じりのどよめきが上がるが彼はまっすぐイエーロのことだけを見ていた。


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