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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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12話 怪鳥と邂逅

 歩き慣れた森の中を走りながら考えを巡らせる。

 巨大な鳥がああも自然に降りられるということは、翼が引っ掛からないくらい木々が拓けたところだろう。奥に行けば行くほど森が鬱蒼としていて、火山の方まで行かない限りある程度開けている場所は限られている。実際、あの鳥は森を超えていかず森の中へと姿を消した。見つけるのは決して不可能ではない。

 森に一人で入るのは初めてだった。けれど今は何も怖くない。緊急事態であるからか、あるいは森に入ってもアルフレッドと距離があることが少なくないからか。


 ただ今もどかしいのは自分の短すぎる足だった。いくら森の中を普段から歩いていて一般的な貴族の子供より体力があるとしても、大人とは比べるべくもない。

 16歳だった私の1歩が、今の私にとっての2歩だった。疲れるばかりで進んでいかない。そして私が気にしているのは太陽の傾きもだった。あたりをつけられても、日没までに森の入り口まで戻れなければ、私の身すら危険に晒されることとなる。森には慣れているから多少日没を過ぎても大丈夫、と思えるほどの慢心はなかった。



「っなに」



 ふと茂みから音がして足を止める。

 ぐるぐるとした思考は一瞬で吹き飛んで、茂みの先に集中する。まだ森の浅い位置で、危険な動物はあまりいないはずだ。だが巨大な鳥が飛来し、それを恐れ奥から逃げ出す動物もいないわけではないだろう。

 息を殺して、姿が見えるのを待った。



「ストルーティオー……」



 グレープフルーツのようなサイズの藍色の目が不思議そうに私のことを見返した。



 何につけても、大事なことは度胸と勢いだ。

 軍馬もかくもな音を立てて勢いよく走るストルーティオーの首にしがみつきながらしっかりと前を見据えた。

 以前、私はアルフレッドとともにストルーティオーの背中に乗せてもらった。あの時アルフレッドとストルーティオーとの間にどんな話し合いがあったのかはわからないが、彼らは私たちに友好的だった。自分なりににこやかに、現れたストルーティオーに話しかけ、大きな鳥がいる場所へ連れて行ってほしいと頼んでみたのだ。人語しか話すことのできない私だが、ストルーティオーは実にあっさりと私が乗りやすいように膝を折った。

 私がしがみついたのがわかるとストルーティオーは勢いよく走り出す。夏と太陽を混ぜたような美しい羽毛に埋もれながら、行く先にどうか子供がいてくれるようにと願う。


 突如として現れたストルーティオーだったが、おかげで今私は時間を気にしなくて良くなった。



「どうかこっちにいてくれると良いんだけど……」

「キュエー」



 わかっているのかいないのか、ストルーティオーは頭上でけたたましく鳴く。地響きにも似た足音のおかげか、茂みを突き進む勢いと存在感のおかげか、私たちの道中を邪魔する者はいなかった。

 徐々に水の音が聞こえてくる。私が予想していた場所の一つだった。湖があれば当然そこは木々が開ける。野生動物にとっての生命線である湖や川は様々生き物が集まってくる。


 流れる川の音のほかにも、バシャバシャという自然には起こらないような水しぶきの音が聞こえてきた。

 ふと前方に人だかりならぬ鳥集りができていた。森の緑にも川の青にも馴染まないパッションフルーツのような鳥たちはじっと湖の方を見たり、お互いに顔を見まわしたりしていた。私をここまで乗せてきてくれたストルーティオーが足を止める。



「わたくしをここまで連れてきてくれて、ありがとうございました」



 高い背から半ばずり落ちるように降りて持てる限りの誠意をもって頭を下げる。ストルーティオーは感情の読めない返事をして群れの中へと混じっていった。


 ストルーティオーたちの太い足の隙間から、湖の方を伺う。湖には私の予想した通り、巨大な鳥がいた。いや、もはや鳥と表現することが間違っているのではないかと思えるほどの怪鳥だ。

 茶色がかった黒い嘴、真っ黒で大きな瞳、両翼を広げれば湖の半分が覆えてしまうほどの大きな翼。そんな怪鳥はまるでスズメが水たまりで水遊びをするように湖に翼を浸していた。


 息を殺して周囲を伺う。

 巣材と思しき大きな木の枝。毛繕いで抜けたらしい大きすぎる羽毛。そして近くの岩の傍に、子供の姿が見えた。



「いた……!」



 どうやら怪鳥は森に降り立ってから数十分、ずっとここにいるらしかった。

 そしてその鳥とともに不本意にここへ降ろされた子供もまた、怪鳥や周囲に集まったストルーティオーを警戒するあまりこの水辺から動けないでいるらしい。


 ひとまず食べられても殺されてもいないことに安堵する。岩陰にいる子供、少年は時々岩陰から頭を出し、水しぶきを上げている怪鳥の様子をうかがっていた。遠めだが、大きな怪我はしていなさそうに見える。いつまでもこうしているわけにはいかない。

 私にとって都合がいいのは、怪鳥が目を離している隙に、少年を救出。ストルーティオーの背に乗せてもらい、屋敷まで戻る、という道筋だ。けれどそう上手くはいかないだろう。


 何より恐れているのはこの怪鳥の生態である。

 この森に住む古代種の生態は少しずつアルフレッドから教わっている。だがあの怪鳥について私はなんの情報も持ってはいなかった。


 こうなれば怪鳥の姿からその生態を推測するしかない。

 翼は大きく、嘴は鋭く大きい。足は短めだが、大きな湾曲した爪がある。姿かたちとしては鷲や鷹といった猛禽類に近いように見える。そうなればおそらく怪鳥の食性は肉食だろう。少年を食べていなかったことから草食であることを期待したが、それは楽観的過ぎる。見る限り、小さすぎて餌とも認識されていなかっただけと見える。

 つまり派手に動いて見つかれば一口、ということもあり得る。

 今のところ少年が警戒してくれているおかげで、巣材に混ざったおやつの存在に怪鳥は気づいていない。

 だが業を煮やした少年が隠れるのをやめて、それに偶然気づかれたら一巻の終わりだ。


 息を殺して少年の姿を見つめる。

 年のころはおそらく私とそう変わらないだろう。細い手足に薄い胸、中性的な少年は、こちらに気が付くことなく、怪鳥を凝視している。腰には木剣のようなものを携えている。もしかしたらどこかの騎士の子かもしれない。万が一、これでどこぞの有力騎士の子とかであったら、と思うと胃が痛む。短く刈られた黒い髪に二重のくっきりした目は深い青い色だ。黒髪碧眼の組み合わせは珍しい、と思いつつ、既視感を抱いた。


 どこかで見たことがある気がする。

 よくよく見直すとその顔つきにも覚えがあるような気がした。


 20周までの間に出会った誰かでだろうか、と記憶を探るがこの年頃の子供と友人関係を気づいた覚えがない。良くも悪くも、貴族令嬢らしい、定型ルートしか歩んでこなかった人生だったのだ。

 じ、と見つめていると、その両目がこちらに向けられた。



「っ……!」



 思わずのけぞり、その場で尻もちをついた。近くにいたストルーティオーが不思議そうにあこちらを見つめるがそれを気にする余裕がなかった。


 ばくばくと心臓が痛いほどに音を立てる。殺せていたはずの吐息が漏れる。


 私はあの目を知っている。

 私はあの声を知っている。

 何度も何度も見た、聞いた。

 私を牢から引きずり出し、高い塔へと追い詰める。私の身体をぐっと押した。



「……地獄で自らの罪を省みるといい、哀れな魔女よ」



 そう告げたあの声を。

 落ちていく私のことを見送った青い目を。

 私は忘れていない。

 忘れられるはずがない。

 私の死、そのもの。



「グラナダ・ボタニカ……」



 王子の傍に仕え続けた、忠義深い騎士。

 命令を受けるでもなく、独断で私を殺した騎士。


 繰り返し繰り返し私を突き落とした騎士。

 もはや怪鳥の存在すら視界に入らなかった。


 偶然こちらに視線を向けただけだったらしいグラナダは、茂みの影にいる私の存在に気が付いてはいなかった。ふと、手のひらの痛みにハッとする。私は知らず知らずのうちに尻もちをついたまま後ずさっていた。


 酷く頭が痛む。

 私は少年から目が離せなかった。

 私の知るグラナダ・ボタニカは上背のある精悍な男だった。学園の貴族令息とは一線を画すほど体格が良く、同時に爵位を持つ家の息子とは思えぬほど無骨で不愛想な男だった。

 大人しく無口、だが王太子の傍を離れず歩く姿はまるでゴーレムのようだった。


 今の彼に、その面影はない。

 だがくすみを知らない碧眼は確かに私を見送り続けた目に間違いなかった。


 私は恐ろしかった。

 もはや怪鳥なんて怖くもなんともない。

 何度も、私を死に追いやった未来のグラナダ・ボタニカが今目の前にいる。


 ただただそれが、恐ろしかった。


 そして私は気が付いてしまった。


 このまま見殺しにしてしまえば、少なくとも私が死ぬことはないんじゃないだろうか。


 涙が出た。

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