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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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10話 王弟とフレッサ

 フレッサ邸には多くの使用人や私兵の一部が住んでいるが、フレッサを名乗る者は私、ピナと当主である父イエーロ、そして叔父であるアルフレッドだ。

 伯爵家としての仕事はイエーロが行い、代々継がれる森を守る仕事はアルフレッドが行っている。分業であるはずだ。だがお互いに思うところがあるらしい。


 イエーロは同じ邸内に住む兄、アルフレッドのことを極力いない者として扱う。

 生まれた時からすでにそうであったがゆえに、私には彼らの間にどんな柵があるのかを知らない。



「イエーロ、どういうつもりだ」

「……どういうつもり、とは?」

「なにとぼけてる。エンファダード殿下のことだ」



 だがこんな風にアルフレッドがイエーロに食って掛かる姿は初めて目の当たりにした。

 徹底して存在を無視するイエーロと、そんな態度もどこ吹く風と飄々としているアルフレッドが二人の常であった。それを今アルフレッドはその胸倉に掴みかからんばかりに詰め寄っていた。



「……偶然公務の途中でこちらに足を運んでいただいただけだ。まったく気にかけていただくだけでありがたいというのに、いったい何の文句がある兄上」

「文句しかないさ。あの方がどんな方かはお前も知っているだろ」

「貴い方だ」

「あの方はこの国を食い荒らすぞ」

「口が過ぎるぞアルフレッド……!」



 私は聞き耳を立てながらそっと息をひそめた。

 二人の姿を目撃したのは本当に偶然だ。妙に寝つきが悪く、水を飲もうと私室を出た。呼び鈴を鳴らせば誰かしらが来てくれるのはわかっているが、仕事を増やすのも申し訳なく、台所へ向かおうとしたのだ。その途中、静かな屋敷の中で、父の部屋に明かりがついているのに気が付いた。


 エンファダードが屋敷を去ったのが昨日。私なりに考えをイエーロに伝えたつもりだったが、思い返してみれば何も伝わっていないだろう。イエーロはきっとフレッサのことを思って王弟派についているつもりなのだから。あれから私の真意を問いただすでもなく、いやに居心地の悪い平穏を味わった。改めてイエーロと話ができれば私の心の蟠りも多少溶けるのではないかと思い扉に近づいて、言い争うような声に足を止めたのだ。


 壁に張り付いて、耳をそばだてる。

 改めて考えると、今回のエンファダードの来訪に関してアルフレッドは完全に蚊帳の外に置かれた。まだ子供である私でさえ呼ばれたというのに。



「エンファダード殿下の血のことなら全く見当違いだ。あの方の血はむしろセミーリャ王国のさらなる発展の証であり、他国との和平の象徴だ」

「本当にそう思ってんのか。幼稚な夢物語だ。……この泰平の世は先代が血を流し身を粉にしてきた歴史の上にある。陛下もそれに倣い、この国が安全に安定して富めるよう、治めている。この状態で私兵を持った各領に声をかけて回っているエンファダード殿下の不穏さを感じ取れないのか?」

「はっ、政治にまるで興味のなかったはずの兄上が気にするようなことではない」



 切々に訴えるアルフレッドをイエーロは鼻で笑って一蹴した。



「イエーロ……!」

「兄上はもう少し現実を見た方がいい。安定と安全? それは大事だろう。だがそれができるのは農業や酪農がおこなえる土地も人間も豊かな領。年を重ねれば重ねるほど安定し、収益は増やせるだろう。だがここ、フレッサはどうだ。大きな資産としては鉱山程度。だがそれは掘れば掘るほど目減りする一方だ。好転する未来が見えるか。もし見えるというならいよいよ頭がいかれているとしか思えない」

「だからと言って好戦的なエンファダード殿下の下につくことの方がいかれているとしか思えん。あの方にすり寄って何になる。もうお世継ぎである王太子殿下もいる。エンファダード殿下が王となる未来はないぞ」



 なにより、と声を低くしたアルフレッドに意識を集中させる。



「……あの方が望むものを、フレッサが献上できるものがあるとは思えん。あの方は戦争の道具が欲しいのだろう。かつてと比べれば国境防御の私兵たちの規模は縮小している。とてもじゃないが、歓心を買えるレベルじゃない」

「あるじゃないか。我が家には広大な無駄な土地が」



 イエーロの言葉に息を飲んだ。

 “無駄な土地”。イエーロは本当にあの森に価値がないと思っているのだろうか。あそこに住む生物、そこで見られる特有の植物に生態系。失われた世界を今に身が蘇らせる神秘。人がどれだけ望もうと、決して手にすることのない世界がそこにある。

 それをイエーロは無駄だという。



「む、無駄な土地だと!? なに馬鹿なことを言っている! あの土地は、あの森は代々フレッサ家が守ってきた森だ、環境だ!」

「そうだな後生大事に抱えてきた森も、切り倒せば木材資源になる。土地を均せば農業も可能になる。広大な分だけ作物は選ばなくていい。畜産でもいいだろう。それから国境付近は山が多かったな。運が良ければ鉱山資源が増すだろう」

「馬鹿なことをっ」

「兄上は自分が霞を食って生きているとでも思っているのか? これまでは看過してきたが、口出ししてくるなら現実を見てもらいたいな」



 絶句していたアルフレッが烈火のごとく怒鳴り始める。だがイエーロは怯むことなく、むしろ勢いづいたように食ってかかった。



「兄上は昔からあの森には価値があると話した。守るべきものだと。だがどうだ。フレッサで雇っている者は徐々に、だが確かに右肩下がりに減っている。部下を、使用人を食わせていけないことがどれほど罪深いか」

「だが森で採れる薬草からは、」

「足りない。まるで足りない。そのレベルでは賄えない。そして何より私兵は仕事がない。侵略者もおらず、紛争も起きない。来る日も来る日も仮想敵の訓練をするばかり。すでに存在意義を失っている。費用対効果を考えれば切らざるを得ない状況だ。それすらもわからんか」



 アルフレッドは怒鳴るのをやめ、扉の向こうに静寂が落ちた。



「なのに兄上ときたら日々森をうろつくだけで利を産むわけでもない。侵略者もなく、いったい兄上は何から森を守っている」

「それは代々守られてきたあの森のすべてを、」

「代々フレッサを守ってくれていた部下たちを切らざるを得ない状況で森を優先できるとは恐れ入った」



 イエーロの冷笑に、私は壁越しにへたり込んだ。

 今までイエーロは何もわかっていないと思っていた。あの森の重要性を、希少性を。そしてそれを守るアルフレッドの誇りを。わかろうともしない、頭の固い貴族だと思っていた。

 だが違う。いや、森の希少性等についてはわかっていないのだろう。だがそれでも、人を雇い、領民を守る当主として、イエーロはよく状況がわかっていた。



「部下を、民を困窮させてまで守るべき土地とはなんだ。教えてくれ兄上」

「……代々受け継がれるフレッサの祖の意思だ。竜に認められ、共に生き、祖王より求められた役割だ」

「竜。御伽噺を現実に持ち込まないでくれ」

「御伽噺なんかじゃない! フレッサの森には竜の巣が、」

「兄上にしか見えない“竜の巣”を守ることに、なんの意味がある。それで誰が救われる。誰の腹が満たされる」



 怒りゆえか、それとも反論が思いつかなかったのか、アルフレッドが言葉を続けることはなかった。



「……兄上が当主に選ばれなくてよかった。貴方ならきっと、民が飢えたとして後生大事に夢物語を抱えていただろう。……森を守りたいというのは認める。希少な薬草から薬が作られているのも事実だ。それは兄上だからこそできることだ。だが少しは今を生きる皆のことを考えてくれ。譲歩できるラインというものがあるんじゃないのか」



 イエーロは、譲歩し続けてきたのだろうか。政治にかかわらず、領の運営にもあまりかかわらず、ただ森を守り、僅かばかりの恩恵を齎す兄のことを目の上のたんこぶのように思ってきたのだろうか。現実を見ようとしない兄を支えるつもりで、イエーロは当主として生きてきたのだろうか。



「ピナに、資源の涸れ果て、民の飢える領を残すつもりはない。あの子は、エンファダード殿下と会うときも立派に役目を果たした。フレッサを愛しているのだと。この家の者を守りたいのだと。……あの子のためにも、停滞の選択はできない。停滞とは先送りだ。二進も三進も行かなくなってからでは遅いんだ」



 突如として出てきた自分の名前に息を飲んだ。

 私の言葉も思いも、まるで伝わらないことに歯噛みした。自由に動けるようになっても、私は何もうまく立ち回れていない。イエーロの言うことは間違っていない。だが選ぶべきはエンファダードに与する道ではないのだ。あの男に期待してはいけない。だがまだ年若い王弟は文字通り、まだ何もしていない。ただ声をかけて回っているだけなのだ。王弟派につかないでほしいという根拠は、何もない。代替案も、持ち合わせていない。

 20回分の人生を送っても、私がしてきたことは壊し、傷つけることばかりで、フレッサを救う算段などまるで思いつかなかった。


 ふと、扉の向こうから足音が近づいてきた。慌てて逃げようとしたが、へたり込んでいた私はすぐに立ち上がることもできず、明かりの漏れる扉が開くのを見上げていた。



「……っ、」



 気づかれないはずもなく、アルフレッドとまともに目があった。けれど彼は一声と上げず、何事もなかったようにイエーロの私室の扉を後ろ手に閉めた。



「ピナ、聞いていたのか」



 アルフレッドは微かに耳をかすめる風のような小さな声で囁き、へたり込んだままの私を抱き上げた。



「眠れなくて、お父様のお部屋の明かりがついていて……それで、申し訳ございません」

「謝ることじゃあない。悪いのは喧嘩していた俺たちの方さ。大丈夫、明日の朝にはいつも通りさ」



 いつも通り、イエーロに無視される日常だと。

 アルフレッドのシャツを握り締め、おとなしく運ばれる。

 彼は敢えて私の存在をイエーロに知らせなかった。それはきっと、私が聞いていたとイエーロが知れば傷つくと考えたからだろう。


 現実を突きつけられた。

 王太子を殺さないようにフレッサ領に引きこもっているだけではいけないのだ。フレッサ領そのものを救わなければ。父に、イエーロに王弟派につかずともやっていけるのだと感じさせなければいけない。

 政略結婚や暗殺ではなく、純粋に富み、生きていく力をフレッサ領にもたらさねば。


 アルフレッドは私をベッドまで運ぶと、小さな声で謝罪の言葉を口にした。

 アルフレッドも、イエーロも間違っていないのだ。どちらにも誇りもあり、正義もある。


 もう自分の死だけ避けられればいいとは考えない。王弟エンファダードにしゃぶりつくされ捨てられることなく、堂々とフレッサ家が派閥に属さず立っていられるようにしなければならない。

 どうせ21周目の人生なのだ。初めての自由な人生なのだ。



「私は、何も諦めない」



 強欲に生き尽くそう。後悔のないように。

 決意とともに私の意識は柔らかな闇の中に溶けていった。

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