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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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21周目の魔女

 高い高い塔の上。幽閉された部屋から見える空は今日も今日とて青く美しい。



「ピナ・フレッサ」



 誰も入れないはずの扉が開く。



「なあに、淑女に部屋にノックもなしに入るなんて、躾がなってないんじゃなくて?」



 ふふ、だなんて笑ってみせても相手は眉一つ動かさない。可哀そうな役目を負わされた騎士だ。もうきっと身体は言うことを聞かないだろう。ただ立ち尽くすしかない私と同じように。

 余計な言葉は発しない。

 決められた行動と、決められたセリフ。

 私たちは何度だって繰り返す。

 はるか下では聖女と王子の婚礼を祝う歓声が聞こえる。

 ああ、今回も無事に彼女たちはハッピーエンドを迎えたようだった。

 そして私もまた終わる。



 「聖女様のお慈悲で貴様の処刑は免れた。だがもはや、貴様のような魔女を生かしておくことなどできない」

 「幼気な少女を捕まえて魔女だなんて、ひどい人」



 王国の若き騎士、グラナダ・ボタニカ。まともな関わりなど私たちにはない。いつも王子の側に控えているだけの護衛騎士。王子の背景。


 けれど私たちは何度ももう顔を合わせている。この部屋で、ただ二人きりで、いつもいつも同じ言葉を、同じ行動を繰り返す。



「殿下や近衛騎士に毒を盛った貴様が、魔女でないというならなんだというのか」

「うふふ、本当に。殿下が亡くなられたらわたくしもあとを追うつもりだったのに。本当に聖女は余計なことをしてくれたわ」



 まったく自分の悪役ぶりも板についてきた。つらつらとセリフが出てくる。

 さあもうエンディングだ。



「婚礼に祝福? そんなものはないわ。あと少しですべてはわたくしのものだったのに! 呪いを、呪いを、呪いを! 彼らの人生に、呪いを、決して枯れることのないの絶望を! ハッピーエンドなんて認めない!」

「--最期の言葉がそれとは、まったくいっそ哀れに思えるぞ。ピナ・フレッサ伯爵令嬢」



 大きな手が私の腕をつかみ塔の窓へと向かう。抵抗すらできず私は半ば引きずられるように窓のふちに腰掛けさせられた。

 哀れなのはどちらだろうか、思わず笑いがこみあげる。自嘲は悪辣な高笑いとして口から飛び出していった。



「邪悪なる魔女ピナ・フレッサ。貴様は自らの罪を暴かれ幽閉される。しかし気位高く癇癪もちな貴様はこの幽閉という待遇に、地上からの歓声に耐えることができず塔の窓から身を投げうつ。そういうシナリオだ」

「うふ、ふふふ、ははははっ! 素敵なシナリオね! 褒めてあげるからその作者を連れてきなさい。一緒に地獄までエンディングを見せてあげるわ!」

「……地獄で自らの罪を省みるといい、哀れな魔女よ」



 いよいよ終わりだ。

 ふと彼の目を見た。顔の筋肉は動かせなくても、目だけで彼が何を思っているのかよく分かった。

 ああ本当に恐ろしくて、可哀そうな人。

 手が強く私の肩を押した。窓の外に身体が投げ出される。いつものことだ。

 いっそこれが最後なら。

 これで地獄へ行けたらなら、私もあなたも良かっただろうに。



「……えっ」



 いつものことのはずだ。何もできず、何も喋ることができず地面に落ちていく。そのはずなのに、突然身体に自由が戻った。

 けれど私にできることは驚愕の声を短く上げるだけ。

 すでに身体は宙にある。

 落ちていく中窓を見上げると私を突き落とした騎士もまた、目を見開きこちらに手を伸ばしていた。


 同じ動き、同じセリフしか吐けないのに、どうしてなにもできなくなってから自由を取り戻してしまうのか。

 いっそいつもみたいに動けなければ諦めもついたのに、動けてしまったから、彼は手を伸ばしてしまった。私を助けられると思ってしまった。


 この世に神というものがいるのなら、それはきっと醜悪な顔をしていることだろう。

 地面に叩きつけられながら、私はもう”次の人生”が来ないことをただ祈った。




*******************************************




 どれだけ祈っても、この世はやはり無情だ。



「ピナお嬢様、お目覚めですか?」



 大きな窓のカーテンを開けるメイド、ドロシーを一瞥して、私はのそのそとひどく重たい身体をベッドから起こした。

 小さな手、柔らかい髪。ドロシーに促されるまま鏡の前で着替えをさせられる幼女を私はまた虚無感にかられたまま見ていた。



 ピナ・フレッサはセミーリャ王国の伯爵家フレッサの一人娘だ。蝶よ花よと育てられ、薬師の家系として齢6歳ながら知識と教養を与えられてきた。その甲斐あって同い年の子供たちのなかでも成績は抜きんでてよく、将来有望と褒めそやされてきた。王族からの覚えもよく、いずれはあわよくば王太子妃あるいは側妃に、と両親は考えていたことだろう。


 けれど私、ピナ・フレッサは16歳で死ぬ。死因は転落死だ。

 そしてつい先日とうとう死んだ回数は20の大台に乗ってしまった。

 抜きん出て成績がいい?

 子供とは思えないほど落ち着きがある?

 何を教えても物覚えがいい?


 当然だ。どれもこれも幾度となく繰り返したこと。もはや精神年齢に至っては計算したくない。

 深く深くため息をつけばドロシーは優しく声をかける。



「お嬢様、そんなに緊張なさらないでください。今日のお茶会は非公式なもの。どうぞ気楽にお考え下さい」

「ええ、でもわたくし、何か失敗してしまわないかと」

「大丈夫です! お嬢様は誰よりも聡明で落ち着きがあります。きっと失敗なんていたしません。それにお嬢様のような美少女、ラウレル殿下も放っておきませんわ!」



 死んだ翌日はいつも殿下とのお茶会で始まる。

 きっとここがすべての始まりなのだ。

 ラウレル殿下とはセミーリャ王国の第一王子だ。

 眉目秀麗、物腰柔らかな彼はとにかくその身分抜きにしてもご令嬢方からとんでもなく人気がある。両親の思惑を抜きにしても彼の妃になりたいという令嬢は掃いて捨てるほどいる。


 そして私6歳の幼女ピナ・フレッサも最初そうだった。

 この初めてのお茶会で私はラウレル殿下に惚れ込むのだ。そして彼と婚約するために勉学に励み、身だしなみに気を付け、教養を磨いた。

 しかしその殿下への恋心を拗らせに拗らせ、最終的に殿下のことを殺そうとするという大暴走を見せる。


 一周目の私どうした。どうしてそうなった。


 一周目の私を引っ叩きたい。

 ただ恋しているだけならよかったのになぜそんな方向へと走ってしまったのか。


 そうして始まる二周目の人生。

 今度こそ殿下と結ばれようと奮闘する私。

 殺そうとして塔に幽閉され騎士に塔から落とされて終幕。


 そうして始まる三周目。

 正直三周目以降はもはや殿下のことはどうでもよかった。もうなんでもいいから生き残りたかった。

 殿下の妃になりたいなんて願わず、ただただひっそりと王家に役立つ薬師になろう。最悪家から逃げ出して市井で暮らそう。幸い生きていくだけの知識はあるはず、人生三周目だ。


 けれどできなかった。三周目の人生にして初めて気が付く。

 なぜか私は一周目と同じことしかできなくなっていた。

 どれだけお茶会を回避しようとも定刻になれば身体は馬車に乗り込み、殿下と全く同じ話をする。

 常に身体がいうことを聞かなくなるのではなく、誰かに会う時、大切な話や未来につながるようなことをするときに身体や口が動かなくなる、もしくは勝手に動き出すのだ。

 好きでも憎んでもいない殿下を殺すための毒を、身体がてきぱきと用意し始めたときには絶望した。


 そうして私は何度も何度も同じことを繰り返して、何度も何度も塔から落とされ続けた。

 痛みはないが、高い塔から落ちていく浮遊感と内臓がひっくり返るような感覚は思い出しただけで吐きそうになる。



「……お嬢さま、顔色が少し悪いようですが、ご気分が優れませんか? 医者をお呼びしますか?」

「いいえ、大丈夫よ、少し眠たいだけ。それに今日は大事な日。お父様たちの面子もあります、多少の体調不良ごときで殿下との予定をキャンセルなんてできません」

「う、うう、お嬢さま健気でいらっしゃって……! しかしどうかご気分が優れないようであればすぐにお申し付けください。お嬢様にもしものことがあれば旦那様の悲しまれます。どうぞご自愛くださいませ」



 よよ、と泣き出しそうなドロシーを適当にあしらいつつ午後からの憂鬱なお茶会に遠い目をした。

 投げ出したい逃げ出したい。けれど時間になればどうせまた身体が勝手に動いてしまうはずだ。ならまだそれまで心の準備をしている方がましだ。

 これから私の10年間の出来レースが始まるのだから。




***************************************




 午後となり、そろそろ身体が勝手に動き出す時間か、と思い自室のソファに座っていた。けれど待てど暮らせど身体には何の変化もやってこない。今までにない、うららかで、穏やかな午後だ。

 立ち上がり足を窓際へと動かす。

 意思に従い動く身体はまぎれもなく私のものだった。

 窓の外では燕が羽ばたき、玄関につけられた馬車の側には定刻になっても現れない私を探す執事の姿が見えた。



「お嬢様、馬車の準備ができまし……お嬢様!? どうされたんです!?」


 私の様子を伺いに来たドロシーがあたふたと瞠目する。けれど今は何も返せなかった。


 ぼろぼろと涙が次から次へと溢れてくる。

 ようやく、ようやく自由が戻ってきた。

 20回殺そうとして、20回殺された。

 何もできず、何も言えない人生が終わったのだ。



「生きられる……!」



 自由に行動できるならもう私は絶対に死なない。平和に平穏に生き延びて、幸福な人生を送ってみせよう。

 もう王子に毒を盛ったりしない。腹芸の得意な狸おやじとは組まない。近衛兵を買収したりしない。聖女に危害を加えない。



「今度こそ長生きする……!」

「お、お嬢様、お嬢様なんのお話ですか!?」

「ドロシー……」



 おろおろと私の心配をしてくれるメイド、ドロシーも早々に死亡する。すべて私の責任で。真面目で従順なメイドは魔女の良い手駒として使いつぶされた。



「ドロシーも長生きして……!」

「お、お嬢様のお願いとあらば……?」



 今までの死亡経緯すべて私のしてきた自業自得だ。けれど身体に自由が戻ったならこのループから抜け出せるはず。

 20回目の人生、何としてでも大人になるまで生き延びてやる。

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