懐かしいお家に帰った日
歌子ちゃんは、少し前と同じように荷物をまとめて、ぼくを抱えて、電車に乗り込んだ。元のお家に、お引越しするためだ。
「ココア、窓の外見る?」
電車に乗ってしばらくしたあと、歌子ちゃんはそういってぼくを優しく抱き上げると外を見せてくれた。ヒュンヒュン流れていく景色を目で追いかけることはできなかったけれど、ずっと模様が変わり続ける一枚の絵だと思ったら、前よりも目は回らずに済んだ。
「きれいだねぇ」
「そうだねぇ。いい景色だねぇ」
建物ばかりだった外は、だんだん木が混ざるようになってきて、森の中を走って、線路の脇にたくさんの草花が生えているところまで来た。
「もうすぐ最寄駅に着くよ。お母さんが迎えにきてくれてるって。……ねえ、ココア」
「なあに?」
こてん、と首を傾げてみせると、歌子ちゃんはぼくの耳に口を寄せて「お父さんとお母さんには、ココアがしゃべって動けることは、内緒にするからね」と言った。
「『特別な魔法』なんて、なかなかないじゃない? だから
お父さんもお母さんも信じてくれない気がして。だからココアもばれないように、私の前以外では、普通のぬいぐるみのフリ、してて」
そう言って合わせてきた目は、真剣そのもの。
思わず頷いたけれど、ひとつ、気づいたことがあって、尋ねてみた。
「……響子ちゃんには、言っていいの?」
歌子ちゃんは、不思議な感じに笑って、答えなかった。
「ただいま〜」
お母さんの車に乗せられて家についた歌子ちゃんが、お家のドアを開けて声を張り上げる。
「おかえりなさい」
歌子ちゃんのお母さんが後ろからそう言っているのが聞こえる。ふわっとした、優しそうな声だ。
二人揃って靴を脱いで、荷物を下ろしながらわいわいと話しているのを、ぼくは動けないぬいぐるみのふりをして聞いていた。
「きょうちゃんは学校だよね。お父さんも仕事?」
「うん。だから、これから二人でお昼ご飯にしようと思うんだけど。なにか食べたいのある?」
「うーん……お母さんの手作りならなんでもいい。懐かしの味が食べたいなぁ、なんてね」
「まだ三ヶ月くらいしか経ってないのに、そんなこと言っちゃって。……でも、そうだね。長い三ヶ月だったよね。じゃあ、なんか作ろうか」
二人とも、なんだか楽しそうで嬉しくて、ぼくもこっそり、にこって笑っちゃった。
その日、歌子ちゃんのお父さんは『しごと』を早めに終わらせて帰ってきた。「特別だからな」とケーキまで買って、そして、「今までしんどかったな」と歌子ちゃんをおっきな手で撫でた。そのときだけ、歌子ちゃんはちっちゃな頃のようにうわっと泣いた。
そして、最後に家に帰ってきた響子ちゃんは。
「おかえりなさい、きょうちゃん。ただいま」
そう言って笑いかけた歌子ちゃんを無視した。横をすっと通り過ぎてから「ただいま」とお父さんやお母さんに言って、荷物を持ったまま子ども部屋へと行こうとする。
「――響子、」
咎めるようなお母さんの声に、響子ちゃんはぐにゃっとしかめっつらを浮かべて。
「一年前に後戻りだね」
吐き捨てるようにそう言って、すぐに歌子ちゃんの前からいなくなってしまった。
やっぱり、響子ちゃんはなんだか冷たい。
どうしてこんなふうになっちゃったんだろう。
お父さんもお母さんもぼくを見ていないのを確認して、響子ちゃんを追いかけた。階段はひとりだと上りづらかったけれど、手作りのぬいぐるみとはいえ、ぼくは猫。身軽だし、器用に動ける方なんだ。……多分。
ひょいひょい、と階段を上がって、響子ちゃんのいる部屋を覗き込んでみる。
次の瞬間、ぼくは思わず叫びそうになっちゃった。
響子ちゃんが、血が出そうなくらいにぎゅっと、唇を噛みしめていたから。