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そして夜は明ける

【Encounter】

作者: 轆轤輪転

 2021年も終わりを迎えつつあるこの昨今。そんな中、とある一つの作品の春の季節が今、終わろうとしていた。

彼らは枢機な出会いを果たし、役者を併せ持ち、一つ一連の歴史と軌跡を作った彼らに作者として経緯を払い今回は今まで描いてきた歴史を一話一話を振り返りつつ、題名とキャッチコピーの意図、そして内容の解説を深堀りしすぎない程度に解説していこうと思います。

アルバムで言うところのインスト感覚で読んで頂ければ幸いです。では、また逢う日まで。

                

01ー現生の夜桜ー

「これが生きてる証か」

2021年4月10日投稿話

 初投稿です。あの時は、初めてのWebサイトへと投稿ってこともあり、春なのに指先が凍てついたかのような感覚で執筆をしました。

これは言うならば、千光ちびかり鏡神かがみの長い人生の中の新たな出会いの物語の始発地点で、日没時の章です。

 舞台は、桜の木が一本成る孤立した場所。後に「出会いの場」と呼ばれる自然豊かなこの場所で鏡神と後の義理の姉となる千光ちびかり輝華きかは運命的な出会いを果たします。

その間、鏡神は自分の存在をまるで忌避するかのような言葉を心に響かせながらただ歩いているだけですがこれは長生きしすぎたが故に、今自分がなぜ生きてるのか、そもそも自分は今生きてるのか死んでいるのかの区別がつかないスクランブルな状態になっているが所以です。

「人間と私の命を比べて自壊していた。」がそれの表れを担っています。限りある命を持つ、普通の人間とのべつ幕なしの命を持つ千光鏡神自身が前者と後者を比較しているのです。

そして同時に鏡神は孤独感にも苛まれており、月の光すらに雨乞いをする程でした。

「太陽の光も朧気に見えてしまうくらい私の視界は暗い。」の台詞は生々しいですが、物理的に眼球が汚れていることを物語っています。それは瞬き事態はしっかりとしてはいるのですが、過去に絶望しきって涙がもう長い間一切出ていないせいでもあります。だから、月の光とそれに照らされた桜の木が異常なまでに明るく見え、感動し、跪いたのです。目にこびり付いた汚物が月の光に照らされて屈折現象を起こして光の明瞭を増大させたと考えてもらって大丈夫です。

そうした段階を踏まえて鏡神は輝華と出会い、早々に輝華に自分が孤児であると見抜かれてしまいます。

輝華の宥めもあり何とか焦りを消沈させた鏡神は再び夜桜を見、静寂が展開されます。この静寂は、表現的には黒い闇が鏡神をドーム状に包んでいるということになりますがこの小説はあくまで現実。これは鏡神の心に巣食う心の闇の比喩表現です。この時の鏡神の心情には闇以外にもう一つあり、それは嬉しさです。久しぶりの一人以外の瞬間、輝華の存在が彼にとっては救いだったのです。発言自体は依然暗いままですがその閉ざした気持ちは段階を追って影を蝕む光として表現しました。影は完全に完食され、光に包まれた鏡神は今までの記憶を振り返り、いつどんな時も必ず誰かが傍にいて、いつも距離を取っているのは自分自身で、自分自身はどこか待ち人を待っているだけという節があるに気付きを得て、鏡神は輝華の身内にならないかという提案に乗ります。

ここでは誰かと出会い、そして皆との別れの終始一貫を「愛すべき世界」と書いて「愛世」と表現しています。

これが、第一話のざっくりとした流れではありますがこの薄汚れた鏡神が意図せぬ出来事で少し洗礼されるという展開が今章のキャッチコピー、「これが生きてる証か」となっていますが自分の言葉で伝えると

過去を引きずってしまっているのならそれを忘れようとするのではなく、しかと真に受けて咀嚼して、考え方や着眼点を改め、その上で引き続き生きることこそが生きている証であると。

「ただ生きようとするな。しっかりと生きろ。できなきゃ、ただ死んでいるのと同じだよ。しっかりと死ねてすらない。」という思いを込めたキャッチコピーとなっており、この記念すべき第一話で一番伝えたかったメッセージとなっております。

綺麗な物事でしょ?ちなみに、キャッチコピーを作るにあたって意識していることは、なるべく率直に一言で締めるということです。


02ー解れる砂時計ー

「そして「時」は動き始めた」

2021年4月19日投稿話

 第二話です。体内時計と言うのは、より鮮明に答えるならば生まれてこの方刻んできた狂いの無い時間と滞りなく現在進行形をく自分なりの時間の捉え方のこと。それはつまり、同時に体内時計とはこれまで生きてきた人生の軌跡とも歴史とも比喩できる訳だが、ここで言う「そして「時」は動き始めた」とは従来のそれとは少し異なる概念の下名付けた題名となっている。「そして「時」が動き始めた」はこれは文字通りこれまで時が静止していたことを暗示している。体内時計が、自分の時間が、成長が、

これまで死んでいたことを暗に示している。不老不死とは成長が止まって自ずと死ななくなるものだがこの「時」とはそれには該当しないものとなていて今章では「時」を物語の進行がここで始まったという意味を持たせるための単語であり、同時に主人公の愛世が再び始まった、時が刻み始めたとこの現れであります。砂時計は、一度秒針の砂を止めれば誰かがひっくり返さない限り再び時を刻むことはありません。

「自分で変わることができないのなら、変わる方法を忘れたかあるいは知らないのなら、他力的に変わるしかないんだよ」

人からの影響を仄めかすのがこの第二話、解れる砂時計となっています。


03ー副産物の器ー

「自殺とは自殺であって他殺である」

2021年4月30日投稿話

 第三話です。かなり物騒なキャッチコピーとなっているのは申し訳ないです。ところで皆さんは鬱病を経験したことはありますか?私はあります。途轍もなく、しんどいです。辛いくもしんどくもあります。

聞けば鬱病とは一瞬の風邪のようなもので、今やっている物事から一旦手を引いて休暇を取ると改善され少しずつ完治していくと言いますがこれが中々に茨の道なんですよね。人によっては今やっていることから一瞬でも離れてしまえば今度の人生が危ういという人もいます故に返って悪化もさせかねないのが鬱病の複雑な病状でそれがいたちループしちゃって中々治らない。少なくとも、治そうと意識している間は治らないようにも感じました。確かに食生活や生活リズムを改善すれば病状もそれに並行はしますが完治とまでは難しいですよね。そんな過酷な状況下から発生した悪しき副産物である鬱病ですが、世の中にはそれを言い訳や逃げ、甘えなどと捉える人が図らずも一定数は確実に存在します。

正直に言いまして、私にはその言葉の意図は理解できない。私はまだ経営者以前に社会人でもありませんが、少なくとも当人に劣悪な環境がそれを強いったのだと説明されても

「なるほど、ならば止むを得まい」と納得はしても頷くとこはできないと思います。

確かに何かを達成するのであれば努力は間違いなく必要であるとは思いますが、過度な強制は決して努力ではないとも思います。私がここでどうしても分からないが故に聞きたいのが、

「強制をさせてきた相手が強制を理由に自殺をしてしまったら責任は取れるのかな?」という点です。

多分、責任は取らないのが大半でむしろ自殺を隠蔽するでしょうね。だってそれはここは自殺者が出るくらい過酷で且つ治安も悪いという隠し事が露出しかねない事案で、全体的にマイナスであるからでしょうね。人は道徳で人を叩くのが好きですからね。やはりその点は不都合が出やすい。

その上で、果たして当人は責任を取れるのか?を問いただした話になっている一方、同時に自殺をすることがどれだけ愚かかを説いた話にもなっています。上記からして自殺とは物理的な観点からすれば自らを殺めるとして自殺となりますが、心理的な観点から見ると自殺に至らしめる他力がどこかしら必ず存在するので一概にもこれは自殺とは言い切れず、他殺とも表現できます。訳もなく死ぬ人なんていませんし。

しかし、この私轆轤輪転はこれには顔を顰める。「環境が嫌すぎて自殺する」というものです。

要は、誰のせいでもないけれど単にこの世界が嫌いなため死にますというものです。恐らくこのタイプの自殺をする人はいないとは思いますがこの手の自殺は少し遺憾いかんです。この場合って、加害者がいないですから、合理的に考えて加害者を作らないと辻褄が合わなくなるんですね。誰かが加害者を、冤罪を被る必要ができてしまうのです。遺書や、自分の気持ちを綴った冥土の土産があるのならこれは事故として取り扱われて誰もが被害者にならなくて済み場合があります。

しかし、証明品が無い場合はどうでしょう?

人は道徳で人を叩くのが好きですからね、自然的に誰かが油を浴びることになってどこからか火の手が迫るんです。さぁ、これは誰が悪いのでしょうか?矛盾しますよね。自殺した奴が一番悪いと思うんですよ。

「どうせ自殺するんなら何か言ってから自殺して」という意味になるのかと言われれば言葉は悪いですけどそうなります。

「結局自殺した人が一番悪いんだよ」と「鬱病は言葉で片づけられるほど簡単な話じゃない」と「周りから良い意味で浮いている人の苦痛」の三つ巴の言葉を背景にした第三話となっています。


04ー踊場ー

「表の規模が大きくなると、当然のことながら裏の暗躍の音沙汰も増す。」

2021年5月28日投稿話

 約1か月のタイムラグとキャッチコピーの意識崩壊を起こしつつ表裏を描いた第四話です。

人間には当然ながら裏と表があります。人によっては捉え方は違うとは思いますが、ここでは嘘をつくことによって隠している心を裏、嘘をつくための嘘そのものの心を表と執筆しております。誰にだって、知られたくはない秘密はあると思います。そして、その秘密を隠し通すためには嘘が必要不可欠。それは人脈の始まりから既に始まっていて決して悪行ではなく一つの戦術であり、むしろ人と人とは互いに騙し合って且つ話の歩幅を合わせ合って会話を交わしている訳ですから嘘とは一つのスキルであり、舌や目玉をくり抜かれる程の罪ではないんです。第四話、それはそんな嘘と嘘とのぶつかり合いを鬼ごっことして投影し、大嘘のリスクすらも仄めかす内容となっています。


05ーエラーコードシンドロームー

「全生物の持つ「核」に迂闊に触れるとペナルティーが・・・」

2021年7月4日投稿話

 この世界は一応科学で証明できるようにはなっているみたいです。昨日は非科学は今日の科学のようにかつての疑問符はどこかの天才や権威が今日もまた感嘆符に変えているみたいで、それはそれは私のような素人から見ればもう驚異的の一言で・・・。でも、それでも解明できてはいないところは所所あり、それは海や、空や、歴史や、時間や、地球や、宇宙や、次元に留まらずその課題の量は眼前にすると素人でも玄人でも目眩がしそうになるけれどその前に忘れてはならないのは我々人間はまだ人間の解明にも至っていないというところです。数ある万物の中で、唯一解明が深いのが人間らしいのですがそれでも完全ではないのは人間はまだ、多くの可能性と福音と余地を残していると同時にまだ発見されていない「危険性」もあるということでしょう。これはその未だ隠された人間の「危険性」を示唆し警告した「踊場」の後編となている章となっています。

トラウマに見ず知らずにも触れてしまうことの危険性を。

人の心を探ろうとすることの危険性を。

嘘をつくのは構わないことだけれど、あまりに嘯きの過ぎる大嘘であった場合、それはここではまだ語れない今後に直結しかねないペナルティーに影響するのではないか。を唆した第五話になっています。


06ー誰かの足跡ー

「食物連鎖はいつだって消すか消されるか」

2021年8月2日投稿話

 虎穴に入らずんば虎児を得ずという言葉がある通り、リスクを承知で生きなければ自分の目的は達成されない。虎の住処に土足で踏み込んで虎の赤子を持ち去るくらいのことはして初めて目的は達成されるというものだろう。おめでたいことですよ。そりゃ。しかし、忘れてはならないのはその持ち去った虎の赤子は持ち去った当の本人に継承されるわけだ。それはつまり今度は奪取者が虎の子の親となるわけで、奪取者にとっては虎の子が己の強さや勇気の象徴にわけでもある。

 食物連鎖の跋扈ばっこするうれうこの世界でせいぜいその称号を奪取されないように頑張れと、上には上がいることを声を大にして綴ったお話になっています。


07ー至高の領域を目論んでー

「終始は常に作為的」

2021年8月15日投稿話

 個人的に結構力作なキャッチコピーを搭載した第七話ですが、皆さんは何故物事には始まりと終わりがあるのだろうと果てしない追及を行って、恐怖を感じたことはありませんか?

いえいえ、私は宗教に属してる人間でも宗教を崇拝している人間ではないのであなた方読者諸君を轆轤輪転教に勧誘しようとしている訳ではありません。ただの純粋な質問です。

改めて、ありますか?

「YES」

  or

「NO」

そうですか、そうですか、そうですよね(((uдu*)ゥンゥン

ある人はとことんあって、ない人はとことんないですよね。ちなみに私はある側です。

よく考え過ぎるたびに恐怖して、考えるのを止めてました。親からは滅多になかったよと聞いている夜泣きもきっとこれが原因で泣いてたんでしょうね。怖い怖い。

なんてことも後数年で成人な訳でそろそろ言っていられなくなってきましたので硬直していた脳を柔軟させて考えを巡らせてみました。

意外にも簡単な話でした。

 物事には終わりがある。それは紛れもない事実であり、必須条件です。でないと、次が始まらない訳ですから、そう考えてると妖怪ウ〇〇チのヤ〇キ〇ウビの必殺技が終わりの始まりなのもうんと頷けます。

始まらない以前に始められない。何故でしょうか。

かつていた学び舎や今いる学び舎にも、生徒が黙るまで授業を半永久的に始めない教師は少なからず存在していますし、存在していました。中には生徒たちが集団的に喋っている中、独立して淡々と授業ができる器用な教師もいるみたいですが、本来は皆黙っていないと授業にならないし、始めるに始められないが故に皆がそのことに気付くことも兼ねてあえて黙ってるんですね。

授業とは、さずけるかるまともかるまさずかる書く訳ですから、これからを生きてあるく子供たちがしっかりと業を授けないとそれは授業にはならない。つまり、生徒たちによって作為的に授業が始められず、そしてチャイムが鳴ってしまえばそこで強制終了。作為的に終わらせられるのです。それが私の言いたかった「終始は常に作為的」の真意で、恐怖しながらも出した結論です。

この第六話はそんな終始一貫をチャイムとかけて警鐘と説いています。その心は不変の未来。

誰かが始めたものは誰かによって終わらせられ、また始まる。そして終わる。その繰り返し。

時には誰かによって始められ、誰かによって終わらされる。繰り返しの途絶えない変わらない世界。

何故なら物事だから。物事とは人生そのものだから。

死と生がクロスするから。


08ー雨後嵐ー

「二つの内一つは嘘」

2021年9月13日投稿話

 私は宗教に対して直接的被害を被ったことがないため、たいして忌避していたり嫌悪感を抱いていたりはしてはいませんが、信用はしていません。ただ、それが美しく見えたりすることは内緒話です。

神という存在と言うのは素晴らしいものですよね。既存の神様だけでなく、自分独自の神様を創るれば漏れなく安心や快楽や人権すらも買うことができますし。本当に素晴らしい。

それが可愛いと来たのなら尚更の話、もはや神様の言う台詞の全てに正義を感じてしまいますよね。そのためなら、大金をはたくことも厭わない。

そんな極楽浄土のユートピアの少しそれた道を行って門を潜るとそこには厭離穢土おんりえどのディストピアが広がっています。灼熱地獄とでも言いましょうか。まぁ、言葉にするのが難しい罵詈雑言の世界が裏で犇めいているわけですよ。しかも時たま、火種が表に出てきてしまうこともしばしば。

神様の存在や存在自体を否定する声も上がる中、神様を崇拝する人たちはそれに正論や暴論をぶちかまして対抗する訳ですが、ここで無神論者の方はこの惨憺さんたんたる戦況をどうとらえるでしょうか。

「どちらが正しい?」と聞かれればきっと間違いなく、「どちらも間違ったことは言っていない」と「どちらも正しくはない」の意味も込めた返答を返すと思います。ただ、判断するのは第三者。つまりこの場においてどちらかを正しいと判断したうえで選択しないといけないのです。無神論者でも所詮は人間。

一人では生きていけないから、誰かに頼り頼られなければあっけなく死んでいくのだからこそ勝ち馬に乗る必要があるのです。

選択肢は二つ。そして選択できるのは二つに一つ。どちらかが第三者にとって誠で、嘘である。


09ー空想世界のシナスタジアー

「彼らは祝福を授かった」

2021年10月23日投稿話

 これを読むにあたって、皆さんは個々にこう思ったのではないのでしょうか。

「作理兄弟の場面に度々出てくる記憶だの無限に近い数の引き出しだの液晶パネルだの、あれは一体何なんなのだ」

と。これは皆さんも持っていて、自分で持っていることに気が付いてないだけのよく使う特に哲学もクソもないものです。皆さんにもおありでしょう?

想像力が。

想像力とは、ただ単に想いの像を練るに留まらず広い意味で記憶も駆使してようやく織り成せる人間独自の潜在能力とも言えます。類義語に創造力ともあるのですし。あの場は、そんな想像を現実に具現化させるためのアイデアが惑星の数程に眠る情報網の世界、言うならば空想世界で、織成が漁っていたあの引き出しには「記憶」と「経験」が詰まっている、たまに「アカシックレコード」と呼ばれている世界です。

練が得意とする、過去からのアイデアの引用も情報網の接続という意味ではそれに分類されます。

やはり血を分かち合った双子の兄弟ですからね。外見のみならず、中見なかみも瓜二つです。空想世界に関しては二人とも同じ世界をご利用しています。空想世界は一つしかないですし。

いえいえ、決して人間一人につき一つの空想世界の数え方ではありませんよ。世界につき一つの空想世界の数え方です。宇宙にさんざめく星々全てが空想世界ではなく、空想世界という宇宙にさんざめく星々全てが人間でという要領です。

だから、ハモるのですよ。二人の人物が最終的に同じ考えに至って同じことを言うのですよ。

それは終着地点が同じであったことに他ならず、空想世界が世界につき一つであるという裏付けにもなります。

それを経て、彼ら兄弟は血のみならず考えすらも一瞬でも通わせたのですからそれは、それは、祝福されるべき快挙ですよね(∩´∀`)∩


10ー万華鏡は壊れた。ー

「瞬きせねば気が付けない」

2021年12月21日投稿話

 初の二万文字突破作であるこの第十話は、瞬きの大切さを説いたつもりです。

友達と言うのは何とも、最初の内は付き合いが複雑ですよね。自我や主観だ入り乱れては喧嘩になりますし、最悪、絶縁というシナリオも無視できませんよね。しかし、それも言ってしまえば最初の内ですよね。運よく長く長く付き合ってこられた友達はいつの日か親友と呼べる存在になる訳ですし。

大人になっても、些細なことで殴り合いの喧嘩をしている風景なんて都会じゃ、あまり見かけませんよね。この変化は、成長と共に嘘をつく能力が成熟しているからと轆轤輪転は捉えます。

要するに、相手の意見を尊重するために嘘をつくのです。話を合わせるというのがそれです。


 自分は本当はこう思っていても他人がそれを否定している。腹立たしいことだが、ここで立腹してしまっては話にならない。ここは一つ、話を合わせつつ自分の意見をぶつけてみようか。怒りではなく。


自分に対して嘘をつくという話術がきっと成長と共に身に付くのでしょうね。恐らく。

そして、それがお互いの信頼とも呼べます。自分の意見を尊重し合える仲が信頼の賜物だと思います。

信じて頼ると書いて、信頼。友達も互いに助け合う仲ですよね。

ただ、それは信じて我が人生に用いるのとでは訳が違うことはしっかりとメリハリをつけるべきだとも思います。なにせ、人生はあくまで自分だけのもの。独占だとか占領だとかではなく、もとより自分だけのもの。精子の時の努力の結果が自分の人生ですので間違ってもそれは他人の人生ではないのです。

なので自分の人生に他人の人生の勧誘は決して許されることではなく、許してしまえば足を掬われるどころか、そのまま捕食されてしまいますからね。

かと言って、人を完全に信じることを止めるというのも違いますし、一概にも否定はできません。それは重々承知しています。

私が言っているのは「決して度は超えないでください」というものです。信用は信頼しすぎていることの現れですから、嘘をつきつつ相手と歩幅を合わせて如何に丁度いい距離感で仲を維持できるかが「信頼」の本質で、「信用」はそのまた後の話。自分に不利が生まれている期間から抜け出してもう後先考えなくてもよくただ死を待つのみとなった期間に初めて人は信用に値するようになります。自分と同じ境遇か、少し年上の人たちにのみに限られますがそれが「信用」なのではないかと思います。

 最後になりましたが、揚げ足を取られないように物事や人を見定めるには曇りなき眼とそれを癒すための瞬きが必要だと思います。物事は速すぎるため瞬き厳禁とよく言われますが、瞬きをしなければ目が乾いちゃって通常よりも長く閉じてないといけなくなりますし、最悪の場合失明する可能性だってありますから物事や人の本質は「瞬きせねば気が付けない」のではないのでしょうか。


11ーグラウンド・イン・ヴァンパイアー

「閉ざした口に咲いた永久歯」

2021年12月29日投稿話

 皆さんはヴァンパイア、元言い、吸血鬼のことは知っていますね。十字架とニンニクが苦手で血が大好物の太陽の前では塵と化すあの人間の成れです。

石油王は見つかるといいですね(#^^#)

さて、そんな吸血鬼は普段は太陽の光を凌ぐために棺桶に入っていたり、墓の中で永眠と言う名の仮眠をしている訳ですが、その性質って面白いことに繭気けんき属性に見事に当て嵌まるんですよね。

だって、吸血鬼って場合によっては鼠や蟲や肉塊や霧や毎度おなじみ蝙蝠こうもりにも変身できるのですから、鼠や蟲なら「地」、霧は「地」や「風」、蝙蝠なら「空」の案配で上手い具合で適合できるのですよ。そう思いませんか?え?肉塊は何に適合できるのか?って?

えぇ・・・、火でしょうか。よく燃えて、美味しそうな匂いが漂ってきて、ジューシーで、

肉汁たっぷりで、・・・。じゅるり・・・、っあぁおぉ、危ない危ない。

まぁ、という訳で肉塊は「火」ということで。有機物は燃えることですし。

・・・。

どうも無機物の轆轤輪転です。ですので、その手に持ってるライターを下ろしていただけますか?

分かりました。質問に答えましょう。はい、「輝華と吸血鬼と繭気けんき属性がなんの関係があるの」っですね。

( ∧_∧)ノミ<お耳を

???????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????。

と、まぁこんな関係です。言葉遊びというより、物事遊びってやつですよ。



これを書くにあたって、一つ思ったのですが・・・、

意外と忘れてますね。内容。

簡易解説を書くために一度全て読み返す訳なのですが所々「こんなの書いたか?」とか、「え?この子誰?」とか、「なんだ?この展開?」とか覚えがない所が多々ありまして、あぁやっぱー・・・、

忘れるんだな・・・半年経てば。と思いながら深夜4時くらいまでこれを書く毎日を一週間ほど過ごしておりました。

はい。最近よく見るクリエイターさんのXFD、いわゆるクロスフェードに影響を受けて思い立ったこちらの「そして夜が明ける」の春編を締め括る総集解説章、いかがでしたでしょうか。

定日と第十一話の執筆もあり、かなりの急ピッチでの執筆を強いられたために一部ガサツな解説になってしまっている場合がございますかもしれませんのでそこは今ここで土下座ブレイクをしたいと思います。                              

                          。。    

                   ( >⊿<)。      

             _____  ||||  。

            /_   ||( >⊿<)。  。  SS

(____)と_____)(_)     旦←温かいお茶


ふぅ、あぁ、頭がクラクラするのぉ・・・。八ッ!あー、あー、あー、はい、はい。お待ちどうさまでした。えぇ、「そして夜が明ける」第一話執筆から約半年たった今、改めまして2021年が終わろうとしています。今これを書いている時刻は12月28日の午後22:18となっております。

皆さんにとっての2021年はどんな一年でしたか?私は、今年晴れて高校生になったことによってこのサイトに執筆活動を開始して、推しができ、この他にもカクヨムにて物語の執筆も開始、格イベントにも参加して・・・の初めての挑戦が多い一年でした。やはり、小説を書く身として何事にも柔軟に且つ果敢に立ち向かっていかなければですよね。

 告知しておきますと、2022年度から連載を開始する「そして夜が明ける」は夏編に突入し、話題の展開方式も主人公視点の移り変わりも春編とは大きく変更となります。

わっ、そう言えば「そして夜が明ける」の西暦は2020年でしたね。あぶねぇ、完全に忘れてたぜ☆


それではここいらで、2021年の書き納めと洒落込みましょうか。

改めて、活動半年ありがとうございます。2022年もどうかこの轆轤輪転をよろしくお願いします。


 それでは皆様方、よいお年を。











           



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