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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
一 夜を食む
8/72

 八

 うしつ時である。

 

 月明かりは薄雲によって朧気な程度にしか差し込んでいないが、桶をひっくりかえしたような無数の星たちが散らばっていた。

 照柿の里長の屋敷、その広い庭の松の木の影に隠れる人影が二つ。


「で、本当にここに術者は現れるんですか?」

「来る。いや、正確にはここにずっと居る」

「?」


 不思議そうな顔をした琉霞を横目に、梔乃はじっと暗がりに沈んだ庭を見つめた。

 夜は死者の時間だ。白昼の陽の下では見えないものが、冥暗の中では浮かび上がる。

 人ではないものもその姿を現す。

 ――風が吹いた。


「来た」

「なんですか、あれ。――獣?」


 突如、井戸の前に青白い光が浮かび上がった。鬼火のようなそれは、一瞬にしてその姿形を四足獣へと変える。

 狼にしては小さい。猫にしては大きい。犬にしては耳の形が違う。狸にしては細い――


「狐?」


 金色の毛並みはないものの、その姿は狐そのものだ。細長い眼は怪しげな光を帯び、ふさふさとした尻尾の先まで夜をんだような黒に染まっている。

 その体全体を、青白い光が包んでいた。


 「妖狐ようこ


 梔乃の呟きに、琉霞は目を瞬かせる。


「あれが、姉上を呪った犯人?」

「そう」

「狐が」

「そう」

「人に恋を」

「別に、よくある話だけど」

「嘘ぉ……」


 情けない声を上げた琉霞に梔乃は淡々と告げる。

「狐は人に化ける。そうでないものもいるけど、もともとあれも神に近い獣だから、そういう力を持ったものは多い」

「じゃあ、姉上が出会った男っていうのは、庭に迷い込んだ狐…?」

 琉霞は脱力した。どうりでどれだけ必死に探しても、術者が見つからないわけである。

 

 しかし、琉霞は何かにはたと気づいて顔を上げた。


「ではなぜその狐が姉上を呪うのですか」

「云ったでしょ。恋慕がねじれて呪いに転じたって。…あの子もまた、呪われてる」

「どういう意味です」

「迷いこんだ狐が、真白に恋をした。でもそのすぐ後、何者かに殺されたの。とても残虐なやり方で…何度も体中を刀で斬りつけられて、痛くて、怖くて、辛くて。悶えているうちに死に絶えた。恐怖と恨みをもったまま狐は魂となってこの世を彷徨い続ける。そしていつしか現世の穢れを身の内に溜めて妖へと転じた。やり切れない想いは行き場を無くして、そのまま真白に向かった」


 三日前にここを訪れたとき、庭にいた男の一人が「狐の死体が転がっていた」と云っていた。

 朝に真白の中の術者の気配を辿ったときに、もしやと思い、今朝もう一度庭に居た同じ男に尋ねたのだ。「狐が死んでいたのはいつ頃だ?」と。すると、鯉の変死体が浮かび上がるようになった時期と、狐の死体が見つかった時期、真白が病に伏せるようになった時期がほとんど一致することがわかった。


 それを聞いた琉霞が驚いた声を上げる。

「ええ、じゃああの庭のいたずらも狐の仕業ってことですか」

「そうなる。………もっとも、あの子にそんな意図はないと思うけど」


 痛い、怖い、寂しい、辛い。そんな思いだけを残して、妖狐はずっとあの日の夜に閉じ込められたまま苦しんでいる。最早、自分で自分が判らなくなっているのだろう。真白を呪いたくて呪ったわけではないのだ。


(哀れな)


 随分と酷いことをする奴がいたものだ。

 悲劇が悲劇を生んでしまっている。このままでは目も当てられない。

 憐憫(れんびん)の眼差しを向ける梔乃の横で、琉霞が口を開いた。


「あの狐も、助けることは出来ないですか」

「え?」

 

 呆けた梔乃を琉霞は真摯な目で見つめる。


「あのままでは、あまりに哀れです。あの子も救ってあげることは出来ない?」

 


 刹那、息が詰まった。



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