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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
六 児玉峠
71/72

 十

「っあ」


 焦りのせいか、熾は木の根に蹴つまづいた。

 体の均衡を崩して、上体が宙に放り出される。

 転ぶ、と思ったその時、なにか温かいものが腕に触れた。

 驚くほど強い力で腕を引かれ、転びかけた上体が持ち上がる。

 そのまま熾は何者かにぐいぐい腕を引っ張られ、引きずられるようにして走り出した。


 熾の腕を引いているのは、小さな子供だった。

 しかも、その子供には見覚えがある。

 夕方、峠の入口で見かけた、藍鼠の四つ身を着た男の子。

 その子が熾の腕を引いて、恐ろしいほどの速さで森を駆け抜けていく。


 熾はさきほどの恐怖も忘れて、呆けた気分で男の子を凝視していた。

 ただ真っすぐに走っているのに、全く木にぶつからないのが不思議だった。


 と思ったら、木々が自分たちを避けているのだ。

 そんなことはあり得ないと思いつつも、しかしそうとしか思えなかった。


 周囲の木々が皆、仰け反るようにして熾たちに道を開けている。かと思うと、次の瞬間にはまたもとに戻り、後続の男の道を阻んでいた。

 まるで、森が自分達の味方をしているようだった。

 というよりも、目の前の男の子の味方をしているのだろう。

 最初に見た時から、なんだか不思議な雰囲気を纏った少年だった。

 どこかかそけく、しかし悪いものは全く感じない。

 何故か初めて会ったような気がしないし、懐かしいような気さえする。


 掴まれている腕がじんわりと温かく、そこから体中に熱が戻ってくるようだった。

 森の景色は飛ぶように過ぎて行って、いつの間にか男の悍ましい声も聞こえなくなった。


 すると、不意に前を走っていた男の子が立ち止まり、ぱっと熾の腕を離した。


 男の子が振り返る。その時、熾は初めて男の子の顔を見た。

 どこにでもいるような、平凡な顔をしていた。

 どこかで会ったような、そんな顔をしているようにも思えた。


「ねえ君はなに? さっきのあれはなに?」


 熾が問いかけると、男の子はにこりと笑った。

 そして突然、熾の頬にぱちんと手をあてた。


「っえ」


 驚いて固まる熾を気に留めず、男の子はその後もひたいや腕、太ももや膝なんかにぺちぺちと手を当てていく。

 そして最後にへその下にもぺしりと手を当てると、満足したように離れた。


「えっと………?」


 なにをされたか分からない熾が目を白黒させていると、目の前の男の子はもう一度にこりと笑った。

 そして、次の瞬間には霞のように消えてしまった。


「え………」


 突然居なくなった男の子の姿に驚いていると、眩しい光が視界に入り目を細める。


 どうやら、朝になったようだ。


 そして、熾は正面を見つめて「ああ!」と声を上げた。

 民家がいくつも立ち並んでいて、まだ早朝で少ないが人通りも見られる。


 いつの間にか、花緑の村に着いていたようだった。



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