九
熾は男の傍に寄ろうと歩き出す。
「あの、花緑の村の人ですか? 僕、村に行く途中で迷ってしまって」
すると、男が口を開いた。
「お前、迷子か」
「はい。あの」
「お前、一人か?」
「え? そうですけど……あの、『三船屋』っていう宿はどこに……」
云いかけて、熾は足を止めた。
…………なにか、おかしい。
男の近くまで来ると、その容貌が妙なことに気が付いた。
――頭が無い。
先ほどまでは木の陰に隠れて見えなかったが、首から上が何もないのだ。
そして視線を少し落とすと、左腕に何かを抱えている。
それは、人の頭だった。
赤黒い血が頭の半分にべっとりとついていて、その口が動いて喋っている。
「お前、迷子だな? 一人なんだな?」
そんなことを、何度も繰り返し確認するように問い質していた。
背筋を、冷たいものが這う。
ひゅうと喉が鳴った。
「お前、こっちに来い。こっちに、いいものあるぞ」
男が熾のほうへ踏み出してきた。
(逃げなきゃ。今すぐここから逃げないと)
そう思っても、恐怖で体が張りつけのようになって動けない。
体の体温が、どんどん奪われていくような感覚がする。
「お前、こっちに来い。こっちは、いいぞ。いいもの、あるぞ」
男は熾のほうにまた一歩踏み出してくる。
恐ろしくて、熾は震えあがった。
捕まったらどうなるのだろう。もう帰れない。
久太のところに帰れない。家族にも二度と会えない―――
男が熾のほうへ手を伸ばしたその時。
再び白炎が舞い上がった。
烈火のごとく轟轟と湧き出た炎は、男の熾の間に壁を作る。
手を炙られたのか、男は「ゔぅう」と苦し気な呻き声を上げて後ずさった。
しかし、やはり熾には炎の熱さは感じられない。
――守られている。
そんな風にしか思えなかった。
この白い火は、狼やあの男から熾を守ってくれている。
そんな確信めいた予感に背中を押され、熾は駆けだした。
木々の間を縫うように駆け抜け、ひたすら遠くへと目指す。
もともと人よりずっと目が良いのと、夜の暗さに慣れたお陰で、なんとか月光を頼りに走ることが出来ている。
息が切れ始めたあたりで、またしても背筋がぞっとする感覚があった。
――追ってきている。
「ゔぅあ………ぁうう」
不気味な声を上げて、男が後ろから追ってきているのだ。
熾は走りながら、後ろを振り返った。
顔を片手に抱えたまま、首の無い男が這いずるようにして、追いかけてきている。
しかも、全力で走っている熾に追いつきそうな、異様な速さだった。
――駄目だ、追いつかれる。




