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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
六 児玉峠
70/72

 九

熾は男の傍に寄ろうと歩き出す。


「あの、花緑の村の人ですか? 僕、村に行く途中で迷ってしまって」


 すると、男が口を開いた。


「お前、迷子か」

「はい。あの」

「お前、一人か?」

「え? そうですけど……あの、『三船屋みふねや』っていう宿はどこに……」


 云いかけて、熾は足を止めた。

 …………なにか、おかしい。

 男の近くまで来ると、その容貌が妙なことに気が付いた。


 ――頭が無い。


 先ほどまでは木の陰に隠れて見えなかったが、首から上が何もないのだ。


 そして視線を少し落とすと、左腕に何かを抱えている。

 それは、人の頭だった。

 赤黒い血が頭の半分にべっとりとついていて、その口が動いて喋っている。


「お前、迷子だな? 一人なんだな?」


 そんなことを、何度も繰り返し確認するように問い質していた。

 背筋を、冷たいものが這う。

 ひゅうと喉が鳴った。


「お前、こっちに来い。こっちに、いいものあるぞ」


 男が熾のほうへ踏み出してきた。


(逃げなきゃ。今すぐここから逃げないと)


 そう思っても、恐怖で体が張りつけのようになって動けない。

 体の体温が、どんどん奪われていくような感覚がする。


「お前、こっちに来い。こっちは、いいぞ。いいもの、あるぞ」


 男は熾のほうにまた一歩踏み出してくる。

 恐ろしくて、熾は震えあがった。

 捕まったらどうなるのだろう。もう帰れない。

 久太のところに帰れない。家族にも二度と会えない―――


 男が熾のほうへ手を伸ばしたその時。

 再び白炎(はくえん)が舞い上がった。

 烈火のごとく轟轟と湧き出た炎は、男の熾の間に壁を作る。

 手を炙られたのか、男は「ゔぅう」と苦し気な呻き声を上げて後ずさった。


 しかし、やはり熾には炎の熱さは感じられない。


 ――守られている。


 そんな風にしか思えなかった。

 この白い火は、狼やあの男から熾を守ってくれている。

 そんな確信めいた予感に背中を押され、熾は駆けだした。

 木々の間を縫うように駆け抜け、ひたすら遠くへと目指す。

 もともと人よりずっと目が良いのと、夜の暗さに慣れたお陰で、なんとか月光を頼りに走ることが出来ている。


 息が切れ始めたあたりで、またしても背筋がぞっとする感覚があった。

 ――追ってきている。


「ゔぅあ………ぁうう」


 不気味な声を上げて、男が後ろから追ってきているのだ。

 熾は走りながら、後ろを振り返った。

 顔を片手に抱えたまま、首の無い男が這いずるようにして、追いかけてきている。


 しかも、全力で走っている熾に追いつきそうな、異様な速さだった。

 ――駄目だ、追いつかれる。


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