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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
六 児玉峠
69/72

 八

いっそ今日のところは諦めて、ここで寝てしまおうかな。


 幸い、温かい時期なので夜になってもさほど冷えない。

 暗い森の中をやみくもに歩き回ったところで、村にたどり着くとも思えない。

 いたずらに体力を削るよりも、休息に徹して朝を待った方が懸命な気がする。


 それよりなにより、お腹が空いて動けない。

 よし、寝よう。

 灌木の根元に頭陀袋を敷いて、そこに頭を乗っけて寝転がる。

 土の匂いが近くに感じて、次第に気持ちが落ち着いていった。

 瞼を閉じると、すぐにゆるゆると眠気がやってくる。

(あ、寝れそう)

 そのまま、緩やかに意識が遠のいていくのを感じた。




 むずむずむずずむず。


 なんだかとても、鼻のあたりがむずむずする。

 小さななにかが鼻の中を飛んでいて……これは虫だろうか?


「はーーーくしょんっ!」


 くしゃみとともに跳ね起きた熾は、体のあちこちが痒いことに気が付いた。


「うええ、いっぱい刺されてる………」


 森の中で寝ていたのだから、蚊に刺されるのは当たり前だった。

 着物の合わせ目から腹のあたりまで侵入して、へその下にも刺された痕跡がある。


「うわぁ。さいっあく」


 もうとにかくあちこち痒くてかなわない。こんなことなら虫刺され用の薬も持ってくればよかった。

 一思いに掻きむしってしまいたいのはやまやまだが、刺されたところを掻くと久太にどやされる。


 虫刺されは、それそのものは大した事ないのだが、搔き壊すと化膿かのうしたり感染症などの二次被害を引き起こすことがあった。

 というか今更だが、森の中に無防備に寝そべるのは迂闊すぎた気がする。


 幸い蚊に刺されたくらいで済んだが、毛虫やら百足むかでやらもっと危ないのに刺される可能性もあったのだ。

それに、熊やまむし、猪などの危険な獣だって出るかもしれない。

 そう考えると急に目が冴えてきて、一刻も早く村に向かわなければと思い始めた。


「歩くかぁ」


 ちょうど夜空の一番高い位置に月が出ている。

 もう日は跨いだのかもしれないが、なんとか朝までには村にたどり着きたいところである。


 頭陀袋ずだぶくろを肩から掛けて、熾は歩き出した。

 一歩一歩踏み出すたびに、蚊に刺された部分が着物に擦れてむず痒い。

 

それに、さっき走ったときにこずえの先で肌が切れたのか、あっちこっちがひりひりしていた。


(もうほんとになんて日だよ)


こんなことなら、久太に村までの道のりを詳しく聞いておくんだった。


「いや、あのとき地図を濡らしさえしなければなぁ……」

そうやって溜息とともに漏れ出た言葉に、反応する声があった。

「誰だ」


 太い男の声だった。

 驚いて声のした方を見ると、熾のいる位置から少し離れた場所に大きな影が立っていた。

 ちょうど灌木かんぼくの葉に遮られ、顔の位置は見えないが、それは確かに人のように見える。


 大柄な男のようだった。暗くてよく分からないが、ボロボロの着物を纏っていて、片手になにかを抱えている。


「子供か?」


 先ほどよりも幾らか柔らかい語調で、男はそう問いかけて来た。

 熾はほっとして体の力を抜いた。


(ほんとうに熊が出たかと思った……)


 人が相手なら恐ろしくない。


(あれ、もしかして花緑の人かな)


 なんだ。いつの間にか、村に近いところまで来ていたのか。


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