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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
六 児玉峠
65/72

 四

「はい、今度はどこに行けばいいですか」


 熾が問うと


朽葉くちばにある、花録かろくの村だ。そこにある『三船屋みふねや』っていう旅館の女将さんにな。定期的に届けている常備薬なんだが、俺はあした用があって出ないといけないから」


 熾は思わず「わあ」と声を漏らした。


「朽葉っていったら、都会じゃないですか」


 朽葉は東領でも有数の大きな里で、人のたくさん集まる流通の地にもなっている。

 照柿てりがきとて、そこそこ大きな里に入るのだが、朽葉の広さはそのおよそ三倍にも及ぶ。


「花録は朽葉の中でも一番小さい村だ。少なくとも真緒まそほよりはずっと田舎だぞ」


 手元の薬を懐紙で包みながら久太が云った。

 真緒は、琉霞たち里長の一族が住んでいる照柿の中心村だ。あそこも人が多い。

熾も何度か遊びに行ったことがあるが、通りはいつも町人たちで賑わっていて楽しかった。


「地図を持たせるから、明日の朝にここを出ろ。途中までは駕籠を使っていけ。陽が暮れる前にはつくはずだ。女将さんに薬を渡したら『三船屋』に一泊して来い。次の日の朝にまた出れば、夕刻までには戻って来れるだろ」


 いろいろと熾に気を遣って考えてくれているのが良く分かる文言だった。

 その後も久太は初めて度に出る子供によく云い聞かせるように『地図をよく見ろ』だの『人通りの多い道を行け』だの『暗くなってから外を出歩くな』だのと出発までの間、延々に繰り返していた。


 正直云ってこの久太の心配は、熾には少々、業腹ごうはらであった。


 子供と云っても、熾だってもう十二だ。久太とだって五つしか違わないし、琉霞たちのなんて二つしか違わない。

 その程度の差であまり歩きたての赤子のような扱いをされると、流石に気分も悪くなる。



 だから、出発前に少しへそを曲げて、なにか大事なことを聞き落としてきたような気が、今となってはしなくもなくもない。



 久太に用意してもらった駕籠で途中までは運んでもらい、朽葉の里に入った辺りからは徒歩かちで花録へと向かう。


 駕籠を降り、山景色の間をぼんやりと眺めながら、熾は道なりをのんびりと歩いていた。

 久太の言う通り、朽葉の里内であっても花録の村はだいぶ田舎にあるらしく、中心村からはかなり距離があるようだ。そのせいか、歩いても歩いても延々にのどかな風景が続く。

 

それでも人通りはそれなりにあり、途中で行商らしき身なりの人々や、旅人っぽい人、中には豪奢な駕籠に乗ったちょっとやんごとなさそうな人なんかも居た。


 肩に掛けた頭陀ずだぶくろには、届けるための薬と水の入った竹筒、昼食用の握り飯と久太に持たされた金が入っている。

 平淡な道ゆきではあったが、蒸し暑いこの季節、長い距離を歩くのはかなり体力が必要だった。

 

竹筒の中の水の減りは予想以上に早く、熾は考え無しに飲んでいた事を後悔したが、途中で運よくすれ違った水売りに水を売ってもらえてこと無きを得た。

 

 昼過ぎには木陰に座って握り飯を食べ、また歩く。

 名もない沢の近くで出会った飴売りから数本の飴を買い、口の中で甘いそれを転がしながら気ままに歩いていると、ぼろ布を着た同い年くらいの男の子が向こうから歩いてきた。腰に紐を括られ、目つきの悪い男に引きずられるようにして歩いている。


 熾はその子の前で立ち止まると「ちょっと待っておじさん」と男に声を掛け、持っていた残りの飴を全部少年に差し出した。少年はびっくりしたように歩みを止めたが、熾が「あげる」と云うと、ひったくるようにして飴を奪い、再び引きずられるようにして歩いていった。

 そんな風にして、熾はのんびりを花緑への道中を歩いていた。


 どうせ時間はたっぷりあるのだ。


ゆっくりのんびり歩いたって、すぐに日が暮れたりはしない。

 それはもうのんびりと。



 …………でも、ちょっと、のんびりしすぎてしまったかもしれない。





 気が付いたら、日が傾き始めていて、もうあと半刻もせずに沈んでしまう。

 そんなぐらいになるまで、時間の流れをまるっきり意識していなかった。

 暗くなり始めた足元は危うく、熾はうっかり足を滑らせて崖下の沼に落っこちた。


 幸い、崖といっても大した高さは無く、熾に怪我は無かった。

 慌てて頭陀袋を水上に押し上げたお陰で、薬もちょっと濡れたくらいで済んだ。

 しかし、紙で出来た地図はそうはいかなかった。

 久太が丁寧に絵まで描いた地図は、肝心なこの先の道が滲んで見えなくなってしまっている。

 今までの道のりがほぼ一本道だったせいで、地図を先まで見ようとせず、全貌もあんまり思い出せない。


 この先、どうやって行けばいいのか分からない。

 それに、もうちょっとで夜になってしまう。


 ――どうしよう?


「うわぁ。ひょっとして僕、いま迷子なのかな」

 呟きに応える者は誰もいなかったが、頭の中で久太が『阿呆あほう』と云った気がした。

 そうはいっても、かなり歩いてきたのは確かなので、村の近くまでは来ているはずである。

 水につかって重くなった着物を絞り、泥をはたいて熾は立ち上がる。

 周囲を見渡すと、切りだった崖の向こう側にぼんぼりのような明かりがいくつも浮かび上がってるのが見えた。


(しめた!)


 熾は人よりずっと目が良い。

 暗がりの中で目を(すが)めて明かりの辺りを探ると、木々の間から民家の屋根らしきものが沢山並んでいるのが見えた。

 あれは花緑の村に違いない。


「よかった。やっぱり近くまで来てたんだ」


 これで野宿にはならずに済みそうだ。

 そうやって再び意気揚々と歩き出した熾だったが、すぐにまた足を止めることになった。


「あれ……これどっちだ」


 目の前には分かれ道。

 一方は森の中を行く道だ。方向的にはこのまま真っすぐ前進して丘を登る形になる。

 もう一方は剝き出しの峠道だ。ごろごろと岩石があちこちに転がっていて、歩きにくそうだった。


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