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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
六 児玉峠
64/72

 三

参ったなぁ、とおきは頭を掻いた。

 手に持った地図はもはや解読不能で、とても役に立ちそうにない。

 日が暮れる前に次の村にたどり着かなければ、今日は野宿になってしまうというのに。

 ―――事の発端は、昨日の朝に遡る。

 

 熾は現在、おうちにある久太の診療所兼自宅にて、医者見習いをしている。

 以前、久太の師である白露に流行り病から命を救ってもらって以来、密かに医者になりたいと思っていたが、白露のことがあった手前、はっきり医者になりたいと云い出せずにいた。


 しかし、もろもろの蟠りが解けた後、思い切って久太に『弟子にして欲しい』と頭を下げて頼み込んだ。熾はこの時、絶対すんなり受け入れてはくれないと思い、何日も頭を下げに来るか、付きまとうか、最悪殴り合いで決着をつけるか、と明後日の方向に覚悟を固めてきていたのだが、意外にも久太はしばし逡巡の素振りを見せた後、『いいぞ』とあっさり許可を出した。


 あまりにあっさりと許しが出たので、熾は逆に怖くなって「え、なんでですか」と久太に尋ねた。

 すると久太はちょっと変な顔になって


「……弟子をとったら、一人前になれるかなって」


 と歯切れ悪く云った。


 この言葉の真意は熾にはよく分からなかったが、以前はまるで抜身の刀のように底冷えする鋭さを持っていた久太の目から、剣呑な影がすっかりなりを潜めていたのを見て、彼なりの心境の変化があったのだろうと察した。


 以降、熾は久太の家に住み込みで働きながら、医者になるための勉強をしている。

 とはいっても、専ら雑用ばかりを任されているのだが。

 久太は往診に出ることが多いので、その間に診療所の留守を預かり、急患が出た際の他の村の医者への紹介や、ちょっとした応急処置なんかが今の熾のもっとも医者らしい仕事といえた。


 それ以外は薬を届ける使いっ走りや、久太の身の回りの世話なんかがほとんどで、ほぼほぼ小間使いのようにこき使われている。

 それでも、別に熾は現状に不満があるわけではない。

 むしろ、とても感謝していた。


 職人であれ商家であれ、弟子として入った子供のやることなんてみんな雑用みたいなものだし、何年もそうして使い潰されただけで、碌な技術も得られずに路頭に迷ってしまった者だってごまんといる。


 それに比べれば、久太の下での生活は破格の好待遇だ。

 ああみえて基本的にしっかりした人なので、酒さえ飲まなければ平時はとても頼りになるし、忙しい合間を縫って、熾に医者としての知識をたくさん教えてくれる。

 傍で生活するようになって初めて分かったが、久太はとても世話焼きで、且つ、子供好きだった。


 もっというと、少し人たらしな面がある。

 そんな素敵な師匠のもとで、なかなかに順調な見習い生活を過ごしてはや数か月。

 いつもの通り、熾は久太に薬を患者のもとに届けてくるように云われた。


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