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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
六 児玉峠
62/72

 一

ひらりと、青葉が一枚、池に落ちた。

 

 凪いだ水面に、控えめな波紋が広がる。

 長く降り続いていた雨も止み、ようやく梅雨明けを迎えようという頃。

 下屋敷の濡縁ぬれえんにて、ひとり読書をしていた麗夜れいやは、静寂の庭の空気が揺れた気配を感じて、ふと顔を上げた。

 正面に聳立しょうりつするへいに、誰かが立っている。


 そう易々《やすやす》と登れる高さの塀ではないのだが、白い外套がいとうを羽織った子供は、なにやら楽し気に口元を歪めて、じっとこちらを見つめていた。


「来たか、白燕はくえん

「久しぶり、麗夜」


 コーンっと、鹿ししおどしの子気味よい音が響いた。

 屋敷の客間にて机を挟み、麗夜と少女――白燕はくえんは向かい合って座っている。

 陽気の良い日なので、あえて障子を開け放っていた。

 茶菓子を持ってきた下女が下がると、麗夜は前に座った白燕に声を掛ける。


「一年ぶりくらいか」

「うーん……そのくらいになるのかな」


麗夜を一瞥もせずに白燕はそう云って、下女の持ってきた茶を口に含んだ。


「へぇ、変わった香りだね」


 鼻腔を抜けるかぐわしい香りに白燕はほっと息をつく。


茉莉花まつりかの茶だ。花自体はこの國にもあるが、これは質の良いものをくにから取り寄せた。この時期だけの趣向品(しゅこうひん)だな」

「相変わらず洒落者しゃれものだね、きみは」


 布を深くかぶっているせいで、少女の顔は見えない。

しかし、口元だけで薄く笑ったのが分かった。


「それ、取ったらどうだ。人払いをしているから、どうせ誰も来ない」

 云われて白燕は、「ああ、そう?」とおもむろに顔半分を覆っていた布を払った。

 現れたのは、十二、三歳程度の子供の顔だ。

 人形のようによく整った顔は、幼いながらにも壮絶に美しく、見る者をはっとさせる。


 しかしそれ以上に特筆すべきなのは、少女の白さだった。

 肌も髪も新雪のように白い。

 雪景色の中ならば、埋もれてしまうのではないか、と思わせる程に。

 これだけならば、六花りっかの精霊を思わせるような神秘的な見目であるが、更に目を惹くのは、少女の瞳の色だった。


 それはまるで鮮血のような赤。


 瞳の奥の血の色がそのまま透けて見えたかのように、ひたすらに真っ赤であった。

 真っ白な肌と髪に、血赤のような双眸。

 精霊か物の怪か。初めて見た者ならば目を疑うだろう。

 当人の意思に関係なく衆目を浴びてしまうので、白燕はこうして外を歩くときは顔を隠しているのだ。


 仕方がないと分かっていても、麗夜はそれを少しだけ残念に思う。

 後にも先にも、目の前にいる娘ほど美しいものに出会うことはないだろうな、と本気で思っていた。

 惜しむらくは、この美しい髪がざんばらまでに短く切られていることか。


「勿体ないな」


 つい口を出てしまった言葉に、白燕はきょとんと目を丸くした。

 その表情に、珍しいものを見たなと思いながら麗夜は再び呟く。


「綺麗なのにな」


 すると、少女はからからと面白げに笑った。


右京うきょうも同じこと云ってたよ」

「あぁ……」


 なんとなく複雑な気分になって、麗夜は口を噤んだ。

 右京というのは、この國の四大貴族であり、東領全土を治める春宮家はるみやけの嫡男のことである。

 本来なら、麗夜が気安くできるような相手ではないのだが、幼い頃に父を通じて、右京の遊び相手として春宮家本邸に出入りしていたこともあり、今でも親密な交流があった。


 麗夜と右京と白燕は、数年前に北領で出会い、ちょっとしたいざこざに巻き込まれた。

 それ以降は、こうして度々近況を報告し合う仲である。


「南に居たんだよ。半年くらい」


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