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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
五 伽藍の狂器
61/72

 九

琉霞はキッと薔斎を睨みつけた。


「その子はあなたの本当の子ではないのでしょう。一体どこから連れ出して来たんですか。まさか、かどわかして来たんじゃないでしょうね!?」


 すると、薔斎は鬱陶し気に琉霞を見下ろした。


「はぁ? これは儂が買ったんじゃ。朽葉に行ったときに女衒ぜげんが連れていた娘だ。どこぞの遊郭に売り飛ばされそうになっていたのを、拾ってやったのよ」


 吐き捨てるようにそう云ってから、薔斎はふんと鼻を鳴らした。


「家に連れ帰り、儂は『純』という名を与えた。最初はよく喋る小生意気な娘だったがな、長年かけて無垢になるよう作り替えたのだ。儂の丁寧な手入れの甲斐あって、『純』は何も話さなくなり、何も聞かなくなり、何も感じない、純粋無垢な存在に生まれ変わった」


 云ってから、薔斎は誇らしげに腕を広げた。


「見よ! この儂の最高傑作を! 稀代の芸術家たちもこれほどの境地には辿り着けなんだ! 『純』こそが究極の美! なににも染まらぬ無垢なる美しさ!」


 快哉かいさいを叫ぶ薔斎に、琉霞が怒声を上げた。


「ふざけるな! すみちゃんは物じゃない! お前の作品なんかじゃない!」

「阿呆。鳥頭め。すみちゃんなどではない。これは『純』だ」


 これ、と指さしたのは、少女の丸い頭だ。

 その仕草を見て、琉霞の頭にかっと血が上った。 


「あなた、自分が何を云ってるのか分かってるんですか………!? あなたのせいで、この子は感情を失い、言葉も失い、自我まで失くしてしまった。ひと一人の人生を、あなたはめちゃくちゃにしたんです!」


 琉霞の糾弾を、薔斎は「っは」と鼻で笑って一蹴する。


「何を訳の分からんことを。云っただろう、この娘は売られた子供だ。ゆくゆくは女郎になって、郭で飼い殺しにされる運命。それを慈悲深くも儂が救ってやったのだ。下賤な女郎に墜ちるよりも、遥かに良い扱いだろう」

「云うに事欠いて…………!」


 ぷちん、と琉霞の頭でなにかが切れる音がした。

 脳裏に蘇ったのは、雅の姿だ。彼女は女郎であったが、聡明で誇り高い女性であった。

 遊郭に囚われている女性たちは、ただ不幸なだけだ。彼女たちに落ち度はなく、あの苦界で懸命に生きている人々を下賤と罵る薔斎の言葉は、琉霞を怒り狂わせた。


れ者め! 恥を知れ!」


 怒髪天をつく勢いで、怒鳴り上げた琉霞は、そのまま薔斎に躍りかかろうと身を乗り出した。

 しかし、寸でのところで梔乃が手を出して琉霞を諫める。


「梔乃……!」

「無駄よ。相手は幽体。触れられない」

「っ………」


もどかしい思いで、琉霞は動きを止めた。

振り上げた拳はそのまま下げられずに、歯噛みする。

 そんな琉霞に、どこか憐れむような視線を送ってから、梔乃は薔斎を見上げた。

 この男に、良心などない。

 自分のしたことが、どれほど身勝手で残酷な行いかなんて、絶対に分からないのだ。

 罪の意識の無いものを裁くことなど不可能である。

 加えて、相手はもうこの世のものではない。これ以上愚かな行いを繰り返す前に、さっさと向こうへ渡ってもらうのが、最善であった。

 梔乃はちらりと少女のほうへ目を向けた。

 目の前のいざこざの渦中にあるというのに、その表情は相変わらず微動だにしていない。

 一体どんな生き方をすればこれほどまでにすべてに無関心になれるのか。

 ただひたすらに虚無。この世のすべても、自分自身のことでさえ、この少女にはどうでもいいことなのだ。

 虚しさが梔乃の胸に込み上げた。

 掌に爪が食い込むほどに拳を強く握りしめている琉霞は、この少女のために怒っている。


 しかし、少女に琉霞の思いが届くことは無い。


 ―――この子にとっての救いは、どこにあるのだろう。


 薔斎は『純』の素晴らしさを、未だ高らかに叫び続けている。

 琉霞は拳を握りしめたまま、汚穢おわいでも見るような眼差しを男へと向けた。


「地獄に落ちろ………!」


 未だ哄笑をする男と、怨嗟をたぎらせる少年の姿を、梔乃は救いようのない眼で見つめていた。


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