八
琉霞は数か月前に少女を見かけた時のことを、かいつまんで説明した。
円天堂の若旦那である勝治は、子供の頃に店の大家であった涼平に可愛がってもらっていたこと。
その涼平が少し前にぽっくり死んでいたこと。
涼平の家の中に見覚えのない幼い少女が残されていたこと。
その少女の着ていた帯の裏に名前が書かれていたので、少女を『すみちゃん』と呼んでいたこと。
――実際は、帯の裏に書かれていた『純』という文字を『じゅん』ではなくて『すみ』と勘違いしていたこと。
「勝治さんのお姉さんの名前は、佳純さんでしたから、そう読んでしまったのかもしれませんが」
「じゃあ、この子が、薔斎の最高傑作……」
「………そういうことに、なるのでしょうね」
二人の間に、重苦しい沈黙が落ちた。
今から思えば、確かに納得のいくことが多い。
薔斎は高利貸しの家から独立したと云っていたが、だからといって自身も高利貸しになったとは云っていない。勝治の話では、薔斎は昔、質屋を営んでいたそうだ。質屋を引退してからは、土地を勝治の父である大旦那に貸し付けて、自身は裏に引っ込んでいそいそと作品作りに没頭していたというわけである。
薔斎が画を描いていたことや、白磁器をつくっていたことなどは、勝治は知らなそうな口ぶりであった。だとしたら、勝治はあのからくり扉の向こうにある白い部屋には入っていないのだ。白磁器の存在などは知らずに、ただ家の奥にいた少女だけを連れ出してきたというわけである。
「やはり、薔斎さんの遺体を最初に発見したのは勝治さんでした。勝治さんはその日、家賃の支払いに薔斎さんの家を訪れたようですが、声をかけてもいつまで経っても出てこないので、不審に思って戸口から中に入ったそうです」
戸締りはされておらず、そのまますんなりと家に入った勝治は、居間で死んでいる薔斎を発見した。一目で老衰だと分かったが、念のため家の中を検めていると、奥の座敷に幼い少女が蹲っているのを見つけたという。
まさかそのままにしておくわけにはいかずに、勝治は再び家にじんばりを掛けてから、裏口を使ってその少女を自宅に連れ帰った。
勝治は大人の男にしては結構小柄なほうなので、あの小さなからくり扉を行き来することができたのだろう。
その後、家の取り壊しに来た役人に対して、取り壊しをもう少し待って欲しいと交渉した。幼い頃から、薔斎――もとい涼平にはたくさん世話になっていた勝治としては、思い出の詰まった家が無残に壊されてしまうのは看過できなかったようだ。洒落た家だし、買い手が見つかるかもしれない。それまで少し待ってくれないか、と。もしかしたら、袖の下でも渡したのだろうか。
勝治は『円天堂』の切り盛りで忙しい。だから、自身の抱えた丁稚を使って、薔斎の家を定期的に掃除させていたのだ。
「そういうこと………」
琉霞の説明に、梔乃は溜息をついた。
「えっと、どういうことかしら……」
真白は相変わらず戸惑ったように琉霞たちを見ている。
無理もない。そもそも真白には薔斎が見えていないのだ。
そういえば、と梔乃は思い出した。
真白や琉霞から『すみちゃん』という幼い少女のことはしばしば聞いていた。
対面するのはこれが初めてであったが、真白はこの少女に読み物を探したり、話し相手になったりとなにかと気にかけてやっていたのだ。
きっと今日も、すみちゃんに会いに、『円天堂』にやって来ていたのだろう。
そこへ突然琉霞がやって来て、すみちゃんを連れ出すと云いたしだので、真白も共に着いてきたわけだ。
琉霞も真白も『円天堂』の若夫婦とは懇意のようなので、この少女を連れ出すことに疑念を持たれなかったのかもしれない。




