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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
間幕 異児
51/72

 二

差し掛け屋根の下、渡り廊下の角を曲がり、小さな四阿あずまやを通り過ぎたところで麗夜は足を止めた。


 知識人に必要な教養書や、地理、歴史書、民話を記した伝記や、果ては出元のよくわからない御伽話まで、離れに建っているこの古い書庫には様々な書物が蔵書されている。


 ここを行き来するのは専ら麗夜と竣夜だったが、近頃は真白がなにやら子供向けの読み物を漁っているとかなんとか。


 更に意外なことに、あの学問嫌いの琉霞まで出入りしているというのだから、なるほど竣夜の言う通りなにか余程の心境の変化でもあったのだろう。


 訳も無く愉快な気分になった麗夜は、閉められた戸を勢いよく開ける。

 その瞬間、扉の向こうから「え?」という間の抜けた声が聞こえた。

 昼間とはいえ、倉の中は光が入らぬ仕様になっているので薄暗い。

仄暗い部屋の奥――行燈あんどんに照らされて浮かび上がっている少年の姿を認め、麗夜は口角を上げた。


「――――あに、うえ?」


 完全に不意を突かれた顔をした琉霞は、もともと大きな瞳を更に丸くして固まっている。

 その琉霞の周囲を見て、麗夜は興味深げに目を細めた。


(ほう………)


 床にそのまま座っている琉霞の周りには、様々な書物が散乱していた。

 ちらりと目を向けると、それは照柿てりがきの歴史書だったり、民族史だったりと、いずれもこの里に関する資料ばかりであった。


「麗夜兄上、何故ここに? 下屋敷しもやしきに行かれたのではないのですか」

 琉霞は狼狽しながらも立ち上がった。

 祭祀がひと段落したこの時期、麗夜は毎年丘の上の別邸――下屋敷で過ごすことになっている。


 下屋敷には沢山の紫陽花が植えられていて、風流人の麗夜はこの紫陽花たちを眺めて一時の休暇を憩うのである。

 しかし、昨日本屋敷を発ったばかりの長兄が、なんでか今この場にいる。

 すると、琉霞の困惑を読み取ったように麗夜が口を開いた。


「父上に急ぎ話があったのでな。もう戻るところだが、竣夜からお前がここに居ると聞いて、遊びにきたのだ」

 ――遊びにって。


 麗夜のこういうところが食えないのだと、琉霞は思っている。


 切れ者のくせに、敢えてこうしたおちゃらけた言葉を選ぶのだ、この人は。


「ええと」


 反応に困っていると、麗夜は構わず琉霞の傍まで歩いてきた。

 そして目の前でかがむと、足元に散らばっている和綴じ本を一冊手に取ってぱらぱらと紙をめくる。麗夜が持っているのは、先ほどまで琉霞が見ていた、このあたりの地域の土着信仰についての本だった。


「……お前、何を調べてるのか知らないが、こんなもの見たってなんのあてにもならないぞ」

「っえ」


 麗夜は胡乱な顔で冊子をひらひらと振って見せた。


「ここの民話やら神話やらの資料はな、大叔父上おおおじうえが若い頃に面白半分で集めたいい加減なものもがほとんどだ。著者も、話の出元もなにもかも適当で眉唾ものばかりだな」


 まあ、俺としてはほとんど出まかせだと思っているが。

 そう付け足して涼し気に冊子を棚に戻した麗夜を、琉霞は呆気にとられた顔で見つめた。


「ええ……」


 力なく脱力してその場に頽れる。

 だがそう云われてみれば確かに、いくつかの資料の間で平仄ひょうそくの合わない事例があったり、明らかに真偽の怪しい話がいくつもあった。神話や民話なんてそもそも口伝くでんで発展したものがほとんどだし、まあそんなもんだろうと高を括っていたのだが。


 こうなったら諸々を我慢してでも、竣夜に一言尋ねておくべきだっただろうか。

 今まで全く書庫を使用してこなかったツケが、こんな形でやってこようとは。

 自失した琉霞を見た麗夜は、苦笑する。


「竣夜はわざとお前に教えなかったのだろうな」


 あれは少々、嫉妬深いところがあるから。

 そう云われて、琉霞は、ああ確かにと内心で首肯する。

 しかしそれでも琉霞が自ら尋ねれば、竣夜は嫌な顔をしながらも答えてくれただろう。

 劣等感が強く、そのくせ生真面目で、潔白を誇示する厄介極まりない性分のあの次兄じけいは、結局のところ善人なのである。

 なにかとあれば琉霞につっかかってくる竣夜だが、自身のそういう部分を悪癖と認めていて、自責の念に駆られている様子がよく見て取れる。

 意地は悪いが、根は真っすぐで、非常に分かりやすい。

 だから琉霞も、なんやかんやで、竣夜のことは嫌いではないのだ。


 琉霞が最も警戒しているのは――目の前にいるこの長兄だった。

 眉目秀麗なこの兄は、長身痩躯で、引き締まった体格をしている。

 瓜実顔うりざねがおに切れ長の瞳を持っていて、比較的まるい顔立ちをしている他の兄弟たちとはあまり似ていない。

 いつも鷹揚に構え、どこか飄々とした態度で、物事を少し離れた位置から見ている。


 人生を半周したよわいの人間がそのようにしているならばまだ分かるが、弱冠十九にしてこのふてぶてしさは少々寒気がするほどだった。

 下の兄二人は完全に琉霞を見下しているが、麗夜の場合は俯瞰している、というほうが正しい。

 琉霞の拙い経験上では、この手の人間が最も『曲者くせもの』であった。


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