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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
間幕 異児
50/72

 一

兄上あにうえ

 

座敷を出て襖の戸を閉めたところで、待ち構えていたかのように声を掛けられ、麗夜れいやは振り向いた。

 見ると、板敷きの長い廊下に弟の竣夜しゅんやが憮然として立っている。


「なんだ」


 何か用か。表情一つ変えずそう問うと、三つ下の弟は「用ってほどじゃないですけど……」

と何やら云い淀んでから、憚るように口を開いた。


琉霞るかが書庫に籠ってるんですよ」

「なに?」


 珍しいこともあるものだ、と麗夜は感心した。

 末っ子で、兄弟の中で己と最も歳が離れている琉霞は、座学のたぐいが大嫌いだ。

 幼い時分はよく手習いの師匠せんせいたちから逃げ回り、その逃げ足の速さや身軽さには、麗夜も思わず舌を巻いたほどである。

 しかし、麗夜の態度が気に入らなかったのか、竣夜は不満げに兄に言い募った。


「あいつ、近頃妙ですよ。なんかこそこそ出掛けたり、家にある菓子やらなんやらを持ち出したりして」

琉霞あれがふらつき歩いているのはいつものことだろう」

「いや、そうですけど、そうじゃなくて。なんか様子がおかしいっていうか。そわそわしてるっていうか……とにかく尋常じゃないんですよ!」


 炯々とした兄の視線に圧を感じたのか、竣夜はほとんど捨て鉢のように吐き捨てた。


「犬猫でも隠しているのかもな」

「茶化さないでくださいよ、兄上。俺は真面目に話してるんです」

「ほう?」

「だって、姉上の様子もおかしいんですよ。なんか妙に明るいっていうか、生き生きしてる風で。琉霞と共謀して、何か企んでますよ、あれは」

「共謀か。ははっ。それはいいな」

「兄上!」


 真面目に! と叫ぶ弟に、麗夜は微笑を浮かべて腕を組む。


「あの琉霞と真白に腹芸はらげいなど出来るものか。無論、お前にもな、竣夜」


 飄々と云ってのける兄に、竣夜はまたしても不満げに眉を寄せた。

 この長兄には、幼い頃から何一つまさったことがない。

文武両道を地で行く麗夜は、里長の継嗣けいしとして微塵の瑕疵も無く、父の期待を一心に受けている。

兄の前に立つときは、尊敬と同時に、自身の浅ましい劣等感と向き合わねばならないのが、竣夜には苦痛だった。

更に厄介なのは、この聡すぎる兄は、竣夜のそういった懊悩おうのうもすべて見透かしているということである。


「お前の気持ちも分からないわけではないがな」


 云いながら、麗夜はひらりと羽織を翻して背を向ける。


「あまり琉霞に突っかかり過ぎるなよ」


 そう云われてしまえば、竣夜はもう悔し気に歯噛みするしかないのである。


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