十一
朝露が、陽の光を強く弾いて煌めいた。
青い静寂の中、ささやかな水音すら鮮明に響きわたる。
水の匂いが残る四葩の小道を歩いていた。
まだ早朝と云える時間帯、柚葉たちの家を後にした梔乃は、ある予感を携えて、もう
一度、あの女を初めて見たこの場所にやって来ていた。
久方ぶりの眩い朝日、明るさに目が眩んだ道の先――可憐な紫陽花の群れの中に、その赤はつと現れた。
――ああやっぱり。
「貴女だったのね」
鳶色の瞳。艶やかで豊かな黒髪。目が覚めるような紅の小紋《こも
ん》――そして、一切の瑕疵の無い白い肌。
女は最初に見た時と変わらず、ずっと腹から痛ましく血を流し続けている。
今にも風に溶けてしまいそうなその女性の足元は、うっすらと、透けている。
二月前に亡くなったという、青葉の娘の柚葉。
梔乃がここに来た時に一番最初に見かけたのも、夢に出て来たのも、彼女だった。
「私に、伝えようとしたんでしょう。青葉たちを止めて欲しいと」
結果的に、間に合わなかったわけだが。
「ごめんなさい。私は遅かった」
梔乃がそう云うと、女は小さく首を横に振った。
その殊勝な仕草は、『女郎の柚葉』とは似ても似つかない。
だが、その見目は、確かに見間違うほどそっくりであった。
自分が死んだ後、残していった父親が心配で、それが心残りとなって彼女は現世に留まっていたのだろう。
この娘は、父親と『女郎の柚葉』のことをどういう思いで見ていたのだろうか。
互いを想う感情は、狂気的な執着心だけを残して、双方を奈落へ導いた。
こんな話も、かの『白蘭抄』のように、悲恋として語られる日が来るのだろうか。
紅の着物が、揺らいで消える。
先日の、真白の言葉が脳裏によぎった。
『――恋は盲目ってことなんでしょうね』
いいえ、きっと。それよりも、もっと――――――




