八
「火事があったんだって」
「へえ、どこで」
「色茶小路の、大通りの小さい酒屋があるだろ?」
「ああ、源さんちの近くの。あの家が燃えたのかい」
「いや。その酒屋のちょうど裏にある長屋がね、三軒。いずれも全焼は免れたが、かなり燃えたみたいだ」
「なんとまぁ、気の毒にな」
「雨が降ってたのは不幸中の幸いだったな。じゃなきゃ三軒じゃ済まなかったはずさ」
「それで、死人は出たのかい?」
「引火した不運な二軒の住人は早々に逃げ出して無傷だ。でも、火元の家の親子は二人とも死んじまったとか。男と若い娘だったとよ」
「そりゃ可哀想になぁ。でもなんだってこの湿った時期に火事なんか。火遊びでもしたたんか?」
「それがな、心中だったんじゃないかって噂だよ」
「心中? 自殺ってことかい? なんだってそんなこと……」
「妙な親子だったらしいぜ。二月ほど前に突然越してきて、あんまり近所の人間と関わろうとしなかったらしい。男のほうはやけに娘に執着していて、娘もとっくに嫁いでいてもいい歳なのにずっと父親に寄り添っててな」
「はぁ。仲が良いのは結構じゃないかね」
「ところがどっこい、これには裏があるんだ」
「裏ぁ?」
「娘は梅毒に侵されていたらしい。首の後ろに腫れがあったのを見た奴がいるんだ。だから、あれは女郎なんじゃないかって噂だよ。ありゃ親子じゃなくて、情夫と妾なんだ」
「そりゃ、ほんとうか」
「ああ。それに、それだけじゃないんだ」
「まだなんかあるのか」
「こっからは俺の推測なんだがな、ほら、前にちょっと話題になってただろ。朽葉の遊郭から足逃げした妓がいるって。客の男と二人で、郭を逃げ出したんだって云ってたな。あれも二月くらい前だったはずだ」
「おいおい、お前さん。そりゃぁ、いくらなんでも」
「まぁ、最後まで聞けや。こりゃあれだぜ。俺は女の恨みだと踏んでるね。男に唆されて勢いで足逃げしちまったが、聞いてた話よりも遥かに粗末な暮らしに、女が耐えかねたんだ。でも、追手はかかってるし、捕まったら折檻だろう? だからもう死ぬしかないって思い詰めた女が、男に毒を盛ってから家に火を放ったんだ」
「毒だって?」
「検死に来た役人と……あと一緒にいた、薬師か医者かなんかがが話してたのを聞いた奴がいるんだよ。遺体の口から、なんとかって毒の濃い匂いがしたんだと。男の傍には湯飲みが割れてたらしいから、お茶に入れて女が飲ませたんだ。だから、ありゃ無理心中に違いない」
「なんとまぁ……そりゃぁ、不景気な話だなぁ」




